第6話 本編


街を二人で歩いていたら、ミーが急にストップした。



ミーは俺の腕に掴まっていたので、強制的に俺も止まらざるおえなかった。



「なに?どうし──」



今度は急に歩きだすから俺も引っ張られる形で歩き出す。



表に出ていたゲーセンのUFOキャッチャーの前で止まった。



「あっちゃん見て!!ミルキーキャットだよ!!」



ぬいぐるみを見たミーはテンションをあげて俺を見上げた。


それは有名なアミューズメントパークのメインイメージキャラクター。



ミーの顔よりもデカイ猫のぬいぐるみが吊るされてたり箱詰めにされている。


そして一匹だけが落とし穴ギリギリの……客を100%誘っているポジショニングをキープしていた。



「あっちゃん!!ミルキーキャットだよ!!」



さっきも聞いたのに、ミーがもう一度繰り返す。


はいはい、わかってるわかってる。



生返事をしながらポケットから財布を出した。



俺は器用じゃないのがわかっているから最初から500円玉を硬貨入れに落とした。



これで7回挑戦できる。


一回100円のゲームだからお得に感じるためのシステムだが、そもそも…それすらもゲーセンの陰謀である


──ということも、一応気付いてはいるのだが……



「あっちゃん、頑張って!!頑張ってね!!」



好きな子にとびきりの笑顔でそう言われたら、やらないわけにはいかない。


こんなんでも彼氏なのだから。


気合いのひとつで眼鏡を押し上げた。




…──




「……ミルキーキャット」


「……」


「あっちゃん……キャット……」


「あーもー、ごめんって!!」



俺は自分の不器用さを呪いたくなった。



カッコ悪……俺。


またお金を払えば挑戦できるのだが……



ミーが俺の腕を取って歩き出した。



「あっちゃん!!ミーはお腹が空きました!!」


「へ?」


「パフェ奢ってほしいな♪」


「パフェ?」


「仕方ないからそれで許してやろう!!」



ミーは笑顔を俺に向けた。



「だから落ち込んじゃダメだよ?」



我が儘なようで、理不尽のようで……でも全くそんなことがなくって……ミーの優しい笑顔に俺も笑った。



でも俺の心の片隅で余計に情けなくなり、余計に落ち込んだ。


俺が見たい笑顔はそれじゃない。




…──




ミーの家のインターホンを押す。


下のオートロックでも一度押してるから俺だと分かっているミーは「はーい!」と元気な返事をしながらすぐにガチャガチャと鍵を開けていく。


いくら確認したからって、念のために、一応、もう少し警戒心を持ってほしいと心配になる。


……不用心だ。



扉が開いて、すぐに笑顔のミーが出迎えてくれた。



「あっちゃ──」



ミーは俺の名前を呼び掛けて、止まった。



ミーの視界に飛び込んできたのは俺……の前にデカイぬいぐるみ。



「えっ……ええぇぇっ!?」



ミーのリアクションは俺の予想よりも凄くいい反応で返してくれた。



「あっちゃん!!これ、ミルキーキャット!!どうしたの!!これっ!!!!」



俺はどんな言葉で説明しようか渡そうか悩んで、しばらく言葉に詰まった。



「あーえー、あー……何て言ったら……これは、俺ん家に置いててもしょうがないから……貰い手を探してるんだけど……」


「え?」


「誰か…貰ってくれる人はいませんかね?」


「え?え?」


「貰い手は出来たら可愛い女の子だったらいいなー……なんて」



気の利いたことをスマートに言えずに訳わからないことを口走った。


だけど



「─っありがとう!!!!」



ミーは笑顔になってくれた。


そしてすぐさまぬいぐるみに抱き付いた。



「すごい!!あっちゃん、すごいすごい!!」


「喜んでもらえて何より」


「ありがとう!!あっちゃん、ありがとう!!」


「うん」


「あっちゃん大好き!!」



俺が見たかった笑顔はこれだ。


俺はやっと笑えた気がした。



だから頑張りたくなるんだよ。



