Xファイルを見たんだろうな――と、環兄ちゃんは笑った。



 別荘から帰ってきたのは、ほんの一時間ほど前。



 戻ってすぐに環兄ちゃんに連絡して、会う段取りを取り付けた。



 仕事終わりの環兄ちゃんと「居酒屋まるはち」で待ち合わせをして、会うなりここ数日にあった悲劇とも言える出来事を矢継ぎ早に話した。



 直後の環兄ちゃんの第一声が、Xなんとかを見たんだろって言葉だった。



「エックス……何?」


 眉を顰めて聞き返したら、「Xファイルだ」と環兄ちゃんは繰り返す。



 でも繰り返されたところで何ら意味は分かんねえから、眉は元に戻らなかった。



「Xファイル。知らないか?」


「知らねえよ。何のファイルだよ」


「アメリカのテレビドラマのタイトルだ。古いが有名だぞ? 確か映画にもなってる」


「はあ?」


  更に眉を顰めた俺とは対照的に環兄ちゃんは笑ったまま。



 可笑しいっていうよりも喜んでるって感じで笑ってるから、余計に意味が分かんねえ。



「じゃあ何? ルカはそのXファイルってのを見て感化されて、俺を拉致って山ん中連れてったっての?」


「多分な」


「多分って何で? 何でそう思うんだよ?」


「『特別捜査官』って言ってたんだろ? それならXファイルの可能性が大きい」


「はああ!?」


「俺もちゃんと見た訳じゃないから詳しい事は知らないが、XファイルってのはFBIの捜査官がUFOだとか地球外生物だとかに関しての捜査をするドラマでな。FBI捜査官の事を『特別捜査官』って呼ぶんだよ」


「ああ!?」


「瑠花さんは昔からXファイルをよく見てたし、久しぶりに見たんだろうなあ」


 呆れるくらい悠長に考えを述べた環兄ちゃんは、ひと口ビールを飲んでから煙草に火を点ける。



 自分がどれほどすっ呆けた事を言ってるのか分かってない感じだ。



 その説明で「ああ、そうですか」なんて言える訳ねえのに。



「待ってくれよ! 百歩譲ってそのXファイルっつーのを見たって事にしたってよ!? それで何でUFO探しに行こうって気になるんだよ!? バカだからか!? バカだから現実とドラマの区別つかねえのか!? ドラマの中の出来事がマジだと思ってるくらいバカって事か!? その所為で俺がどんだけ酷い目に遭った事か!」



