第21話
「それじゃ、あと三十分ほどで開場だから、少し急ぎで準備お願いね。向こうがモデルさん用の控室になってるから」
倉本生徒会長がそう言って指差したのは、体育館から校舎に繋がる渡り廊下の先だった。校舎の入り口には『関係者以外立ち入り禁止!』の立て看板が置いてある。
生徒会長は最後の追い込みで手いっぱいだそうで、あとは西園寺さんに任せると言い残し体育館へと戻ってしまった。そのため雨宮さんと別れた僕と姫川さん、そして西園寺さんの三人でモデル用の控室へと向かうのだった――。
「悪いね、二心姉。本番前のリハ飛んじゃって」
「ううん。謝るのは私の方だよ。だって、私が急に変なこと言いだして時間取っちゃったのが原因だから」
「まあでも、二心姉と小豆ならリハなくても大丈夫っしょ。あたしもなんとかなるだろうし。でも他のモデル役がちょっと心配だけどな……」
「他って、演劇部の人たち?」
「そうそう。両校合わせて二〇名くらいだったかな。舞台は慣れてるからってことでモデル役に選ばれたんだけど、ランウェイは勝手が違うしさ。いきなり本番で大丈夫かな」
すると姫川さんが落ち着いた様子でそれに答える。
「今日はお祭りなのですから、わたくしたちも含めて砕けた感じで歩けばよいでしょう。そうすれば皆さんも歩き易いでしょうし、ちょっとした失敗も目立たなくなるでしょうし。演劇部の皆さんには、そうお伝えしてくださいな」
「砕けた感じってどういうのだ?」
「いつものモデルウォークにこだわらずラフな感じでいきましょう、ということです。例えば笑顔を見せて歩いたり、観客に手を振ったり、スキップしたり……。女子高生らしく明るく楽しく。その方が他のモデルさんたちも歩き易くなるでしょうから」
「スキップしてるJK、あんま見たことねぇけどな」
「例えば、の話ですわ!」
「冗談だよ。ほんと、小豆はすぐに怒るよなぁ。あ、ここが控室だな――」
校舎の中はファッションショーの関係者と思われる生徒たちの声で賑わっており、皆が教室の中でなにかをしているようだ。しかしどの教室も黒幕で覆われており中が見えない。その一階にあるすべての教室が控室となっているようで、それぞれの扉には『モデル用』や『設営スタッフ用』などと張り紙がされており、役割ごとに部屋をわけているようだった。そして僕はちょうど目の前にあった『モデル用控室(女子)』の張り紙がある扉をノックする。すると誰かが中から開けてくれたので、黒幕を横にずらしながら中に入った。
そのとき――。
「ちょっ! お待ちになって!」
背後で姫川さんの叫ぶ声がした。と同時にすぐ、その言葉の意味に気づいたのだが時すでに遅し。僕はとんでもないミスを犯してしまったのだ。
そこは『モデル用控室(女子)』。ということは中がどういう状況なのか、それは誰もが容易に想像できたことだろう。そう。僕の目に飛び込んできたのは、モデル役のJKたちが生着替えをしている景色だったのだ――。
『あれ? 二心さん?!』
『きゃわぁぁぁぁ! 二心様ぁ!』
『二心さんも同じ控室なんだ! やったぁ!』
下着姿のJKたちにそんな言葉で歓迎される中、僕は慌ててUターンし、後ろから続けて入ってきた西園寺さんを押しのけて廊下へ飛び出した。
そして顔をひきつらせている姫川さんの前で、頭を抱えて座り込むのだった。
(やってしまったぁぁぁ……! 控室が更衣室になってるなんて、少し考えればわかることだった! 女装して女子更衣室に入るなんて、完全に犯罪じゃないか! これでますます、二心が僕だとばれるわけにはいかなくなった! それにファンショーってことは、何度も着替えるんだよね? これってめちゃくちゃやばくない? 僕はこのあと、どうやって着替えるんだ?! この部屋で着替えるわけにはいかないじゃないかぁ! まずい、まずい、まずい、まずい! どうする?! どうしたらいい?! 今更『帰ります』なんて言えないぞ――)
そんな混乱の中、すぐに教室から出てきた西園寺さんの声が耳に入ってきた。
「二心姉。急に飛び出して、どうしたんだ?」
その言葉で我に返った僕は急いで立ち上がる。そして今はとりあえずこの場から離れようと、苦し紛れに言葉を返した。
「ご、ごめんなさい。ちょっと立ち眩みが……。保健室とかで休ませてもらおうかな」
「立ち眩み? 大丈夫? 女子の裸に驚いて、飛び出したのかと思ったよ。あははは」
「そ、そんなわけないよぉ。あははは……」
「とりあえず中にソファーも置いてあるから、入って横になったらどうかな」
「中?! な、中は……。その、えっとぉ。あ、も、もう平気かな? うん。ちょっと元気出てきたらから、横にならなくても大丈夫そうだよ」
「ほんとに? それじゃ、もう時間ないし中入って急いで準備しよっか」
「やっぱ、中?! そ、そっか……。そだね……。中かぁ」
「……? どうしたんだ、二心姉。さっきから、なんか様子が変――」
「ちょっとお待ちくださいな、西園寺さん。二心様はこちらですわ」
そう言って僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、呆れた様子の姫川さんだった。
「何度もご説明しようとしてますのに……。二心様の控室は他の皆様とは別ですわ」
「私は別? そうだったの? 知らなかった……」
「うちの社長が昨日、学校にお願いしたらしいです。最近は誰でもスマホで簡単に撮影もできますし、変に盗撮でもされてネットに上げられでもしたら大変ですからね。専用の控室内はうちのスタッフが事前にチェック済ですって」
(助かったぁぁぁぁぁぁ。全身から力が抜けた。さすがに母さんも二心も、僕を女子と同じ部屋で着替えさせるわけにはいかないから、事前に手を回しておいたのか。だけど、そういう大事なことは僕にも説明しておいて欲しかったよ――)
「ということですので今見てまいりましたが、お隣が二心様の控え室でしたわよ」
「そ、そっか。ありがとう。それじゃ、西園寺さん。またのちほど」
「ああ、わかった。なにか困ったことあったら呼んでくれたらいいよ。んじゃ、二心姉。またあとで――」
そう言って西園寺さんに手を振り別れたあと、隣の教室の扉前で張り紙を確認する。するとそこには『二心様、小豆様専用控室(スタッフ入室不可)』と書いてあるのだった。
「ほんとだ。こっちだったんだ……って、あれ? 二心様……小豆様?!」
「どうされました? 入られないのですか?」
「うわぁぁぁぁ! 姫川さん、いたの?!」
「いたの? って、ずっと横におりましたが……」
「ちょ、ちょっとこれ見てよ! ここって、僕たち二人用?!」
「そうです。あんまり騒ぐと周りに聞こえますわよ。早く中に入りましょう――」
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