第5話
「はい、着たよ」
「オッケー。じゃ、仕上げね」
「やっぱりメイクもするんだね……」
「当たり前でしょ。また同じ説明させるの?」
「わかったよ……。お好きにどうぞ」
ソファーに座らされた僕は、目をつぶって自分の顔を差し出した。すると隣に座りメイクをし始めた二心は、少しの沈黙のあと小さな声で呟くのだった。
「またなにかあったの……?」
「……え?」
思いもよらなかった質問に言葉が詰まる僕。そして薄っすらと目を開くと、二心は手を動かしながら、少し悲しそうな顔をしていた。そのとき、二心が今日僕を連れ出した本当の理由に気づく。彼女は僕のことを心配してくれていたのだということに。
「な、なにかあったように……見えた?」
「そうね。昨日の夕食のとき、ちょっと」
「そっか……。普通にしてたつもりだったけど、心配かけてたんだね。ごめん」
「し、心配なんかしてないし。そういうのキモいから」
「じゃあ、なんで『なにかあったの』なんて聞くのさ」
「家でずっと暗い顔されてたら嫌でしょ。空気が悪くなるでしょ」
「そっか。そうだね。ごめん」
「で、理由はなに? 学校のこと?」
「うん。まあ、そうだね……。僕を助けてくれた人の話、母さんから聞いた?」
「サブに意地悪してた相手を殴ったって人のこと? 聞いたわ。格好いいじゃん」
「そう。その人とね、友達になりたいと思ったんだ。だけど、なかなか難しそうで」
「どうして? 声かける勇気がないってこと?」
「それ以前にね……。僕と友達になるのは難しいって言われちゃって」
「なにそれ。いじめからは救ってくれたのに、友達にはなれないってこと?」
「そうみたい。でも仕方ないんだ。その理由も納得したし」
「友達になれない理由? なんだったの?」
「男女で友達にはなれないと思ってるんだって。だから、僕と友達には――」
そのとき、メイクをしていた二心の手がピタリと止まる。と同時に、今まで穏やかだった彼女が、一瞬で険しい表情に変わるのがわかった。
「ちょ、ちょっと待って……。今、聞き間違えたのかしら。もう一回言ってくれる?」
「はい? だから、男女で友達に――」
「だ、だ、男女?! その相手って女子?!」
「え……。母さんから、聞いてなかった? 僕を助けてくれたのは女子だよ」
「そ、それは聞いてなかったわ……。へ、へぇ……。女子が男子を殴って停学に? それで、その人と友達になりたいの? あははは……。サブってもしかしてドM野郎なの?」
「な、なに言ってんの! ドMじゃないから!」
そのとき――。
『お客様? どうかなさいましたかぁ?』
試着室の扉の向こうから店員の声が聞こえ、僕たちは慌てて口を閉じ『ごめんなさい、なんでもありません』と返答する。そして声を落として会話を続けるのだった――。
「僕が本当に二心だったらよかったのになぁ。それなら絶対友達になれたと思うんだ」
「私はサブになるのはごめんだけど」
「わかってるから。口に出さないでいいから」
「ちなみにだけど……。なんでサブはその人と友達になりたいの?」
「なんで? そうだなぁ。男子を殴ったのを見て格好いいなって思えたし、それに女子と話すのって緊張して無理なんだけど、なぜかその人とは普通に話せたんだ。だから友達になっていっぱい話したり遊べたりしたらなって」
「それって友達じゃなくて、彼氏になりたいんじゃ……」
「ち、違うよ! 僕みたいな、ぼっちな陰キャ野郎が一軍女子の彼氏なんかになれるわけないだろ!」
「知らんし!」
『あのぉ。お客様? なにかお困りですかぁ?』
再び店員の声がする。焦る僕たちは再び謝罪したあと、一旦その話をやめて試着を進めることにしたのだった――。
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