――マジで酷い目に遭った。



 全体的に酷かったけど、最後が一番酷かった。



 山の斜面で眠りやがったルカと、あのあと結局陽が明け始めるまであの場所にいる羽目になった。



 陽が明け始めてようやく酔っ払いのバカ者どもが帰っていって、さあ別荘に戻ろうとルカを起こしたけど無理だった。



 体をいくら揺さぶっても、頬を強めに抓ってみても、ブタ鼻っ子は全く起きずにブーブー言うだけ。



 どうしようもねえから背負って別荘まで戻る羽目になった。



 別荘に戻ったら戻ったで大変だった。



 全員起きててルカがいない事に気付いてて、大騒ぎになってた。



 地元警察の奴らまで何人か来てたんだから笑えねえ。



 しこたま説教を食らう羽目になったのは言うまでもない。



 何をどうしてこうなったのか説明しても、俺が悪いって雰囲気は満載だった。



 こういう時こそルカが何か言ってくれりゃ片付くだろうに、ルカは俺の背中でブタ鼻っ子のままだった。



 ルカが寝室に運ばれたあとも何度も事情を説明させられた。



 何度言っても同じなのに何度も聞いてくるからムカつく。



 こっちはまともに寝てないし、疲労困憊してるっていうのに、二時間くらい事情説明に時間を費やされた。



 その後ようやく眠って、昼過ぎに目を覚ますと、すぐに帰る準備をさせられた。



 そして三十分後には帰路に着く車に乗ってた。



 もう深夜の騒動について誰かに何かを言われる事はなかった。



 みんながみんないつも通りに戻ってて、ルカもまたいつも通りに戻ってた。



 俺を「ハチ公」と呼び、訳の分かんねえ話をしてくる。



 それに対して適当に返事をすると、忌々しげに俺を見る。



 忌々しいと思ってるのは間違いなく俺の方なのに。



 そんな風に大変な目にしか遭ってねえのに、その原因がテレビドラマに感化されたって、どういうつもりだって思う。



 今時、幼稚園児でさえテレビドラマと現実とは違うって事くらい分かってるっていうのに、十六歳にもなる奴がその区別もつかないなんてどういう了見だ。



 どんな風に育ったってそこの区別くらい出来るだろう。



 いくら「普通」と掛け離れてても、それは出来て当然だろう。



 なのにあの野郎は――。



「瑠花さんは、テレビドラマと現実を混合してる訳じゃない」


 俺の思考を遮る環兄ちゃんの声は、ちょっと真剣だった。



「むしろそれが作られた世界だと俺たちよりもよく分かってる」


 その真剣さは俺の脳内を強制的にリセットさせた。



「そして誰より現実であればいいと思ってる」


 お陰で環兄ちゃんの言葉がすんなりと頭の中に入ってくる。



「現実であればいいってどういう事だよ?」


「そのままの意味だ。テレビドラマの出来事が現実にあればいいと思ってるから、宇宙人を探しに行ったんだ。もし宇宙人がいたら、テレビドラマは現実になる」


「はあ?」


「いると思って行った訳じゃない。いたらいいと思って行ったんだ。因みに俺も何度か行った事がある」


「え? マジ?」


「ああ。深夜に抜け出したりはしなかったけどな」


「って事は、あれってデフォルトの出来事って事かよ? あいつ普通に何回も宇宙人探しに行ってんのかよ?」


「そういうドラマとか映画を見た時にな。何を見たかによって行動は変わる。でも行動の根本は一貫してる。それが現実ならいいという考えだ」


「意味分かんねえし」


「そのうち分かる」


「あっ、じゃあもしかして、あいつが言う意味不明な事ってドラマとか映画の話なのか? 二日に一回くらいのペースで会うなり意味不明な事言われんだけど」


「ああ、そうだ。瑠花さんがするのは大抵ドラマや映画の話だ」


「前にルカに『アル何とかは本当にいると思うか?』って聞かれたんだけど、それも?」


「俺はその『アル何とか』っていうのは知らないけど、質問の仕方からしてほぼ間違いないだろうな」


「マジかよ、冗談じゃねえよ。そんな戯言に付き合ってらんねえっての。そもそも知らねえ話にどう答えろっつーんだよ」


「慣れの問題だ。慣れれば何て事ない」


「慣れたくねえよ。ってか、どんな根本があろうと、俺を巻き込むなっての。宇宙人だかUFOだか知らねえけど、探したいならひとりで行け」


「そこは諦めろ。犬だから仕方ない」


「それだよ、それ!」


「どれ?」


「環兄ちゃん何で俺にこんな訳分かんねえ仕事させたんだよ? いくら俺の将来の事考えてくれたっつっても、仕事内容がおかしすぎるだろ。サツキにはこの仕事俺に合ってるって言われたけど、どう考えたって合ってるようには思えねえし」


