第15話

「あらぁ! 二心さまぁ! やっと見つけましたわ!」


 背後からの大声で飛び上がりそうになった僕は、再び二心のファンが現れたのかと思いながら恐る恐る振り向いてみる。するとそこに一人で立っていたのは、幼い顔立ちでとても可愛い女の子だった。

 ――カントリースタイルの黒髪ツインテールがよく似合うその少女。身長は僕たちよりも低めで、一六〇センチほどだろうか。清楚で可愛いお嬢様系の洋服を身にまとった童顔の彼女は『幼女版二心』という表現が相応しい少女だった――。


「このモールでお買い物をしてましたら二心様の目撃情報がTL(タイムライン)に流れてまいりましたので、あちらこちら探し回っておりましたの。それにしましても、現場以外で偶然お会いできるなんて運命を感じますわぁ!」


(駄目だ。終わった。今の言葉で、この子がどういう人物なのかわかった気がする。察するに、この子は二心の知り合いだろう。それもモデル仲間だ。どうあがいても二心と面識がある相手に、二心で押し通すのは無理だろう。しかも西園寺さんの目の前で出会ってしまうとは……。このあと偽物の二心だとばれた僕は、彼女にタコ殴りにされるのだろうか――)


「あの……二心様、こちらの方はお知り合いですか?」

 西園寺さんを見てそう尋ねる少女は、僕が偽物の二心だとまだ気づいていない様子だ。しかしこのまま会話を続けていたら、遅かれ早かれ偽物だとばれるのは確実。とはいえ回避する方法がなにも思いつかない僕は、とりあえず会話を続けてみるしかなかった。

「こ、こちらは同じ事務所の西園寺さん。さっき、ファンの方に囲まれて困ってたところを助けてもらったの」

「同じ事務所ですか?」

「え? そ、そうだよ」

「ということは……」


(ということは……なんだ?! 僕になにが聞きたい?! 『私と同じ事務所?』なのか? それとも、『私と同じモデルさん?』なのか? わからない! どう答えればいいんだ――)


「そうだよ。お前と同じ事務所だよ」

 そう答えたのは西園寺さんだった。

 いつもの悪い口調に戻り不機嫌な様子の彼女は、その少女のことを知っているようだ。そして快く思っていないように見える。

「あ、あの……西園寺さんは、彼女を知ってるの?」

「姫川小豆(ひめかわあずき)のことは当然知ってるよ……。うちの事務所だと二心姉の次に人気あるしね。そっちは、あたしのことなんて知らねえだろうけど」

 するとその少女は、僕の腕に手を回し密着しながら、少し意地悪な様子で答える。

「存じ上げなくてごめんなさい。わたくし、同じ事務所でも十番手くらいまでしか把握できておりませんの。でも今日はありがとうございます。二心様を助けていただいて」

「別にお前に礼を言われる筋合いはねぇよ」

「その『お前』ってやめていただけます? 名前で『小豆』と呼んでくださいな」

「そっちこそ、その話し方どうにかならないのか? 高一だろ? 年下とは思えねぇ」

「わたくしの周りはみなさん同じ話し方ですわよ。わたくしよりも、あなたの言葉遣いの方がお下品じゃなくて?」

「お、お下品?! って、初めて言われたな……。確か二心姉も同じ高校だろ? なのに話し方が全然違うじゃねぇか。それと! 二心姉にべったりしすぎだろ。困ってるみたいだし、ちょっと離れたらどうだ?」

「あれあれぇ? もしかして焼き餅でございますかぁ? 私と二心様の間柄ならこれくらい当たり前なのですぅ」


(いや、僕は当たり前じゃないよ! さっきからずっと、いろいろ当たってるから!)


 と、心の中で叫ぶ僕。あまりの恥ずかしさに彼女の腕を解こうとするが、もう一人の自分がそれを断固拒否してしまう。

 そんな葛藤で混乱する中、突如スマホの着信音が鳴り始めるのだった。

「あ、やべぇ! 店から電話だ! もう戻らないと!」

 それは西園寺さんのスマホだった。これはなんと嬉しい呼び出しだろう!

