第6話
「それじゃ、買うのはこれで決定だね。いいと思うよ」
「まあ、参考になったわ。私の感覚も鈍ってないようだったし」
「僕の感覚が合ってるのかわからないよ?」
「それは大丈夫よ。あんたの顔見てたら、どの服着たときに気持ちが上がったのかすぐにわかったもの」
「それならよかったけど……。この服可愛いよね。でも母さんのブランドじゃないんだね」
「お母様のならお店で買わなくても、いつでももらえるわ。今日はお仕事じゃなくて、自分のお洋服を買いに来たの。……あ、そうだ。私はまだ他のお店もいくつか周りたいし、先に帰ってくれていいから」
「そうなの? でも試着室出るまでは一緒にいてよ。今からメイク落とすから待って」
そう言いながら、僕がウィッグを脱ごうとした――そのときだった。なぜか二心にその手をつかまれる。と同時に、とても嫌な予感がするのだった。
「……なに? 離してくれる?」
「メイク、落とす必要ないわ」
「……ど、どうして?」
「今サブが身に着けてるの一式、もう清算済ませといたから、そのまま帰宅して大丈夫よ」
「……はい? ちょっと、なに言ってるの?」
「だから、もう着替えなくていいってこと。っていうか、着替えるの無理だから。あんたが着てた服は処分してもらったし」
「処分って、なんで?! あの服お気に入りだったのに!」
「まあ、悪くない感じだったけど、あれって何回着たの? 色あせてダルダルでヨレヨレだったから処分したのよ。でも、ついでにあんたに似合いそうなメンズの服、買っといてあげる。それが今日のお礼ってことでいいでしょ? サブも疲れただろうし、今日はこれで開放してあげるわ」
「開放って、ちょっと待ってよ! 二心が服買ってくるの、ここで待ってるから!」
「心配しなくても大丈夫。今のサブは誰がどう見ても二心なんだし、この前もうまくいったでしょ? お姉ちゃんを信じて。今日も、ちょっと気分転換して帰りなさい……」
「優しい感じで言っても駄目だって! こんな気分転換の方法、おかしいでしょ!」
「あ、でも、このモールからはすぐに出てね。でないと、私たちが鉢合わせしちゃったらややこしいでしょ。それじゃあね!」
「いや、駄目だって! 困るから!」
試着室から立ち去った二心を呼び止めながら扉を開けた僕。しかし既に彼女の姿はどこにもない。そして目の前には、今着ている服に似合いそうな新品のレディース用サンダルと僕の私物が入った紙袋だけが置いてあるのだった――。
「二心のやつぅぅぅ! なにが気分転換だよぉぉぉ!」
周りに聞こえないような小さな声で愚痴りながら、大急ぎでショップの外へと飛び出す僕。そしてその手に持つショップの紙袋には、唯一残されていたスマホとサイフと家の鍵、そして靴だけが入っている。せめて帽子かマスクでもあれば顔を隠すことができたのだが、女装した今の僕は完全に二心そのもの。女性にしては背も高いし、かなり目立っていることだろう。それに休日のショッピングモールは多くの人で賑わっており、二心をよく知るJK世代の割合も多い。そんな女子たちとすれ違うたび、視線が刺さるような気がしてならないのだ。
もし誰かに声をかけられて囲まれでもしたら……。汗でメイクが落ちたり、なにかの拍子でウィッグがとれたりして、変装だとばれてしまったら……。そんな不安ばかりが頭をよぎる中、今はただひたすらに競歩選手並みの早歩きで出口に向かうしかなかった。
そして……ついにゴールが見える。二十メートルほど先に、光り輝くモールの出口が見えてきたのだ――。
(さぁ、もう大丈夫だ! このモールから脱出さえできれば、あとはなんとかなる。外に出たあとは、家までの並木道を人目につかないよう注意しながら帰れば問題ない――)
そう安堵したのも束の間、突如横から現れたJKらしき派手な二人組に道をふさがれ、ゴール目前で足を止める事態となってしまった。
「あのぉ。さーせん」
「は、はいっ!」
「もしかしてだけどぉ、二心さんっすか?」
「あ、あの……。えっとぉ……」
(なんて答えればいいんだぁ! 『違います』なのか?! 『そうです』なのか?! どっちが正解なんだ?! と、とりあえずなにか答えないと――)
「ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと急いでますので……」
「やっぱ二心だぁ! まじ顔ちっちぇえ!」
まったくこちらの話しを聞いてないその二人組は、僕の両サイドに移動したかと思うと、派手にデコられたスマホ取り出しポーズをとる。
「写真おなしゃーす!」
(JK恐るべし、だ! いきなり呼び捨てとは! しかも無断で撮影を始めるとは! こんなとき、二心はいつもどう対処しているのかな。彼女なら、スマホを取り上げ、膝で叩き割り壁に投げつけるかもしれない。いや、さすがにそこまではしないか――)
そんなどうでもよいことを考えている間も、カシャカシャと続く撮影会。本来ならすぐに断り立ち去ってもよかったのだが、ここは彼女たちが納得するまで笑顔で付き合うことにした。二心の印象を悪くしないためにも、この場は我慢してファンサービスに勤しむことにしたのだ。
そして撮影が終わり握手して別れたあと、僕は人が良すぎた自分に激しく後悔することなる。なぜなら僕の背後には、撮影を希望する人たちの長い行列ができていたからだ。
二心の人気は僕の予想以上だった……。