「これ、何円かかったの!?」


「……」



自慢じゃないが正直、なかなか高級なミルキーキャットとなっているぞ。



「……ミー」


「なぁに?」


「いい女はそういうことは聞かないんだよ」



俺のさりげない逃げにミィはポンと弾けたようにまた笑った。



「あははっ!わかった!!ミィはいい女なので聞くのをやめます!!」


「はい、ぜひそうしてください」



格好悪いけど、どうしても頑張りたかったんだから、ミィがそう言ってくれて安堵した。



「じゃあさ、あっちゃん!」



ぬいぐるみを抱き締めたまま、ミィを上目遣いで俺を見た。


……出たよ、可愛さ殺人級!



「……なに?」



だけど俺は平静を装ってゆっくりと聞いた。



「後ろの大きいのも一緒にもらっていいですか?」



……?


後ろの大きいの?



俺が振り返っても、ただの空というか、道路というか、お向かいのマンションしかないというか……。



ミーさん!何が見えてんの!?



俺はいよいよ眼鏡も無意味なほどの視力低下に……。



いや…ミーのいつもの不思議トークを思い出して紐解くんだ!



つまりこれは……のちのちの未来、もっとデカイぬいぐるみを暗におねだりしているのでは?


マジか!?


俺はもう一度……しかもデカイ奴を獲らなくていけないのか!?



……また、頑張るしかないか。



獲れるかわからないけど。


一応、やる気表明だけはしておこう。



空からミーに視線を戻すと……、



「いい?あっちゃんもらっても……」



そう言ったミーはぬいぐるみごと俺にも抱き着いた。



……


……



ん?



そこで気付いた。



貰いたい大きいのというのは……


俺だ。



なんだそれ、可愛すぎるその殺人級にいつか本当に殺されるかもしれない……俺。



真っ赤になった顔を見られたくなくて、誤魔化すように俺もぬいぐるみ越しでミーを抱きしめた。



ギュッとすれば、ミーが笑っている震動が俺にも伝わる。



「ねぇ、あっちゃん?くれる?ダメ?」


「……ダメ」


「えー!」


「…………交換ならいいよ」


「え?」


「俺が欲しいなら……代わりにミーちょうだい」



ミーは元気いっぱいに返事をした。



「うん!いいよ!」



玄関でいつまでも何してんだって話だが、正直そんなことはそっちのけで、しみじみと噛みしめた。



あー、すっごく幸せだって。



「じゃあ交渉成立ってことで……ミー、貰うね?」


「もー、あっちゃんのキザ!!くさーい!!」



えぇぇっ!?


ミーから言い出したことなのに!?



だけどミーは変わらずクスクスと楽しそうだったので黙っておいた。



「しょうがないから、いいよ!」


「ん?」


「あっちゃんにミーあげるね?」


「うん」


「じゃあ、あっちゃん……部屋に入ろう?」


「……え、」


「お茶にしよ!!お菓子もね、ミー焼いたから♪」


「あ……あ、あぁ」


「ん?どうかした?」



おい、誰だ?


『ミーあげるね?』からの、部屋に誘われて、良からぬ方を想像したやつ!


スケベ心が期待したとか、ミーにバレたらかなり恥ずかしいな。



──とはいえ、このまま情熱だけを持て余すのも寂しいので……



「ミー」


「うん、なぁに?」


「にゃー」



俺がそう鳴けば、ミーは照れ笑いを見せた。



「……チュー」



ちょっと突き出た桃色にチョンと触れるだけの短いキスをした。



あー、幸せだ。



「じゃあミー、お茶にしようか」


「うん!」



二人で手を繋いで甘い香りに包まれた部屋に入った。



君と一緒にいられるのなら、俺の時間なんていくらでもあげよう。


-fin-


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にゃーと鳴けば 駿心(はやし こころ) @884kokoro

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