 姫川さんに変装がばれたとしても、あとで二心からうまく説明してもらえばよいことだし、とりあえずこの場は西園寺さんにさえ僕だとばれなければよいのだから。

「ほんとだ。もう三時だね。西園寺さん、今日は助けてくれてありがとう」

「二心姉もまたね。次は現場で会えたら嬉しいよ。それと……小豆もまたな!」

「ええ、ごきげんよう」

 そして西園寺さんがモールの中へと消えた――と同時、突如僕から離れる姫川さん。

「もう無理ですっ! こんなこと、二度とお断りですわ!」

 明らかに不機嫌な表情でそう話す彼女だが、僕は意味がわからない。

「……え。あ、あれ?」

「ふ、不覚にもこのわたくしが一瞬、本物の二心様だと勘違いしそうになりましたわ……。言葉遣いが違いますからご本人ではないとわかりますけれど!」

「えぇぇぇぇぇ?! 二心じゃないって、ばれてたの?!」

「あなた様は、二心様の弟の三郎様なのでしょ? なぜ二心様の変装をされてるのかとか、ここへ来られた目的とかもすべて、二心様から聞いておりましてよ」

「ど、どういうこと?! 二心から聞いたって、どうして……」

「わたくしは二心様から、三郎様の監視役に任命されましたの。なにか失敗して問題を起こしそうなったら助けて欲しいとお願いされまして。それで、なにやら困ってる様子でしたから、ああやって乱入したということです」

「そうだったんだ……。離れたところで見張っててくれたんだね。全然知らなかったよ。二心からなにも聞いてなかったから」

「それはそうでしょう。わたくしが偶然このモールに来ていたのは本当ですから。それを知った二心様から、先ほど依頼されたばかりでしたのでね」

「そっか。でもありがとう! 姫川さんの推察通り、本当に困ってるところだったんだ。西園寺さんが二心のSNSを見て、本人が撮影中なのに気づいたから……」

「あら、そんなのどうとでも言い訳できましてよ」

「そうなの? どうやって?」

「あのSNSには投稿の予約機能がありますから。実際は数時間前に投稿したと言い訳すればよいのです。著名人はリアルタイムに書き込むと所在がばれる危険性がありますでしょ? だから予約機能を使うことは不自然じゃございませんから」

「なるほど、勉強になったよ……。でも、姫川さんが来てくれたおかげで西園寺さんにばれることもなかったし、本当に助かったよ!」

「そ、そう……? それならよかったですけど……。二心様の顔でそんな言い方されたら、なんだか変な気持ちになりますわ……」

「へ、変な気持ち……?」

「だ、だって! 二心様がそんな笑顔で優しく語りかけてくれることなんてないですもの! いつもは冷酷な女王様のように振舞われてますし……」

「それは、なんかごめん」

「いえ、わたくしはいつものクールビューティー系の二心様が大好きですから。でも、キュートな感じの二心様も、これはこれでまた……。ぬふふふ……」

「ひ、姫川さん……?」

「し、失礼しました。それで、無事に今日の目的は果たせましたの?」

「ううん。駄目だった。会いたかった『雨宮さん』って人が風邪で休みだったみたいでね。西園寺さんが代わりに勤務してたらしいんだ。だから、また次の機会にするよ」

「そうでしたか。でしたら、またわたくしが監視しないとなりませんわね」

「い、いや、もう大丈夫だと思うよ。次はうまくやるから」

「いいえ、なにかあってはいけませんから。二心様に依頼されたからには、わたくしも最後まで見守る義務がございます」

「でも、なんか悪いよ。二心には僕から言っておくから、大丈夫だよ?」

「あなた様が大丈夫でも、二心様が大丈夫ではありません! なにかあったら二心様の経歴に傷がつきましてよ? わたくしは二心様のことを心配しているのです!」

「そ、そっか……。二心のことを大事に思ってくれてるんだね。ありがとう」

「い、いえ。そんなの当たり前ですわ……」

 すると姫川さんは、鞄から取り出したスマホを僕に差し出してくる。

「ですから、その……」

「その、なに?」

「れ、連絡先を交換いたしましょう。次回の日時が決まったら連絡いただかないと」

「あ、ああ! そっか! そうだね。このアプリのIDでいいかな? やり方、この前教えてもらったんだ」

 僕はぎこちない手つきでなんとかIDの交換に成功する。しかし姫川さんはスマホを鞄に戻そうとしない。そして恥ずかしそうにしながら、僕の袖をつまんでくるのだった。

「あ、あの……。一つお願いがあるのですけれど」

「お願い? 僕に?」

「わ、わたくしとお写真を一緒に、いかがかしら?」

「写真? 全然構わないけど、二心と撮ったことないの?」

「二心様とは何度もございますわよ。でも三郎様の……その感じの二心様とも撮りたいなと思いまして……。ご、ご迷惑なら結構ですわ!」

「い、いや、全然迷惑じゃないよ。ありがとう」


 そして自撮りポーズで並んで撮影する二人。そのあと写真を見せてもらったが、恥ずかしそうにぎこちない表情をしている僕とは違い、姫川さんはさすが売れっ子モデルというだけあって、笑顔の作り方や顔の向き、ポーズなどすべてが完璧に見えた。そしてとても可愛い。

 そんな姫川さんは僕バージョンの二心と写真を撮れるのが余程嬉しかったのか、そのあとも続けて数枚、いろんなポーズで撮り続けるのだった。

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