第4話
「斬新なデザインだけど……。ちょっと派手かしら。サブはどう思う?」
次の土曜日。僕は二心と一緒に、駅前の大型ショッピングモールへと足を運んでいた。
なぜか強引に、彼女の買い物に付き合わされていたのだ。それも、僕が絶対に一人で足を踏み入れることがない、お花畑のようなレディースのアパレルショップに。
二心と二人で買い物に来たのは、記憶にないくらい昔のことだった。もしかすると、小学生の頃に近所の駄菓子屋へ行ったのが最後かもしれない。ただそれは特別仲が悪かったからというわけでもなく、中学生くらいから思春期となり、自然と二人で遊ぶことはおろか会話すらしなくなっていたからだ。
しかし先日の女装の一件が雪解けのきっかけとなったのだろう。あれ以来、二心はやたらと僕に絡むようになってきていた。そして今朝突如、部屋に乱入してきた彼女に『服買いに行くわよ』と叩き起こされ、現在(いま)に至るのだった――。
「二心はこのお店、よく来るの? 高そうだけど……」
「そうねぇ。置いてある服が好みに合ってるし、アクセにウィッグに下着に……ここだけでいろいろ揃ってるから手早く一式合わせるのに便利なのよね。それに、お母様のブランドも置いてくれてて、店長も知り合いだから――」
二心が言った『お母様のブランド』とは、僕たちの母親が立ち上げた『SMALL SNOW』というレディースファッションブランドのことだ。『小雪』という自身の名前から付けたブランド名らしく白と青を基調とした可愛いデザインで、なかでもJKに絶大の人気を誇っているらしい。
ちなみにだが、デザイナーだった母は、若くしてこのブランドを立ち上げ大成功した人で、全国展開するアパレルメーカーの社長でもあった。そして今では二心が所属するモデル事務所の代表も兼務している。だから有難いことに僕たちは、幼少期より裕福な暮らしをさせてもらっていた。
そしてレディースファッションということもあり、おそらく母は二心に後を継がせたいと考えているのだろう。そのため僕には放任主義で、彼女にはお嬢様としての英才教育を受けさせてきた。そんな理由から、二心は母のことを『お母様』と呼んでいるのだ――。
「そんなことより、サブがこの服着るとしたらどう? アリ? ナシ?」
「僕的にはアリよりのナシかな……って、僕が着るわけないでしょ!」
「そうじゃなくて、この前みたいに私の姿になった自分を想像してみてよ。二心になった自分なら、この服着たいと思う? 似合うと思う?」
「二心が着るんだから、自分で試着して確認したらいいじゃんか」
「もちろん試着はするけど、その前にサブの意見を聞きたいと思ったのよ。でないと、あんたをつれてきた意味ないでしょ?」
「僕の意見? なんで? どういうこと?」
「毎日お仕事でいろんな服着てるとね、自分に似合うのがどういう服なのか、わからなくなるときがあるのよ。だから、リハビリ兼ねてサブの意見を参考にしたかったの。この前女装したとき、顔だけじゃなくセンスも似てるように思ったしね」
「そういうこと……。でも、僕も見ただけじゃ似合うかどうかなんてわかんないよ。実際に自分で試着してみないとさ。だから僕の意見は――」
「なるほど! その手があったわね。だったら、今から試着してもらうわ!」
「す、するわけないでしょ! 冗談はいいから……」
そう言って逃げようとする僕の肩を、ぐっとつかんで離そうとしない二心。
「どこ行くの……。冗談じゃないから。ちょっと待ってなさい。ちょうどこのショップには一式全部揃ってるしね。あ、逃げたらこの前の写真晒すから」
「ちょっ! ちょっと待って!」
その呼び止める声も聞かず、二心は颯爽と目の前からいなくなる。そしてテキパキと物色したいくつかの商品を両手に抱えて、あっという間に戻ってくるのだった。
「さあ。奥の試着室に行きましょう」
「いや、なんで?! 行かないよ! 勘弁してよ!」
「大きな声出さないで。みんなに注目されるしキモいから」
「でも、このショップで男の僕が試着室入るのはまずいでしょ?!」
「それは大丈夫。私はこのショップに顔が利くから、話は通しておいたし」
「な、なんて説明したのさ」
「弟は男の娘なんです、って」
「…………もう好きにしてください」
観念した僕は店員に案内され、奥にあるVIP用試着室につれていかれる。そこは一般の試着室とは別の場所にある個室なのだが、扉を開けると中には豪華なソファーやら鏡台やら化粧道具やらが置いてあり、二、三人がゆったりとくつろげるような広いスペースとなっていた。しかも、ファミリーレストランにあるようなコーヒーやジュースを入れる機械も置いてあり、フリードリンク制らしい。
店員が出て行ったあと、そんな豪華な試着室に圧倒される僕を横目に見ながら、二心は楽しそうに僕に着せる服を選び始めるのだった――。
「はぁ……。ほんとにやるんだね……」
「心配しなくても大丈夫よ。ここなら誰にも見られないでしょ?」
「まあ、そうだけど……。なんだか、いけないことしてる気分になるよ」
「終わったら元の姿に戻るんだから、なにも問題ないじゃない。それじゃ、はいこれ!」
そう言いながら、恥ずかしげもなくブラを渡してくる二心。それを見て、もう反論するのも面倒くさくなってきた僕は心を無にして服を脱ぎパン一となる。そして前回よりも慣れた手つきでブラをつけ、ウィッグを被り、二心が選んだ服を着てみせたのだった――。
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