第11話
学校から帰ったあとのこと。今は夕方の五時。
僕は大きく三回深呼吸したあと、目の前にある扉を優しく三回ノックした。
するとカチャリと音がして、開いた隙間から二心が顔を覗かせる。
「なに?」
その一言で人はこれだけ相手を威圧できるものなのかと感じながら、僕は答えた。
「ごめん、今ちょっといい?」
「いいけど」
と言いながらも十センチほど開かれた扉の隙間はピクリとも動かない。それはまるで、部屋の扉にチェーンロックでも付けているのかと疑いたくなるほどにだ。僕に用事があるときはいきなり扉を開けて入ってくるクセに、僕が来たときはまったく部屋に入れようとしない二心。自分の部屋を見られるのが嫌なのだろうか。
僕は『このままだと話しにくいな』とは思ったものの、仕方なくそのまま会話を続ける。
「ちょっと相談があるんだけど。時間あるかな?」
「今? いろいろやることあるし忙しいけど、まあ、あるっちゃあるわね」
「あ、あるってことだね」
「そうね。少しならいいわ」
「そ、それじゃ、僕の部屋で話す?」
「……まあ、いいわ。入りなさいよ。今日だけ特別に許可するわ」
そう言いながら渋々扉を開ける二心。と同時に僕は絶句してしまう。なぜなら、二心の部屋は僕の部屋の二倍はある広さだったからだ。
「ちょ、ちょっと待って? なにこれ! なんでこんなに広いの?!」
「今更なに? ずっとこうよ」
「いや、おかしいよ。小学生の頃に入ったときは、こんなに広くなかったよ?!」
「壁を壊して隣にあったお父様の書斎とつなげたからよ。私は仕事で衣装とかいろいろ増えてきて部屋が狭くなったから仕方なく」
「壁壊した……っていつ?! 全然気づかなかったし!」
「ああ、そうねぇ。あれは確か、あんたが中学の修学旅行言ってるときじゃないかしら」
「あの三日の間で?! それって僕にばれないようにだよねぇ?! 確信犯じゃないか! 信じらんないよ、ほんとに……」
「うるさいわね! 私は仕事して家にお金入れてるんだから、当然でしょ? サブはバイトもなにもせずに小遣いもらってるんだから我慢なさい」
「そう言われたら返す言葉もないんだけど……」
「で! 話ってなに? そんなこと言いに来たわけじゃないでしょ?」
その突っ込みで本来の目的を思い出した僕は、ベッドの上に座る二心の目の前まで移動する。そしてふかふかで桃色の絨毯の上に膝を突いた。
「な、なによ……」
そう言いながら困惑している二心が目に入る。それは『それ以上近づいたら殴るわよ』と威圧しているようにも見えた。しかし僕はそれに怯まず、まるで神様に祈りを捧げるかの如く、綺麗な土下座をお見舞いし懇願するのだった。
「お願いします! もう一回だけ女装させてください!」
それは双子の姉にするには変態すぎるお願いだった。
しかし今の僕にはどうしても、再び二心になりたい理由があったのだ。すると――。
「なんだ、そんなこと? 別にいいわよ」
と拍子抜けする答えが返ってくる。
「え? いいの?」
「だから、いいって」
「い、いや、本当に? 弟が女装させてくれって頼んでるんだよ? キモいよね?」
「しつこいわね! いいって言ってるでしょ?! 元々は私がお願いして女装してもらったんだし、そっちからお願いされて断る理由もないでしょ。ただ……」
「ただ?」
「その理由は知りたいわ。もしかして女装に目覚めたの? まあ、別にあたしは弟が本当に男の娘になったとしても構わないけど。今の時代、別に驚くことでもないだろうし――」
「ち、違うから。一応言っとくけど、僕は女装に目覚めたわけじゃないから」
「じゃあ、なに?」
「それは……。この前ショップで二心の姿になったとき、友達になりたい女子がいるって話をしたよね? 覚えてる?」
「ええ。ゴリラみたいに男子を殴りまくる女子のことね」
「ゴリラじゃないから! 殴ったのはあの一回だけだし、普段は優しい人で……」
「はいはい、わかったから。それで?」
