恋、焦がれる空と魔法使い

海坂依里

第1話「現役高校生の魔法使いは希少です」

古畑結翔ふるはたゆいと選手、世界最高記録を樹立しましたっ』


 巻き起こる歓声。

 誰もが感動の嵐に襲われ、この夏が灼熱の暑さだったことを忘れられなくなった。


『古畑選手、おめでとうございます!』

『……ありがとうございます』


 この夏を、ずっとずっと覚えていたい。

 そんな願いが生まれた瞬間、同い年の彼が無理に口角を上げているように見えた。

 その瞬間、彼が起こした奇跡が急激に熱を失った気がした。


「魔法使いのみなさんに、今年も夏季アルバイトの案内が来ています」


 新緑の季節と言うものはあっという間に過ぎ去り、季節は暑さ真っ只中の真夏が直前まで迫っていた。

 冷房の効いた部屋で勉強ができる喜びを感じたくても、その冷房の風が多くの学生の眠気を誘ってくる。

 夏は、学生や生徒を苛立たせるにはもってこいの季節なのかもしれない。


「思う存分、箒で飛んでください」


 夏が近づいているということは、担任の先生がまた変なことを口にする季節が来たということでもある。


「希望している人は、今年も多くの人たちに夢を見せてね」


 教室中の視線が、一人の男の子に集中する。


「結翔はアトレ? コンペティ?」

「あー、多分、どっちも参加するかな」


 みんながみんな、一人の魔法使いに注目する。


「すっご、おまえ、人気ありすぎ」

「夏限定だけ人気があってもなー……」

「夏が終わっても、おまえは人気だろ」


 人間と魔法使いが共存する世界というと、物語の世界みたいで聞こえはいい。

 けれど、魔法使いの数が絶滅寸前の昨今では、魔法使いの価値が高まりすぎて困る。


(教室も、外の世界も、眩しすぎ……)


 変わりのない日々。

 変化のない毎日。

 繰り返される日常。

 見慣れた教室に変化を加えようなんてことも考えてみるものの、それらは実行するまでには至らない。

 今日も何一つ変わることのない教室の風景を眺めながら、私は話し相手の窓硝子と睨めっこ。


(引きこもりたい魔法使いは、どこに行けばいいんですか……)


 魔法を使うことのできる人材が減り、飛行機や自動車といった魔力を必要としない乗り物が大流行。

 魔法使いが空を飛ぶ時代は終わり、魔法使いは箒で空を飛ばなくなった。


暁崎あかさきさん」


 だけど、人という生き物は歴史あるものに引かれるらしい。

 ちょっと身勝手な話だけど。

 でも、そのおかげで魔法使いは再び箒で空を飛ぶようになった。

 夏という季節限定で。


暁崎あかさきさん、毎年メイルのバイトしてるって聞いてるんだけど……」


 担任は教室から出て行く前に、わざわざ一人の生徒の元を尋ねた。

 少しは絶滅寸前の魔法使いに気を遣ってくださいと叫びたくても、そう簡単に魔法使いのことを隠してはくれないのが昨今の魔法使い不足。


「あ……はい……」


 先生を無視するわけにもいかず、私は先生の言葉に応じる。

 すると、一人の男の子に注目していたはずのクラスメイトたちが一気に視線の方向を変えた。


「男女平等と言われていても……その、メイル部門は女性の需要が高いので……」

「ありがとう! 今年も暁崎あかさきさんが参加してくれるなら、素敵な夏になりそうね! よし、先生が書類関係、提出しておくね」


 魔法使いは、まだ今年のアルバイトに参加すると返事はしていません。

 私は毎年、夏季限定の魔法使いアルバイトに参加していると返事をしただけです。

 それなのに、担任の先生は私が今年もアルバイトに参加すると思い込んだまま教室を出て行ってしまった。


「え、暁崎あかさきさんって、魔法使いだったんだ……」

「えー、すごい……」


 帰りたい。

 出て行きたい。

 帰りたい。

 そんな本音を心で呟いたところで、周囲からの注目がやむわけではない。

 声に出さない限り、私に向けられた視線がクラスの人気者に戻ることはない。


(魔法使いだって、引きこもりたい……!)


 夏は、平凡な私の日常に変化を与えてしまう。

 夏は、私を変えてしまう。

 変化のない毎日が好きなのに、夏という季節は強制的に私の毎日を変えてしまう。


暁崎あかさき

「はいっ!」

「って、なんでクラスメイトに『はい』なんだよ」


 嬉しそうな感情と一緒になって、変化を見せる結翔くんの表情。

 くるくると変わっていく結翔くんの表情だけは、沈み切っていく私の感情を掬い上げてくれる唯一の存在だった。


「すみません、話しかけられるのに慣れていないので……」

「敬語」

「あ……」

「俺たち、クラスメイト」


 結翔くんが、柔らかく笑ってくれる。

 一方の私は、多分、上手く笑うことができていない。


「俺も書類出したかったんだけど、担任に無視されちゃったから。付き合ってもらえる?」

「アルバイトの手続きですね、手伝います……」

「暁崎、俺たちは……」

「クラスメイト……」

「よろしい」


 アルバイトの申請用紙を手にしている結翔くんの瞳をちゃんと見て、なるべく結翔くんが不快に思わないような表情を浮かべながら口角を上げてみた。


(助けてもらっちゃった……)


 結翔くんに話しかけられることで、更に私はクラスの注目を集めてしまった。

 でも、それは、ほんの一瞬の出来事。

 結翔くんのおかげで、私は教室を出るきっかけを得られた。


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