「サツキ?」


 不貞腐れた感じで文句を言ったら、環兄ちゃんは目を見開いてちょっと驚いた感じで聞き返してきた。



 意外な反応にびっくりしたけど、意外だと思ったのは環兄ちゃんもだったらしい。



「お前まだサツキと会ってんのか?」


 環兄ちゃんは驚いたような感心したような、何とも言えない声を出す。



「まだって何で? 普通に会ってるけど会ってちゃおかしい?」


「いや、長いなと思ってな」


「そうかなあ?」


「サツキ元気か?」


「おう。元気。上司の鼻毛で矢鱈と怒ってるけど」


「何だ、そりゃ」


 そう笑った環兄ちゃんは、「キレイになっただろうな」と懐かしむように呟いた。



 でもそれは、サツキの事だけを懐かしんでる感じじゃない。



 サツキに付属する人の事も懐かしんでる。



 むしろそっちの方を懐かしんでる感が強い。



――環兄ちゃんとサツキの兄貴は親友だった。



 俺自身はサツキの兄貴の事をあんまり知らない。



 同じ地元ではあったけど、ご近所でもない年上の相手とは話す事が殆どなかった。



 環兄ちゃんと一緒にいる時に偶々会ったら挨拶するって程度。



 だから顔は何となく覚えてるけど、声は思い出せない。



 今となっては、俺にはあの人の声を知る術はない。



――サツキの兄貴がこの世を去ってから随分と経つ。



 サツキの兄貴も環兄ちゃん同様「いい男」だった。



 ふたりが並んでたら迫力があった。



 男からも女からも好かれてたし、尊敬もされてた。



 そんなふたりの間には、偶にサツキの姿があった。



 サツキの兄貴はサツキの事を凄く可愛がってたんだと、環兄ちゃんから聞いた事がある。



 自然と、サツキの兄貴と一緒にいる環兄ちゃんも、サツキの事を可愛がるようになったと聞いた事もある。



 ふたりの「いい男」から可愛がられるサツキは、寵愛されるに相応しい外見をしてると、当時から俺は思ってた。



 そういう関係だったから、サツキは環兄ちゃんより年下なのに当たり前に「環」と呼び捨てにする。



 俺の知る限り、年下で環兄ちゃんを呼び捨てにするのはサツキくらい。



 ルカも呼び捨てにしてるけど、あいつは人間枠に入らねえから数には入れないとして。



 兎にも角にも、環兄ちゃんとサツキは親しい間柄だった。



 でもふたりは、サツキの兄貴がこの世を去ってから会わなくなった。



 必然って言えば必然なんだと思う。



 兄貴がいなくなったら、環兄ちゃんとサツキが会う理由も機会もない。



 それに環兄ちゃんは、つい最近まで「犬の仕事」で忙しかった訳だし。



 それでもサツキは未だに環兄ちゃんの話をする時、まるで今でもよく会ってるような話し方をする。



 環兄ちゃんのように懐かしいって感じを出したりしない。



 それがいい事なのか悪い事なのか俺には分からない。



「サツキは他に何て言ってた?」


 サツキと違って懐かしさを含んだ声で聞いてきた環兄ちゃんは、ツマミの枝豆を口に放り込んだ。



 細められた目にも懐かしさが混じってた。



「俺は面倒見がいいから、この仕事合ってるってさ。環兄ちゃんもそれを分かってて俺に仕事させたんだろうって」


「流石サツキだな。よく分かってる」


「俺には全然分かんねえんだけど。この仕事合ってるようには思えねえし。つーか、苦行にしか思えねえし」


「お前にぴったりの仕事だ。俺の知ってる人間の中じゃ、お前以外に適任はいない」


「犬が?」


「瑠花さんの犬が」


 環兄ちゃんは自信満々に言い切って、ジョッキに残ってたビールを飲み干す。



 どういう訳だかその態度が、これ以上サツキの話をするなって言ってるように感じた。



 気の所為だとは思うけど、そう思ってしまったから、



「そう言や、あのルカって奴変な事言ってたんだけど」


 少しだけ話題を変える事にした。



「まあ、変って言うなら、言ってる事全部変なんだけどさ。理論がおかしいっつーか、破たんしてるっつーか、辻褄が合わねえ事言うっていうか……」


「うん?」


「あいつ、人の名前覚えねえじゃん?」


「ああ」


「その理由って知ってる?」


「知ってる」


「そっか。なら話が早いんだけど、まあルカの言う理論は何となく分かるんだよ。筋が通ってるかどうかは別として、何が言いたいのかは分かる。個人として扱ってもらえねえって事に関しては、可哀想とすら思う。けどさ? 何であいつ、いつも傍にいる奴の名前を覚えねえの?」


「傍にいるって誰の事だ?」


「執事みたいなおっさん。家庭教師の名前は覚えてんのに、世話してくれてるおっさんの名前覚えてねえんだけど」


「ああ」


「あのおっさんの名前覚えてねえってのは、理論破たんしてね? おっさんは損得なしに傍にいるだろ? 仕事だからって理由なら、そりゃ家庭教師も一緒じゃん」


「いや、違う」


「違う? って何が?」


「家庭教師と『執事のようなおっさん』は一緒じゃない」


「は?」


「瑠花さんの傍にいる理由が仕事かどうかは、名前を覚える事とは関係ない。要は相手が瑠花さんをどう思ってるかによる」


「相手って、家庭教師とかおっさんがって事?」


「ああ。相手が瑠花さんに真摯に向き合えば、瑠花さんもそうしてくれるし、名前も覚えてくれる。俺が知ってる限り、家庭教師の平野さんは、瑠花さんを大切に思ってるし、可愛がってる」


「じゃあ、あのおっさんは?」


「それこそ、仕事だから身の回りの世話をしてるだけだ。相手が瑠花さんじゃなくても同じようにするし、気に入った相手にはもっと親身になって接する。でもまあ何より瑠花さんは、あの人を嫌ってるからなあ」


