第25話

 一人きりとなった保健室。時計の音だけがカチカチと聞こえている。おそらく今は、ファンションショーの後半途中くらいだろうか。

 そんなことを考えると、あらためてランウェイを歩けなかった悔しさが込み上げてくる。

「まさかヒールで歩けないなんて……。情けない……」

 そのときだった――。


「だったら脱げばいいじゃない」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ヒールで歩けないなら、脱げばいいでしょ?」

「に、に、二心……?!」

 ベットを囲むカーテンを勢いよく開けて入ってきたのは二心だった。

 僕は二心がいきなり現れた驚きやら、彼女に申し訳ない気持ちやらで感情がぐちゃぐちゃになり涙が止まらなくなってしまう。

「な、なに? 泣いているの? キモいんだけど」

「ううっ……。相変わらず二心は容赦ないね」

「なによ。元気そうじゃない。彼女に好きだって言われてHP全回復したのかしら」

「き、き、き、聞いてたの?!」

「立ち聞きする気はなかったのよ? 倒れたって聞いてここに来てみたら、二人でイチャコラしてたから声かけれなくてね。一応帽子とメガネで変装はしてるけど、外にいて誰かに見つかったらまずいし、仕方なく彼女が出て行くのを横のベッドで寝て待ってたのよ」

「ぜ、全部聞いてたの?」

「なにが全部か知らないけど。『美月さん。ショーに戻ってね……』のあたりからかしら」

「それ最初の方だね……」

「それと、私の体重を勝手に公表するんじゃないわよ」

「いや、僕の体重だから。って、そんなことより! なんで二心がここにいるのさ?!」

「それね。仕事中に小豆からメッセージが来たのよ。『三郎、ピンチ』っってね。そのあとなにも連絡なくって、最後に『三郎、倒れた』って来たから心配して見にきてあげたの。なにがあったのかは、さっき控室で小豆に聞いたわ」

「そっか。姫川さんが心配して……。ショーの途中だったから、長文遅れなかったんだね。でもありがとう。心配して来てくれたんだ」

「ま、まあ、現場もここから近かったし……。それで……その……。ご、ごめんなさい」

「え……。ど、どうしたの?!」

「だって今日のことは私にも責任あるしね……。あんたが倒れるほど負担に思ってたなんてわからなかったから……。それに、倒れたことが学校からお母様にも連絡がいって今日のこともばれちゃって。気絶しそうなほど叱られたわ……」

「あははは。そっか。それは災難……って、あれ? ちょっと待って。『ばれた』ってどういうこと? 今日のことって母さん公認なんだよね?」

「ああ、あれね。嘘だから」

「嘘?! で、でも、母さんが学校に電話して更衣室を別にしてくれたって――」

「ああ、それね。電話したのは私だから」

「なんだよそれ! 信じらんない……」

「それだけ大声出せるなら、もう大丈夫そうね。じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「あれ? 仕事に戻るの?」

「違うわよ。体育館に行ってショーに出てくるの。最後に一往復するくらいの時間はありそうだし。あんたの制服、控室に置いとくから着替えて三郎に戻っといてね」

 そう言って保健室から出ていこうとする二心。同時に僕はベッドから身体を起こし、咄嗟に二心の腕をつかんでいた。自然と身体が動いたのだ――。

「サブ……。どうしたの?」


「僕が行く」


「……いいの? 私ならうまくやれるわよ」

「そうだね。二心が行った方が素晴らしいショーになるのは間違いないよ。でも、僕が行くべきだと思う」

「そうかしら? 自分勝手な責任感で言ってるならやめた方がいいわ。同じ結果になるなら迷惑かけるだけ――」

「それでも僕が行きたいんだ!」

「サブ……」

「頼むよ! 僕に行かせて欲しい!」

「……わかった。よく言ったわ。それでこそ、私の弟よ」

「二心……」

「でも……汗びっちょりで震えまくってるこの手、放してくれるかしら」

「ご、ごめん。格好つけといて情けないけど、歩けるか不安で緊張が……」

「ヒールのこと? それって履かないと駄目なやつなのかしら」

「どういう意味? 大事な衣装なんだから履くのは当たり前だし」

「でもそれって手芸部がデザインして手作りしたものなの?」

「え? い、いや、違うよ。市販のだって言ってたけど……」

「なんだ。それなら、こだわる必要ないじゃない。手作りの衣装に合わせて準備はしてくれたんだろうけど、この際仕方ないでしょ」

「そ、そっか……。そうだよね……」

「それよりも今日の主役はなんだかわかってる? その靴でもあたしたちモデルでもない。あんたが着てるその手作りの衣装が主役なの。サブがその衣装を着て、幸せそうにランウェイを歩く姿を観てもらうことが一番大事でしょ? 『私もあの衣装着て歩いてみたい』って思ってもらうことが、サブの仕事でしょ?」

「そうだね……。わかった! 行ってくる!」

「頑張んなさい」

「二心、ありがとう!」

 僕はそう言い残し、体育館へと向かうのだった。

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