7
金持ちのディナーってのがどういうものなのか、行った事はなくても大体想像は出来る。
テレビドラマなんかで見た事があるから、「こういう感じ」だろうと予想は出来る。
簡単に言えば、高級ホテルでディナーする感じだろうと予想してた。
白いクロスが掛けられたテーブルに、皿とかワイングラスとかナイフとフォークがセッティングされてて、テーブルの真ん中に花瓶と花なんかが置かれてて。
当然椅子は見るからに高級感が溢れてるんだろうし、飯を食う時は音を立てたらダメだとか、落としたフォークは自分で拾ったらダメだとかっていう、よく分からない縛りの中で飯を食うんだと思ってた。
でもそんな俺の予想は思いっきり外れた。
六時半頃、着替えをさせられた。
もしかしたら俺は行かなくていいんじゃないかっていうほんの少しの希望は、そこで断たれた。
用意されてた服がタキシードだったから、本格的すぎてがっかりした。
俺が着替え終わった時、ルカは淡いグリーンのイブニングドレスに着替えてた。
髪もきちんとセットしてて、今まで見た中で一番「お嬢様」らしかった。
ただ。
「だから、タニバヤシって誰だ!」
口を開くとただのバカでしかなかった。
七時少し前に、テツの別荘から迎えがきた。
今朝見たロールスロイスだった。
俺以外に同行したのは「あのおじさん」と護衛が二名。
ただ知人――ルカは全く覚えがないらしいが――の別荘に招待されて行くだけなのに、護衛がふたりもつく事に正直驚いた。
テツの別荘はルカの別荘から車で五分ほどの距離にあった。
ルカの別荘に比べて小さい別荘だった。
まあそれでも俺の家に比べたら充分デカいんだけど、俺の中の基準が「成宮」になってしまってる所為で小さいと思ってしまった。
玄関の真ん前に止まった車の、後部座席のドアを開けたのは助手席に座ってた護衛のひとりだった。
玄関の前にはテツの執事が待ってて、ルカが下りるとすぐに深々と頭を下げた。
俺はというと、ルカより先に車から下りたものの、エスコート役じゃなく「犬」だからルカが歩き出すのを待ってた。
護衛が周りを確認してる間にルカが執事の方に歩き始める。
その後ろを俺がついて行く。
更にその俺の後ろに「あのおじさん」がついて来て、何か妙な具合だった。
護衛は何とも言えない位置にいた。
ルカの斜め前のような、横のような、微妙な位置だった。
ふたりの護衛に挟まれるようにしてルカが玄関扉の前に立つと、
「お待ちしておりました」
テツの執事がもう一度頭を下げたあと、扉を開けた。
扉の向こうに広がっていたのは――ざわめきだった。
矢鱈と人がいた。
玄関ホールのすぐ先はドアも仕切りもなくリビングになってて、だだっ広いその場所に金持ち然とした奴らが矢鱈といる。
それぞれが立ち話をしてる奴らの殆どは正装だし、それぞれが醸し出してる雰囲気も金持ち感が漂ってる。
これは予想外だった。
今宵はただのディナーじゃなく、ディナーパーティーであるらしい。
心構えっつーもんがあるんだから、それならそうと言っておいてくれよ――と思ったが、
「申し訳ありません。予定では哲様とディナーをして頂こうと思っていたのですが、他の皆様から瑠花様にお会いしたいとご連絡がありまして急遽パーティーという形にさせて頂きました」
これはテツ側としても予定外の出来事だったらしい。
つーか。
――物凄い勢いでバレてんじゃねえかよ!