「え? ルカってあのおっさんの事嫌ってんの?」


「酷く嫌ってる」


 その環兄ちゃんの口調は、まるで「俺も」と言ってるようだった。



 でもその真意を確かめるよりも、驚きが優先された。



 ルカが「あのおじさん」って言った時点で好んでないのは分かってたけど、だからって「酷く嫌ってる」ようには見えない。



 環兄ちゃんがそんな事で嘘を吐く訳がないのは分かってるけど、信じ難い事だった。



 嫌ってるのが本当だとしたら、ルカは俺より何倍も精神的に「オトナ」だって事になる。



 滅茶苦茶嫌いな奴に毎日身の回りの世話をされるなんて、考えただけで虫唾が走る。



 好きじゃないとか鬱陶しいって程度なら苛めてやろうくらいは思うかもしれないけど、心底嫌いなら顔も見たくないと思うのは当然だと思う。



「そんなに嫌いなら辞めさせりゃいいんじゃね?」


 率直な気持ちを言うと、環兄ちゃんはほんの少し笑った。



 嘲笑にも思える笑みを浮かべて、



「世の中そう簡単じゃない」


 小さな声で言った。



 言わんとする事は分かる。



 あの温厚そうな男を雇ったの、仙人爺様かルカの父親で、ルカがどうこう口出し出来る問題じゃないんだろう。



 けど、ルカなら出来そうなのにと思う。



 家族に寵愛されてるなら簡単だろうにと思う。



 一言「嫌いだから辞めさせて」って言えば、あの温厚そうな男は即日解雇になるような気がする。



 それが「言えない」のか、それを「言わない」のか、俺には分からないけど。



「……なあ、環兄ちゃん。ルカの事でもうひとつ聞きたい事あんだけど」


 俺の言葉に「うん?」と答えた環兄ちゃんは、もう口許に嘲笑っぽい笑みを浮かべてなかった。



 代わりに微笑みのような笑みをつくったから、「やっぱ格好いいな」と改めて思った。



「あいつ、何で学校行ってねえの?」


 問いに環兄ちゃんは何も言わなかった。



「小学校も中学校も行ってねえって聞いたんだけど」


 続けてした問いに、環兄ちゃんはちょっとだけ目を開いた。



 その表情の意味はすぐに分かった。



「瑠花さん、そこまでお前に話したのか」


 環兄ちゃんは、意外だと思ったらしい。



「話したっつーか、話の流れでそうなったって感じ。でもその話途中で終わったから理由は聞いてない。知ってんのは義務教育を家で受けたって事だけ」


「そうか」


「何であいつ学校行かねえの? 体が弱そうには見えねえけど、もしかしてガキの頃は弱かったとか?」


「いや。瑠花さんは至って健康だ」


「んじゃ、何で?」


「うん」


 曖昧な返事をされたから、聞いちゃいけない事だったのかと思った。



 それを裏付けるように、環兄ちゃんが俺から目を逸らしたから、聞いちゃいけない事だったのかと確信した。



 けど。



「お前がどう思うか分かないけど」


 環兄ちゃんはそんな前置きをして話を始める。



 答えてくれるって事は聞いちゃいけない事でもなかったらしい。



 ただ、逸らされた視線は俺の後方にある、壁に向けられてる。



「瑠花さんは私立の幼稚園に行ってたらしいんだが、そこでイジメられたらしくてな」


「イジメ? あいつが?」


「瑠花さんだからだろう。甘やかされて育った子供は多少なり我儘になるもんだろ? でも成宮の家で育った瑠花さんは甘やかされ方も半端じゃない。溺愛、寵愛、言葉は何でも構わないが家族のみんなに愛されて育った代償は、他の子供にとって気分のいいものじゃなかったんだろうな」


「つまり、我儘だからイジメられたってのか?」


「実際どうだったのかは知らない。俺も人から聞いた話だ。今はもういないが、成宮の屋敷に長く働いてる使用人がいて、その人から聞いた」


「でもイジメられるのか? 『成宮』なのに?」


「子供には関係ないからな。成宮だからイジメるなっていうのは通じない。親が注意したって小さい子供には理解出来ない。とにかく自分がどう思ってるかだけで行動するもんだろ」


