第14話

 昨日は大変だった。なぜなら深夜一時頃まで、母と二心を説得していたからだ。

 だがその努力の甲斐あってか、僕をモデルデビューさせようとする企みをなんとか阻止することができたのだ。……と信じたい。

 しかし二心には困ったものだ。自分が叱られることを避けるため、あんな嘘をでっち上げるとは。本当ならあの場で真実を打ち明けてもよかったのだが、そうすると僕が二心にお願いした今日の計画のことも母に説明しなくてはならず、これ以上話をややこしくしないためにも黙っておくことにしたのだ。おそらくだが、二心は僕のそういう心情も予想した上であのような嘘をついたのかもしれない。

 そして今は土曜の午後二時過ぎ。僕は再び駅前のショッピングモールを訪れていた。それは、二心の姿で雨宮さんのバイト先を訪ね『会うのはこれで最後にしましょう』と告げる――その計画を実行するためにだ。


(準備は万端だ! 二心にもらった洋服を身にまとい、一人で完成させたメイクもばっちりだ。そのうえ念には念を入れ、仕事に出ている二心に何枚も写メを送って確認してもらったから問題ないだろう。加えて二心らしい立ち居振る舞いも習得済みの僕は、以前にも増して誰がどう見ても二心のはず――)


 そんな自信に満ち溢れ、雨宮さんのバイト先に到着した僕だったが、そのあとでまずい状況だと気づく。というのも、既に休憩時間が始まっているはずの彼女が、一向にお店の外へ出てくる気配がなかったのだ。だがよくよく考えてみると休憩のたびに必ず外へ出てくる保証などない。そんな当たり前のことに今更気づいた僕だったが、だからといってバイトがいつ終わるかもわからない今、お店の前の物陰に隠れながら、ずっと待ち続けるわけにもいかないだろう。その状況に悩んだ僕は、一つの賭けに出ることにした。

 それは前回ここで雨宮さんと出会ったときと、同じシチュエーションを作るということだ。今は伊達メガネと帽子で変装しているが、あえて顔バレして騒ぎにすることで、再び雨宮さんが助けに来るよう仕向けるという案を思いついたのだ。

 休憩時間には限りがある。焦る僕は三回深呼吸したあと、すぐに伊達メガネを外し、帽子を脱いで人目につくところまで歩み出てみた。すると三分と経たないうちに声をかけられ、あっという間に囲まれてしまうのだった――。


『あの! もしかしてデモルの二心さんですか?!』

『写真いいですか?!』

『このモールに出没するって本当だったんだぁ!』

『きゃわぁぁ! 顔、小さい! 足細い!』

『握手してください!』


(しまったぁ! これは予想以上だ! この前よりも大きな騒ぎになってる! もし、このまま雨宮さんが現れなかったら……。とんでもないことになるかもしれない! この案は失敗だったかも――)


 そう思った矢先だった。再び僕の目の前に救世主が現れる。

 白い衣服に白い帽子そして白いマスクという、全身白ずくめの所謂『給食のおばさん』スタイルの女性が、両手を広げ立ち塞がったのだ。

 そして彼女は僕の手を引き従業員専用扉の中へ誘導してくれたかと思うと、あっという間に前回と同じルートでモールの外まで連れ出してくれたのだった――。


「ありがとう!」

 無事に雨宮さんに出会えた喜びで、元気にお礼を言いながら頭を下げた僕。と同時に聞きなれた声が耳に入ってきたのだが、それはどこか違和感を覚えるものだった。

「よかったっす。パイセン!」


(あれ……? 『っす』ってなに? 雨宮さんと口調が違う? それに『パイセン』って? 僕のこと? え、ちょ、ちょっと待って……。あんた、いったい誰なんだ――)


「初めまして。二心パイセンっすよね!」

 そう言いながら白い帽子とマスクを取る女性、それはなんと。

「さ、西園寺さん?!」

「あれ? あたしのこと知ってる?!」


(まずい! あまりの驚きで思わず名前を叫んでしまった!)