最早、ルカが今朝言った言葉には何の意味もなくなった。
ただの戯言になってしまった。
バカが妄想に取り憑かれて適当な事を言っただけに過ぎない。
ルカの行動がダダ漏れって事は嫌ってくらいに理解した。
ここにいる奴ら全員がどういう情報網を持ってんのか知らないけど、ルカが別荘に来てる事どころかテツと約束をした事までも思いっきりバレてる。
スケルトン状態だ。
それでもルカは全く気にする様子もなく、「あのおじさん」を従えて中に入っていった。
その表情はあの不気味な表情だった。
口許にほんのりと笑みをつくって、ルカがリビングへと入っていく。
今度はその後ろに「あのおじさん」がついて行き、俺は更にその後ろをついていく。
リビングに入ってまず思ったのが、男が多いって事だった。
誰もが執事だか付き人だかを連れてきてて、そういう職種の人間は男が多い。
でもそれを差し引いたって、男が多い。
客人の八割だか九割だかが男で占められてる。
テツの別荘もリビングの庭に面してる側の壁が全面窓になっていて、そこが全開になっていた。
どういう造りだか知らないが窓枠ってものがないらしく、リビングと庭が一体のような空間になってる。
立食パーティー形式にしたらしく、食い物は全部庭に設置されたテーブルに並べられてて、庭にも客人が矢鱈といる。
でもやっぱり男が多い。
そういえば、ルカの周りにいる人間も男が多い。
つーか、男しかいない。
傍にいる「犬」の俺は当然男だし、護衛も男で「あのおじさん」や家庭教師も男。
今まで特に気にした事はなかったけど、こうして思い出してみると、部屋を掃除しに来る使用人も男だった気がする。
たまたまなのかもしれねえけど、それにしたって男だらけだ。
護衛や執事や家庭教師が男ってのはまだしも、部屋を掃除する奴らまで男ってのは行き過ぎてる気がする。
まあ金持ちの考えなんてのは、俺にはさっぱり分からないんだけども。
パーティーは予想通りの展開を見せた。
リビングに入ったルカに次々と客人が挨拶をしに来た。
当然ルカはその中のただのひとりの名前を知らないらしく、近付いてくる客人を見ては「あのおじさん」が名前を耳打ちしてた。
ルカは今朝のカフェでテツと話してた時のように、不気味な笑みを浮かべて相手の話に小さく頷いてるだけだった。
絶対に話を聞いちゃいねえと思った。
聞いてたところであっという間に忘れるに違いない。
もしかしたら、寝る頃にはこんなパーティーに来た事すら忘れてるかもしれない。
充分にありえるから恐ろしい。
ルカはそういう奴だ。
客人の年齢層は幅広かった。
中学生くらいの奴から「あのおじさん」くらいの奴まで様々だった。
その誰もがルカに挨拶をしに来た。
つまり、ルカに会いたいって話は出任せでも大袈裟に言った訳でもなかったって事になる。
ただどうしてルカなんかに会いたいと思うのか、俺にはさっぱり分からないが。
テツの別荘は完全な西洋スタイルで、室内でも靴を履いたままだった。
玄関ホールからリビング全体の床は大理石で施工されてて、何の段差もなく庭へもそのまま出られる。
最初の十分くらいはルカの傍にいた俺も、何をするでもないから飽きてきて勝手に庭に出る事にした。
一言告げた方がいいかとも思ったけど、喋り掛ける隙はなかった。
列こそ成してないものの、客人がとっかえひっかえルカに挨拶をしに来る。
ルカも挨拶する事にいっぱいいっぱいで、俺がいる事さえ忘れてるみたいだから、適当に戻れば問題ないだろうと、黙って庭に出た。
庭に出たところで知り合いなんてただのひとりもいないから挨拶される事もなく、何だったら誰からも目を向けられる事もなかった。
流石金持ちのパーティーだけあって、テーブルに並べられてる食い物は高そうな物ばかりだった。
キャビアだのフォアグラだの、実際お目に掛かった事のない高級品が沢山あった。
とりあえず食った。
美味い気がした。
ただそれは「高級品」だと思ってるから感じる感覚であるところが大いにある。
庭からリビングのルカを見ると、「普通の人間」に見えた。
距離を置くとあんな奴でも「普通」に見えるらしい。
近付いたら途端にバカ丸出しになるけども。
適当に食ってルカの傍に戻って、ただボーッと突っ立ってた。
ルカは延々客人に話し掛けられてた。
どいつもこいつも金持ちのくせに、何でこんなにつまんねえパーティーをするのかと不思議に思った。
金があるならもっと楽しいパーティーが出来るだろうに、心底つまんねえパーティーで驚いた。
リビングから庭に移動しても、やる事は変わらなかった。
夜空の下でとにかく喋ってるだけだった。
一応程度に置いてある椅子には誰も座らない。
ずっと延々立ち話ばかりだった。
便所に行ってこっそり玄関から外に出て、煙草を吸って時間を潰した。
戻ったら庭でルカがテツの執事と遠くを見ながら話してた。
こういうパーティーでは執事とも話をするらしい。
テツの執事が遠くを指差して話しているのを、ルカはただ頷いて聞いていた。
