第24話
「もう大丈夫だよ、美月さん。ショーに戻ってね」
保健室のベッドで横になっていた僕は、ずっと付き添ってくれている雨宮さんにそう声をかけた。するとベッド脇でパイプ椅子に座る彼女は、首を横に振りながら暖かい言葉を返してくれた。
「ううん。もう少しここにいるよ。他の部員もいるし撮影は問題ないから」
「ありがとう……」
その優しい笑顔を見た僕は、再び溢れそうになった涙をぐっと堪えた。
すると突然、なぜか雨宮さんは僕に顔をぐっと近づけてくる。
(え……。えぇ?! ななななな、なに?! ま、まさか、キ、キスされる――)
そんなことが頭をよぎったと同時、彼女は僕の耳元に手をあてて意味不明なことをささやくのだった――。
「二心ちゃんって体重何キロ?」
「へ……?」
「身長は? 一七五くらいあるよね?」
「一七三……」
「そっかぁ。体重は?」
「た、体重? 四十五くらいだけど……」
「えぇ?! 四十五?! それって私より……い、いやなんでもない……」
「ど、どうして……?」
「だってさ。さっき舞台で二心ちゃんを引きずったとき、身長高いのに軽いなぁって思ったんだ。だからちょっと心配になっちゃって」
「そういうこと……。でも、女性に体重聞いたら駄目だよ」
「だよね! あははは!」
(他愛もない会話が心地いい。雨宮さんが笑顔なのが嬉しい。彼女といると楽しい。傷ついた心も嘘のように回復する。雨宮さんにはずっと助けられてばかりだ。僕の憧れの人。初めて友達になりたいと思えた人。もっと仲良くなりたい。ずっと傍にいたい。だけど……遠い。二心の姿で近づけば近づくほど彼女は三郎から遠くに離れていく気がするんだ。二心の姿のままなら友達になれると思うけど、でもその現実はいつか消えてしまう。だってそんな偽りの関係が長く続くわけがないからだ。だから今日でおしまいにしよう。この姿で彼女に会うのは――)
そんな思いが僕の背中を後押ししたのかもしれない。僕は勇気を出して、これまでずっと気になっていたことを確認することにした。
「あの……美月さん。一つ聞きたいことがあって……」
「私に? なぁに?」
「前に言ってたでしょ? 好きな人のために男子を殴ったって」
「その話? あははは。恥ずかしいな。もう忘れてって言っても無理か」
「それで……。その好きな人とは、あれからどうなったのかな……って」
「それ気になっちゃう系? まあ、二心ちゃんになら別に話してもいいけど。彼とはね……。うまくいってない。嫌われちゃったかも。だからちょっと凹み中」
「嫌われた? どうして?」
「実はさ……。その人が『僕と友達になって欲しい』って言ってくれたんだけどね……」
(あれ……。ちょっと待って雨宮さん。話しが思わぬ展開に――)
「へ、へぇ……。それはよかったじゃない?」
「それがよくなくて。私、『ごめんなさい』って返事しちゃったんだ……。それから一言も会話してないんだよね。だから嫌われたんだと思う。当然だよね」
(え? えぇぇぇぇぇ?! そ、それって僕……。やっぱり雨宮さんの好きな人って僕なんじゃ……。い、いやいやいやいや、ちょっと待て。まだだ……。まだわからないぞ。僕以外にも、雨宮さんと友達になりたかった人がいたのかもしれない――)
「好きなのに断ったの? どうして?」
「それは……。生物の実験中に突然言われて思わずっていうのもあったけど」
(やっぱり僕だぁぁぁぁぁぁっ! 雨宮さんが好きなのは僕?! いやいやいやいや、冷静になれ! こんな超絶可愛い女子が僕のことを好きになるなんてありえないだろ! もしかしたら偶然、僕以外にも実験中に友達になりたいって言った人がいたのかも。そうだ。そうだよ。雨宮さんが殴った男子にいじめられてた生徒が他にもいて、彼女に助けられて嬉しくなって、それで調子に乗って実験中に友達になりたいってお願いして……って、そんな奴は僕しかいないでしょ! 僕って確定じゃないかぁ! でも、おかしい……。それなら尚更、雨宮さんの気持ちがよくわからない。あのときはいきなりの友達申請だったから断られたのだとしても、僕が好きだったのなら後日なにかしらのフォローがあってもよかったはず。それなのに、あの日からなにも言ってくれなかったってことは、やっぱり友達にはなりたくないってことだったのかな。それとも、なにか別の理由があったのかな……。本当なら、これ以上いろいろ聞くのはやめた方がいいのかもしれない。でも、最後にこれだけは聞いておかないと――)
「思わずってことは、断ったのは本心じゃなかったってこと?」
「もちろんだよ!」
「そ、そうだったんだ……」
「でも……。実験中じゃなくても断ってたと思う」
「え……? ど、どうして? 好きなら友達からでも――」
「好きだからだよ。好きだから……できないこともあるんだ」
その答えの意味がわからず混乱し始めた僕だったが、それ以上確認することはできそうもなかった。なぜなら、目の前で何度も自分のことが好きだと言われていることが異常すぎて、頭の中がショートしてしまったからだ。
その結果、掛け布団を鼻の上まで引っ張り上げ、真っ赤になった顔を隠した僕。
するとそれを見た雨宮さんは躊躇なく僕の額に手のひらを当ててくる。
「やっぱ、熱あるかなぁ。顔赤いし」
「だ、大丈夫だよ! もう元気出たから――」
そのとき、雨宮さんのスマホがブルブルと震えた。そして『部長からだ。ちょっとごめんね』と言って電話に出ると、三ターンほど会話して通話を終えるのだった。
「ごめん。戻ってくるよう言われちゃった。他の部員のカメラが、急に調子悪くなったみたいで。まいったなぁ」
「わ、わかった。私はもう大丈夫だから、早く戻ってあげて」
「じゃあ……ちょっと行ってくる。また戻ってくるから、無理せず休んでてね」
そう言って雨宮さんは、足早に体育館へと戻っていった――。
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