第7話

「そっかぁ。小学生のときからモデルやってるんだぁ」

「うん。将来は母……お母様のお仕事を継ぐかもしれないから、その勉強も兼ねて――」

 そんな他愛もない話を続けながら、公園脇のベンチに並んで座る二人――それは誰がどう見ても、仲のよい女子二人が楽しく会話しているように思えただろう。しかし僕にはその時間を楽しむ余裕などなかった。なぜなら、雨宮さんから僕……ではなく二心へ質問が止まらなかったからだ。彼女は二心に対してかなりの興味があるようで、一つ一つの答えに感心しているように見える。そのため僕も適当に答えるわけにもいかず、冷や汗をかきながらも知り得る限りの二心情報を駆使して回答を続けていたのだ――。


「でさぁ。西園寺亜理紗って知ってる? 二心ちゃんと同じ、モデルの子なんだけど」

「西園寺さん? どうかな……。今度、聞いてみるね」

「え? 誰に?」

「……え? あっ! そ、それは……マネージャーさんに! そういう名前のモデルさん、知ってるか聞いてみようかと。私は知らなかったから」

「あ、そういうことね。亜理紗は二心ちゃんと一度仕事したことあるって言ってたよ。でも、怖くて話かけられなかったって。全然怖くないのにね」

「あははは……。現場では気が張ってるから、そういう感じに見えたのかも。また今度一緒になったら、声かけて欲しいかな」

「わかった。じゃあ、亜理紗に伝えとくね」

「うん。私も、伝えとく」

「え? 誰に?」

「……え? あっ! そ、それは……マネージャーさんに! 現場で一緒になるときあったら事前に教えてね、って」

「そっか。ありがとう。本人も喜ぶと思うよ」

「その西園寺さん……との付き合いは長いの?」

「彼女とは中三のときに友達になって、今では親友みたいなもんかなぁ。同じモデルとして二心ちゃんのことをすんごい尊敬してるらしいから、話してくれたら喜ぶと思う。ちょっと……かなり口は悪いけど、いい奴だから」

「そ、そうなんだ。また機会があれば是非……」

「そう言えば、二心ちゃんはこのモールよく来るの?」

「そんなには来ないかな。今日も本当は来る予定じゃなかったんだけど、気分転換で……」

 思わず『強制的に』という余計な言葉も口から出そうになったが、ぎりぎりのところで回避した僕。するとなぜか、雨宮さんが心配そうにこちらを見ている。

「気分転換って……。やっぱりなんかあったの? 前会ったときもそんな気がしたけど」

「あ、大丈夫だよ! ちょっと最近いろいろあって疲れてただけだから」

「そっかぁ。学校行きながらモデルの仕事もやってたら、そりゃ疲れるよね……。でもストレス発散で買い物したくなるのって、よくわかるな。私も今日、なんかむしゃくしゃしてバイト前にめっちゃ余計な買い物したし。だから今日はただ働きみたいなもんだよ」