このモールに来たとき、誰からも声をかけられない彼女に『二心って人気ないんじゃないの?』なんて意地悪な突っ込みを入れていた自分が恥ずかしい。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。もし騒ぎを聞きつけ駆けつけた警備員に連行され、親や先生を呼ばれでもしたら……。その先は考えるだけでも恐ろしい事態だ。
だからといって、この行列を無視して立ち去ってよいかも悩むところだ。もしそんなことをしてしまったら……。『二心マジむかつく』『二心調子乗ってる』などとSNSに書き込まれ、二心の評判を落とすことになるかもしれない。
(どっちに転んでも最悪だ! いったい僕はどうしたらいいんだ――)
正解が見つからず天を仰いだそのときだった。
僕の目の前に一人の救世主が現れる。
その人は並ぶ列の先頭に割り込み、大手を広げ立ち塞がってくれたのだ。しかし同時に皆の頭の上には『?』が浮き上がったことだろう。なぜならその人は、白い衣服に白い帽子そして白いマスクという、全身白ずくめの所謂『給食のおばさん』スタイルの女性だったからだ。
そんな彼女は僕に背を向けたままで、列の最後尾まで届くほどの大声で叫ぶのだった。
「みなさん、すみません! 二心はこのあと、急ぎの仕事がありますので今日はこれで失礼します! ごめんなさい!」
そう言って深くお辞儀をする女性。僕もそれにつられて、訳がわからないまま頭を下げた。同時に混乱したギャラリーからは『二心のマネージャー?』『調理の人?』『なんで?』という、ごもっともな意見が聞こえてくる。だがそれは僕の方が聞きたいくらいだ。
そんな混乱の中、僕はその女性に右手をつかまれ、すぐ先に見える出口ではなく近くにあった従業員用の扉の中へとつれていかれる。
そして狭く入り組んだ通路を早足で進み、あっと言う間に誘導されたその場所は、目の前に綺麗な芝生が広がる人気の少ないモールの裏側だった――。
「はぁぁぁぁ……。これでもう、大丈夫かな? でも、この格好であんなこと言っても、ちょっと無理あったよね。どう見てもマネージャーさんには見えないし」
その言葉で僕は気づく。彼女は二心のマネージャーでも関係者でもなく、困っていた僕を助けてくれた善意の人だったのだと。
「た、助けていただいて、ありがとうございます!」
そうお礼を伝えると、彼女は笑いながらマスクをとって顔を見せてくれた。
と同時、その顔を見た僕は再び激しく混乱する。
なぜならば、彼女の正体は――。
「あ、あ、あ、雨宮さん?!」
「また会えたね。二心ちゃん!」
(雨宮さんだった……。白衣を着てても、めっちゃ可愛い雨宮さん。前髪が帽子に隠れて、おでこが出てる感じがまた可愛い……。って、そうじゃない! なにこれ。なんで雨宮さんがここに? ドッキリ? 二心が仕掛けたの? でないとこんな偶然、何度もあるわけないし! なんで二心の姿になったときに限って、雨宮さんに会うんだ?! そうだ。これは夢だ……。全て夢であってくれ――)
「また二心ちゃんに会えるなんて、夢みたい!」
「みたい……ってことは、これは夢じゃないんですね」
「どうだろ。ほっぺつねろうか?」
「だ、大丈夫です! 自分でやりますから!」
雨宮さんが身体を近づけ手を伸ばしてきたため、恥ずかしくなり慌てて顔を背けた。そして自分の頬を強くつねってみたのだが、当然ながら痛みが走る。
「あははは! 二心ちゃん、ほっぺ赤くなってるよ。夢じゃなかったみたいだね」
「で、でも、雨宮さんがどうしてここに? それに、その格好……」
「私、ここの総菜屋さんでバイトしてるんだぁ」
「そ、そうだったんですね。驚きました……」
「驚いたのはこっちだよ。休憩時間にお店の前が騒がしいから見に行ったら、二心ちゃんがパニクってアワワってなってたからさ。でも勝手にあんなことして迷惑じゃなかった?」
「全然大丈夫です! 迷惑というより、むしろ困ってましたので本当に助かりました。ありがとうございます。……でも、こんな偶然があるなんて」
「ほんと、偶然に感謝だね。また会いたいなってずっと思ってたからよかった」
「わ、私にですか?」
「だって……この前は、突然いなくなっちゃったから、気になっててさ……。ごめん。もしかして私、なんか気に障るようなことしちゃったかな?」
「い、いえ! そんなことないです! あのときは、その……。急いで家に帰るよう電話があったから……。こちらこそ、すみませんでした」
「そっかぁ。私が原因じゃないならよかった……。あ、そうだ。今も急いでる? もし時間あるなら、ちょっとだけそこで座って話さない?」
そう言って彼女が指差す先には、モールに隣接する広い公園があった。
ボール遊びをする子供やピクニックをする家族連れで賑わっており、二心を知るようなJK世代はいないようだ。
「私は大丈夫ですけど、雨宮さんは休憩時間、大丈夫ですか?」
「うん。三時まで休憩だから、あと十五分くらいなら平気。あ、私のことは『美月』でいいよ。それに敬語もやめてくれたら嬉しいな。同級生なんだし――」
前回変装だとばれなかった安心感から、十五分程度なら大丈夫だろうと始めた会話。
しかしこの僅かな時間で、僕は衝撃の事実を知ることとなるのだった。
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