「実は、初めて二心の姿で駅前に行ったとき、その人に偶然会って声をかけられてたんだ」
「あのときに? 女装がばれてたってこと?」
「ううん。それは大丈夫だったんだけど、彼女は写真が趣味みたいで、写真撮らせて欲しいって言われて何枚か撮ってね。それだけだったんだけど。あ、写真はどこにも公開しないでって、ちゃんと約束したからね」
「だからコーヒー買いに行くのに一時間もかかってたのね。なんで黙ってたのよ。人を心配させといて、あんたはまったく……」
「ご、ごめん。そのときは本当にそれだけだったから。でもこの前、二心の姿でモールから出るときに、また偶然彼女に会ったんだ。あの中でバイトしてたみたいで」
「なにそれ。まるで運命の出会い、みたいな」
「でね。話の流れでまたバイト先に会いに行くって約束しちゃったんだけど……」
「だからもう一度私の姿になって会いに行きたいってことなのね? 惚れたってこと? もう一回会って告白でもするの?」
「い、いや、違うから! だったら二心の姿で行くのはおかしいでしょ! そうじゃなくて、はっきり伝えようかと思ってね。『会うのはこれで最後にします』って。このまま何度も会ってると、二心にもいろいろ迷惑かけちゃうかもしれない。二心は有名人だしね」
「ふぅん。そういうこと。まあ、あたしは別に彼女と会うこともないだろうし、迷惑でもなんでもないけど、サブが望むならそうすれば? でも、折角友達になれるチャンスなのに、本当にそれでいいの?」
「二心の姿で友達になれても空しいだけかも」
「そうかしら。中身はどちらもサブなんだから、私は別にいいと思うけど。見た目が変わったからって友達やめるくらいなら、それだけの関係だったってことよ」
「二心はすごいな……。僕はそんな風に割り切れないよ。それにさ。どちらにせよ、もう彼女には近づかない方がいいかなって思ってるんだ」
「あら、どうして? 友達になりたいんでしょ?」
「実はこの前、学校で三郎として話す機会があってさ。僕が話し易いって言ってくれたから、その勢いで友達になりたいって勇気出してお願いしたんだけど……断られちゃって」
「……ぼっち陰キャ野郎が無謀なことして」
「あははは。そうだね。やっぱ駄目だったよ」
「でもそういうことなら、わかったわ……。で、いつ会いに行くの?」
「明日の土曜にしようと思ってる。毎週土曜にバイトしてるって言ってたから」
「明日? それなら条件があるわ」
「……なに? 怖いんだけど」
「明日は朝早くから仕事で家にいないの。だから、自分でメイクできるように今から教えてあげる。そのついでに女性らしい仕草とか、写真お願いされたときのポージングとかも簡単なの教えてあげるから覚えて。まだ夕方だし時間あるでしょ?」
「え? ちょ、ちょっと待って。それなら別の日にするから教えてくれなくていいよ」
「駄目よ。私がいなくても自分一人で二心になれるよう勉強すること。これが条件だから。嫌ならこの話はこれでおしまい」
「なんで?! 二心になるのはこれで最後だから別に覚える必要ないよ」
「あんたは最後でも、私が最後じゃないのよ。外には出ないとしても、また家の中で私になってもらう可能性もあるでしょ? 毎回私がメイクしてあげるのも面倒だし、衣装チェックするときのポージングも覚えてもらった方が助かるから。それに明日は私の姿で会いに行くんでしょ? そのときに、がに股とか猫背で立ってるところを誰かに見られでもしたら、私の評判に傷がつくのよ。だから最低限の女性らしい仕草とかいろいろ覚えてちょうだい! 今から特訓よ! わかった?!」
その勢いに押された僕は『今、忙しいって言ってなかったっけ?』とは突っ込めないまま、二心になるために必要なスキルを詰め込まれたのだった。みっちり三時間コースで。
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