到着してから二時間ほどが経過して、ようやく帰宅となった。
どうやらルカが限界に達したらしく、それを「あのおじさん」が即座に察したらしい。
主催者のテツに断わりを入れて車を用意してもらい、疲れるだけで何の面白味もないパーティーから解放された。
帰りの車内で、
「あの執事はいい。いいぞ」
ルカが意味不明な事を言った。
何故かちょっと興奮気味だった。
その時点で、察するべきだったのかもしれない。
というよりも、忘れていた事を思い出すべきだったのかもしれない。
この地に来た理由を俺はすっかり忘れてた。
何だかんだと次々に起こる出来事の所為で失念してしまっていた。
それを思い出したのは、ルカの別荘に帰って何時間か経ったあと。
別荘にいる「成宮」の使用人たちが寝静まり、世界が夜の闇に覆われてから。
「ハチ公特別捜査官!」
「な――何だあ!?」
寝心地の好いベッドで爆睡してた俺は、ルカに思いっきり寝込みを襲われた。
深夜にも拘わらず結構な音量で呼び掛けられて、文字通り飛び起きた。
人ってこんな起き方出来んのか!?って自分でも思うほど、見事な飛び起きっぷりだった。
そんな俺の視線の先には、またしてもパンツスーツを着てるルカ。
それを見て、色々と思い出した俺はもう嫌な予感しかしなかった。
「悠長に寝てる場合じゃない! さあ、行くぞ!」
「……どこにだよ」
「宇宙人を捕まえに、だ! 有力な情報を仕入れた!」
「有力な情報だあ?」
「そうだ! あの執事が教えてくれた! あの執事はいいぞ! かなりいい!」
「あの執事って、テツの執事か?」
「誰の執事だって?」
「テツ」
「誰?」
「タニバヤシテツ」
「誰?」
「…………まあ、そうなるだろうな」
「タニバヤシって誰だ!」
「いや、もういい。タニバヤシは忘れろ。それより執事に何を聞いた?」
「宇宙人の情報に決まってるだろう! いる。いるんだ。目撃したんだ!」
「執事が目撃?」
「だからそう言ってるじゃないか! 謎の怪しい光を見たと言っていた!」
電気の消えてる部屋の中でもルカの目が輝いてる事が分かった。
声の張りからして完全に目が輝いてる。
テツの別荘の庭で執事と話していたのは、どうやら宇宙人の話だったらしい。
あの執事がどんな風に何を話したのか知らないが、余計な事をしてくれたもんだ。
お陰でこんな夜中に、寝込みを襲われる羽目になった。
「早く支度をしろ!」
張り切った声でそう命令したルカは、未だベッドに寝転んだままの俺の腕を引っ張る。
何が何でも行くつもりなんだろう。
いくら抵抗しても無駄なんだろう。
こいつはこれからこの勢いで、「あのおじさん」だの護衛だのを起こして回るんだろう。
「分かった。分かったから手え離せ」
分かりたくないけどそう言うしかない俺は、渋々起き上がった。
ルカはそれを確認すると引っ張ってた手を離し、
「ちゃんとスーツを着てくるんだぞ! 玄関で待ってる!」
何故かスーツ着用を命じて部屋を出ていった。
ルカの中では宇宙人を探すのにスーツは必須アイテムらしい。
ルカの事だからそれに理由はないんだろう。
勝手に決めたルールに違いない。
そして俺はそれに従うしかない。
スーツを着なかった場合に起こる一悶着を考えると、素直に従う方が断然いい。
こんな夜中にバカと揉める気にはならない。
大きな溜息を吐いてから、目を覚ます為に顔を洗って、スーツに着替えた。
今からバカな時間が始まると思うと、もう一度溜息が出た。
部屋を出て階段を下り、玄関ホールに降り立つと、早く行きたくて仕方ないらしいソワソワしてるルカがいた。
ただ、ルカ「だけ」だった。
「あのおじさん」も護衛もいない。
小さな照明灯だけが点いた玄関ホールにルカがひとりで立っていた。
「おい、お前ひとりか?」
慌てて近付くとルカは「しっ!」と口許に人差し指を置き、
「他の奴らに見つかるだろ!」
普段よりちょっと大きめの声で俺を叱った。
吹き抜けの玄関ホールにその声が響く。
見つかりたくないのか見つかりたいのか分かったもんじゃない。
本人としては、
「誰にも秘密だ! こっそり行くんだ!」
秘密にするつもりではあるらしいんだが。
「秘密ってお前、護衛いないとやべえだろ」
「心配ない。行くと決めたのはついさっきだから誰も予期してない。知ってるのはあたしとハチ公特別捜査官だけだ。あたしを襲おうとしてる奴らがこっちに来てたとしても、まさかこんな時間から出掛けるなんて思わないだろう」
「…………」
「だから、心配ない」
似たような台詞を今朝も聞いた。
聞いたが、ただのガセだった。
ガセネタを熱く語ったルカは、「さあ、行くぞ」と玄関のドアを開けてさっさと出ていく。
俺に「あのおじさん」を起こして事情を説明する時間を与えてはくれない。
「最悪じゃねえか……」
深い深い溜息を吐いて、ルカのあとに続いて外に出た。
今から別荘に戻ってくるまでの事を考えると、胃痛すらした。
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