「じゃあ、そのイジメが原因で学校に行かなくなったのか?」


「原因を何だと思うかは或斗次第だ。俺は人から聞いた話をしてるだけだ」


「へ? それってどういう――」


「まあ、最後まで聞け。聞いて自分で考えろ」


 そう言った環兄ちゃんは、溜息交じりに話を続けた。



 幼稚園でイジメられたルカは、当然幼稚園に行きたくないと言い出したらしい。



 まあそれは、家が金持ちって事は関係ないし、家族に寵愛されてるからって事も関係ない。



 子供なら誰だってそうなる。



 行きたくないと言わないまでも、行きたくないと思うだろう。



 ただそれを言い出したのがルカだった事が世間様との違いを生んだ。



 ルカを寵愛してる家族は、全員一致で幼稚園に行かせない事にしたらしい。



 誰ひとり反対しないって有り得ねえって思ったけど、環兄ちゃん曰く「母親がいなかったからだろう」って事らしい。



 その頃はもうルカの母親はいなかった。



 家族が男ばかりだから、そんな結論になった。



 甘やかせ方が男と女とじゃ違うって事らしい。



 『成宮』だからって事も大いに関係してるんだろうけど。



 ルカを幼稚園に行かせないと決めた時、別の幼稚園に変わるって案もあったらしいけど、ルカがもうどこにも行きたくないと言ったから、その案は一瞬で消えたんだとか。



 そして、その延長で小学校にも中学校にも行かせなかったんだとか。



 ルカが行きたがらないなら行かなくていいじゃないか――と、バカみたいな理論が『成宮』の家で展開された。



 簡単に言えば「登校拒否」になった訳だけど、それが絶対的なものになったのは、七歳だか八歳の時に起こった出来事が原因らしい。



 その出来事は、『成宮』だから起きた出来事だと思う。



 ルカの家族がルカの為にと「お友達」を連れてきた。



 最初聞いた時、意味が分からなかったけど、要するに近所のガキと遊ばせようとしたって事らしい。



 可愛い孫であり、可愛い娘であり、可愛い妹であるルカに「お友達」を作ってあげようという、家族の歪んだ愛が招いた事だった。



 近所のガキを家に呼んで、ルカと遊ばせさせたんだとか。



 近所のガキの親に頼んで、家に来るように仕向けたんだとか。



 そりゃ親は断わりはしない。



 『成宮』の頼みなら喜んで聞く。



 でもやっぱガキは所詮ガキでしかなく、残酷でもあった。



 遊びに来た近所のガキは、やっぱりルカをイジメた。



 マセガキ達はルカを「おかしな子」と認識したらしい。



 間違ってはいない。



 確かにルカは「おかしな子」だ。



 『成宮』の人間じゃなかったら、表面上のものだろうと、好かれる事は滅多にないだろうと思う。



 ルカの突飛な言動は、『成宮』だから通用してる部分が大いにある。



 だけどガキには「『成宮』だから」は通じない。



 ガキはそんな事が通用する世界に生きていない。



 結局そこでもイジメられた事が決定打になって、ルカは小学校も中学校もいかなかった。



 家族も二度と「お友達」を作らせようとしなかった。



 何もかもが常識から少しずつズレてるような気がした。



 話し終わった後、環兄ちゃんは「どう思う?」と聞いてきた。



 何も答えなかったら、「俺は瑠花さんが可哀想だと思う」と言った。



 イジメられた事に対しての意見なのかと思ったら、そうじゃなかった。



「瑠花さんを可愛がる家族の対応が間違ってたと俺は思ってる。友達もいない可哀想な子供にしてしまったのは、家族の責任だ」


 環兄ちゃんはそう言って、壁からテーブルに視線を落とした。



 俺も同じ意見だった。



 原因は家族にあると思う。



 ルカがあんな人間になってしまったのは、家族の愛が齎した。



 愛し方がもう少し違ってたら、ルカはもうちょっとマトモな人間になってたんじゃないかと思う。



――可哀想。



 確かにその言葉がぴったりかもしれない。



 自由気ままで我儘でどうしようもねえ奴だと思ってたルカは、内情を知れば知るほど可哀想に思えてくる。



 金持ちだから幸せだって事ではないらしい。



 金持ち故に不幸になる事もあるらしい。



 そう思って考えたら、俺って結構幸せだなと思ったりした。



「俺、もうちょっとこの仕事続けてみる」


 同情か憐憫かよく分からない感情が込み上げてきて、思わずそう言った俺に環兄ちゃんは「ああ」と笑った。



 その顔を見ながらふと思った。



 ルカが俺を「ハチ公」と呼ぶのは、俺の事をどう思ってるからなのか――と。





 第二話 完

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