「あ、あの……。えっとぉ。そ、そう! 美月さんに聞いてたから!」

「そうだったんすね。でも、あれ……? あたしが西園寺だってよくわかりましたね?」

「え?! そ、それは……。同じ事務所だって聞いたから写真取り寄せてもらってたの。今度お会いしたときに、すぐにわかるようにね!」

「まじっすかぁ! あたしみたいな下っ端、気にかけてくれるなんて光栄っす! あざっす、パイセン!」

「……ちょっと、ごめん。その『パイセン』ってなに? 同じ歳だと思うんだけど」

「あ、そっすね。でも二心パイセンは事務所のパイセンだし、あたしが唯一尊敬するパイセンで、モデルのパイセンっすから、『二心パイセン』がいいかなって――」

「ちょっと『パイセン』やめよっか! 気持ちは嬉しいけど! 『二心』でいいからね。『パイセン』はちょっと変だし」

「そっすかぁ……。じゃあ、せめて『二心姉(ねえ)』で。これは譲れないっす」

「お姉さんでもないけど! せめて敬語はやめようよ」

「それは了解っす。あ、違った。了解! 二心姉!」


(西園寺さんって二心の前だと、こんな感じになるんだ。僕と話してたときとはまるで別人だな。まあ、この姿で会うのは今日で最後だろうし関係ないか……。いや、そんなことより、どうして西園寺さんがここにいるんだ――)


「この格好? あたし、ここの総菜屋さんでバイトしてるんで」

「あれ、そうなの? 美月さんと同じバイト先だったんだね」

「そうだけど、小さい店だしシフトが重なることは少ないかな。それに本当は今日、あたしが休みで美月がシフトだったんだけど、あいつ風邪ひいちゃったみたいで。それであたしが変わりに入ったから」

「そうだったんだ。それじゃ、今日は美月さん来てなかったんだね……」

「もしかして二心姉。お店に来たのって、美月に会いに?」

「た、たまたま偶然通りかかったから、ちょっと覗いてみようかと思って……」

「そっか。でもびっくりしたよ。店の前が騒がしいから覗いてみたら二心姉がいたんで。前にも同じ場所で同じ感じで美月に助けてもらったんだよね? 従業員用通路使って外に逃げたって聞いてたから、今日も真似してみたんだけど」

「あははは……。面目ないです。迷惑かけてごめんなさい」

「それはいいけどさ。でもなんだか、ちょっと不思議だな」

「不思議? どうして?」

「二心姉とこんな風に話せる日が来るなんて不思議だよ。あたしが……二心姉に憧れてるってことは美月から聞いた?」

「うん、聞いたよ」

「だからさ、二心姉と会ったらめっちゃ緊張して普通に話せないと思ってたんだ。でも想像してたより話し易いからびっくりだよ」

「同じ歳なんだし、当たり前だよ。私も普通の女子高生だから」

「普通じゃないって。だって二心姉は、あたしからしたら雲の上の人だから! 同じ事務所でも一緒に仕事することなんてまずないし、雑誌とかSNSで見るような存在だし」

「いろいろ見てくれてるんだぁ。ありがとう」

「めっちゃ見てるし! SNSなんて、勉強になるから全部フォローして毎日こうやってチェックしてる……あれ?」

 そのとき、スマホを操作する手がピタリと止まる西園寺さんが目に入る。と同時に僕はとても嫌な予感がした。

「……ど、どうかした?」

「おかしいな。二心姉のSNSで、五分前に『今現場で撮影中』って写真アップされてるけど……。なんでだろ」

「ご、五分前? 五時間前じゃない? あははは……」

「いや違うよ。五分前だよ。ほら」

 そうやって差し出されたスマホの画面を、僕は恐る恐る覗き込んでみた。するとそこには、この数時間前から五分前までの間の二心がいくつも写し出されていたのだった。リアルタイムに『撮影中』や『おやつタイム中』などの状況報告する文字と共に、ご丁寧に写真や動画も張り付けられている。

「あ、あれぇ? ほんとだね……」

 そこで頭が真っ白となり天を仰いだ、そのとき――予期せぬ救世主が現れたのだった。

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