「ストレス? なにかあったの?」

「うん……。学校でいろいろ。ま、私が悪いんだけど。最近、自分の心がうまく制御できなくて空回りしてる感じでさぁ。それでなんかモヤモヤしてて」

「美月さんがそんなこと考えてるなんて、意外だな……」

「えぇ? 会うの二回目なのに、もう私のキャラ確定してる? いつも能天気でなにも考えてない、みたいなぁ?」

「ご、ごめん! そうじゃなくて! ずっと笑顔で明るい印象が強くて、そんな悩みがあると思わなかったから!」

「あははは。冗談だから。そんな必死に訂正しなくても大丈夫。ほんと二心ちゃんは、真面目で優しくていい子だなぁ。私とは違って……」

「美月さんは……いい子じゃないの?」

「どうだろ。たぶん悪い子……なんだと思う。この前ね。実はさ。その……」

「どうしたの?」

「クラスの男子を殴って停学になっちゃった」

「……!」

 その言葉を聞いた僕は言葉に詰まる。学校で元気に振舞っていた雨宮さんが、まさか停学のことで悩んでいたとは思いもしなかったからだ。

「あはは……。びっくりしたでしょ? 引いちゃった?」

「ひ、引いてなんかないよ。だって、なにか理由があったから、殴ったんでしょ?」

「うん……理由はあったよ。でもさ。だとしても、暴力はまずかったかなって反省してる。相手の男子、骨折までしちゃってさ。うちって親が離婚して母子家庭でさ。頑張って私を育ててくれたお母さんが向こうの親に頭下げてるの見て、そこでやっと自分がしたことの重大さに気づいたんだ。私ってほんと馬鹿だから」

「お母さんに叱られたの?」

「ううん。全然。殴った理由を説明したら、逆に『よくやった』って褒められちゃった。あははは。変な親だよね。でもそれは嬉しかった」

「殴った理由……なんて説明したの?」


「好きな人を助けようとしたから、って」


「そっか。好きな人を……え?」

「ん?」

「ご、ごめん。ちょっと今、聞き間違えたかも……。誰を助けようとしたの?」

「好きな人だよ。殴った相手が、その人をいじめてたんだ。それが許せなくて」

「なるほど……」


(って、納得してる場合じゃぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい! ちょっと待って! どういうこと?! それって僕のこと?! 僕だよね?! 雨宮さんが僕を好き?! いやいやいやいや、そんなことあるわけないし! 雨宮さんが? 僕を? ありえない! いや、これ絶対にドッキリでしょ! そうだ! そうに違いない! 二心と西園寺さんが実は知り合いで、それ繋がりで雨宮さんとも知り合いになって、それで三人で協力して僕をターゲットにした盛大なドッキリ企画だ! ふぅ……。危ない、危ない……。完全に騙されるところだった。プライベートでこんなことするわけないから、おそらくこれはテレビか動画配信かなんかの企画だろう。今もスタッフがどこかで撮影していて、それで二心が『ドッキリ大成功』なんてベタなことが書かれたプラカード持って登場してくるんだ。それですべて辻褄が……合うのか? いや、合わないぞ! だって雨宮さんは本当に停学になった……。実際に学校を休んでたじゃないか。先生たちもグルなんてありえないし、そんなドッキリが許されるわけがない。それにだ。相手の男子は本当に殴られてた。血しぶきも飛んでたし、目の前で見たあれが演技だなんて考えられない――)


「あ、そうだ。この話は、さっき話した亜理紗って子にも言ったことないから内緒でお願い。いつか彼女に会っても言わないでね」

「う、うん。わかった。それで、その好きな人って――」

「うわぁっ! 二心ちゃん、ごめん! もう行かなきゃ」

「あ、時間! もうすぐ三時だね」


(いや、ちょっと待って! めっちゃ中途半端! まだ聞きたいこと、山ほどある! でも……。ここまでにしておくべきだろう。僕がこれ以上、この話を聞いては駄目なような気がする。嬉しいというよりも、二心の姿でそれを聞いてしまったことの罪悪感の方が大きい――)


「二心ちゃん、大丈夫? なんか変なこと話して、びっくりさせちゃった?」

「ご、ごめんね。びっくりはしたけど、大丈夫だよ」

「あ! ほんとやばい! もう行くね!」

「うん……。今日はお話できて嬉しかった」

「私も! あ、そうだ。連絡先を……駄目だ! 時間がない!」

「早く戻って! また、いつかお店に行くから」

「わかった! 毎週土曜のこの時間はシフト入れてること多いから。絶対来てね!」

「うん。わかった」

「ほんとに?! 絶対だよ!」

 雨宮さんはそう言い残し、従業員扉の中へと消えて――行かずに振り返る。

「ほんとに、ほんと?! 絶対来てよ!」

「わかったから! 早く行って!」

 そしてパタリと閉まる扉。

 そのあと放心状態となった僕は、暫くその場から立ち上がることができなかった。

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