第3話:選択の先に

再び美咲との関係が始まってから、少しずつ僕たちの距離は縮まっていった。過去の記憶は彼女にはないが、それでも僕たちは新たな未来を一緒に歩んでいる。時折、彼女の無邪気な笑顔や何気ない言葉に、以前の美咲を重ねてしまうことがある。けれど、そのたびに僕は今の彼女との関係を大切にしようと自分に言い聞かせる。


僕たちはもう、あの頃の僕たちではない。過去を変えようとすることで失ったもの、そして新たに得たものが、僕にとって大切な「今」なのだ。


ある日、僕は美咲と一緒に休日を過ごすために、久しぶりに郊外に出かけることにした。静かな自然に囲まれた場所で、彼女との時間をもっと深めたいと思っていた。過去の僕なら、ただのデートだと軽く考えていただろう。だが、今は違う。彼女との一瞬一瞬が貴重であり、意味を持っている。


「今日はいい天気でよかったね。」


美咲が車の窓の外を見ながら、嬉しそうに言った。空は晴れ渡り、遠くには緑豊かな山々が見える。僕は笑顔で彼女の言葉に頷いた。僕たちは一緒に時間を過ごせることの幸せを、自然に感じられるようになっていた。


「どこに行こうかって、ずっと考えてたんだけど、今日はこの辺りで自然を楽しもうと思って。」


僕は運転席から彼女に話しかけた。美咲は興味深そうに僕を見つめていた。


「いいね。私、自然の中で過ごすの大好きだから、今日はすごく楽しみにしてた。」


彼女の言葉が、僕の心をさらに温かくした。これまで美咲との時間は何度もあったけれど、過去を経て再び繋がった僕たちの関係は、これまでとは違った意味を持っている。


自然の中で静かな時間を過ごすというのは、僕にとっても心の整理ができる貴重な時間だった。過去に振り回されていた自分が、ようやく未来を見つめられるようになった今、僕はもっと彼女との未来を大切にしていこうと思っていた。


目的地に着くと、そこはまるで時間が止まったかのような静寂に包まれた場所だった。自然公園の一角にある小さな湖を中心に、木々が生い茂り、緑が広がっていた。湖畔に車を止め、僕たちは車から降りた。


「わあ、すごく綺麗……」


美咲は目を輝かせながら、湖を見渡した。彼女の横顔を見つめながら、僕は心の中で何かがじんわりと溶けていくのを感じた。この瞬間、僕たちがここにいること自体が奇跡のように思えた。運命に逆らい、過去を変えた僕が、再び彼女と同じ場所に立っている。この奇跡を大切にしようと、改めて強く思った。


「少し歩こうか?」


僕は彼女に声をかけ、湖畔沿いを歩き始めた。美咲は僕の隣で、穏やかに微笑んでいる。その笑顔は、僕にとって何よりも大切なものだ。僕たちはゆっくりと歩きながら、これまでのことや未来について話し合った。特別なことを語らずとも、一緒にいるだけで安心感が広がっていく。


「優斗さん、私、今こうして過ごせてすごく幸せだよ。過去に何か後悔することはあるけど、今の自分が好き。だから、今を大切にしたい。」


彼女の言葉に、僕は胸が熱くなった。彼女が感じていることは、僕がずっと感じてきたことと重なっていた。過去に縛られず、今を生きる――それが僕たちの選んだ道だった。


「僕もだよ。過去を変えたいって思ったことは何度もあったけど、今は君とこうしていられることが一番大切だ。」


僕は彼女を見つめながらそう言った。彼女の笑顔に、僕はすべてを救われた気がした。これから先も、僕たちはこうして一緒に歩んでいくのだろう。


湖畔を歩き続け、僕たちはベンチに腰を下ろした。目の前には広がる湖の静かな水面が、柔らかく光を反射している。美咲は少し遠くを見つめながら、静かに口を開いた。


「ねぇ、もし過去を変えられたとしても、今が変わるなら、それはやっぱり怖いよね。」


僕は少し驚いた。彼女が突然過去の話をすることはあまりなかったからだ。けれど、それは僕自身が何度も考えてきたことでもあった。


「確かに、怖いかもしれない。過去を変えることで、今の自分がどうなるか分からないし、誰かを失う可能性もある。」


僕は少し躊躇しながら答えた。彼女に過去を変えようとした僕の物語を話すことはできない。それでも、彼女の問いは僕にとって非常に重要なものであり、彼女もまた同じように考えているのだろう。


「そうだよね。でも、過去に戻れるとしても、私は今のこの幸せを手放したくないな。」


彼女の言葉に、僕は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。美咲は今を生き、過去に縛られていない。それが僕にとってどれだけ尊いことか、痛いほど分かっていた。


「僕も同じだよ。過去を変えたいって思うことはあったけど、今を大切にすることが一番だって気づいたんだ。」


そう言う僕の声は、自分でも驚くほど静かで穏やかだった。彼女と過ごすこの時間が、何よりも大切であり、もう二度と失いたくないと強く思っていた。


その日、僕たちは夕方まで自然の中でゆっくりと過ごした。湖畔を歩きながら話し、時にはただ静かに風に吹かれるだけでも十分だった。彼女と過ごすこの時間が、僕にとっての安らぎであり、何よりも大切なものだった。


帰り道、彼女は少し疲れた様子で助手席に座っていたが、穏やかな表情で目を閉じていた。車内は静かで、ただエンジンの音が静かに響いている。僕は運転しながら、ふと彼女を見た。


美咲との再会が、僕にどれほどの影響を与えたか。彼女がいなかった時、僕はどれほど深い喪失感に苦しんだか。そんなことを思い出しながらも、今は彼女が隣にいることに感謝していた。過去にとらわれていた僕が、ようやく未来を見据えることができるようになったのは、彼女のおかげだ。


「優斗さん、今日はありがとう。」


彼女は突然目を開け、静かに僕に話しかけてきた。僕は驚いたが、すぐに笑顔で答えた。


「こちらこそ、ありがとう。僕も楽しかったよ。」


彼女は再び微笑み、再び目を閉じた。その姿を見ながら、僕はこの新しい日常が続いていくことを願っていた。


それから数週間が過ぎ、僕たちの関係はさらに深まっていった。彼女との時間は、以前とは違った意味を持っていた。僕たちはお互いの存在を大切にし、今を共に生きている。それが、僕にとっては何よりも大切なことだった。


ある夜、僕は美咲との電話を終えた後、ベッドに横たわりながら、これまでのことを振り返っていた。過去に何度も戻ろうとし、何度も選択を迫られた。その中で、僕は美咲との未来を失いかけたこともあった。だが、運命が僕たちを再び引き寄せた今、僕はもう過去に戻ることはしない。


「これで良かったんだ。」


僕は自分にそう言い聞かせながら、静かに目を閉じた。彼女との未来が、これからどう進むかは分からない。それでも、僕は今のこの瞬間を大切にし、彼女と共に歩んでいくことを誓った。


そして、数日後、僕たちは再びカフェで会う約束をしていた。その日、僕は少し早めにカフェに到着し、彼女を待っていた。僕の心の中には、彼女との未来に対する期待と希望が広がっていた。


美咲がカフェの扉を開け、笑顔で僕の元に向かってくる。彼女の姿を見た時、僕は自分が正しい選択をしたのだと改めて確信した。


過去を変えることはできない。それでも、僕たちは今を生き、未来を築いていける。運命に翻弄されながらも、僕は彼女と共に歩んでいく。それが、僕にとっての最大の幸せだった。

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