第2話
「亜理紗(ありさ)ぁぁぁぁ! ちょっと、これ見てぇぇぇぇ!」
扉を『バンッ!』と開けながら、元気よく教室に入ってきた雨宮さんの第一声はそれだったのだ――。
今日は、彼女の停学期間が終了してから最初の登校日。
その日、先に登校していた僕は、ずっと緊張しながら彼女が来るのを待っていた。なぜなら、彼女が教室に来たらすぐにお礼と謝罪の気持ちを伝えよう決めていたからだ。
皆に注目されようが関係ない。僕をいじめていた男子たちも停学が終わり今日から登校しているが、彼らになんと思われようが構わない。そんなことは、彼女が僕のためにしてくれたことに比べたら些細なことだ。それに、彼女の停学は僕に責任があったにもかかわらず、なにも言わないことなどありえない。だから今日は勇気を出して僕から声をかけ、絶対に今の思いを伝えようと決めていたのだ。いろんなケースを想定しながら。
しかし現実は完全に想定外のものだった。彼女がまさかこんなハイテンションで、しかも停学などなかったかのように登場するとは。
そういうところが彼女の魅力の一つなのかもしれないが、面食らってしまった僕は、声をかけるタイミングを完全に見失ってしまった――。
「ちょっと、美月。あんた、停学明けだってわかってんの?」
呆れた様子でそう返答した女子――彼女の名は『西園寺(さいおんじ)亜理紗』。
雨宮さんと一番仲が良く、いつも一緒にいる友人だ。僕が二心として出会った雨宮さんが『プロのモデルをやってる友達がいる』と言っていたのは、おそらく彼女のことだろう。というのも、西園寺さんは雨宮さんと同じくらい学院内で目立っていたため、ファッションモデルであることも有名だったからだ。
彼女の身長は僕や二心よりも少し低いくらいなのだが、一七〇センチ近くはあるだろう。そのうえ美人なだけでなく抜群のスタイル。そして全体的に二心に似ている雰囲気もある彼女だったが、大きく違うのはその髪の色だった。二心が綺麗な黒髪なのに対し、彼女はほぼ金髪に近い茶髪のロングであり、彼女が目立つ一番の理由はそれだったのだ。
ちなみに、そのどう見ても生まれつきでない髪の色は完全に校則違反であるはずなのだが、仕事のためという理由で特別に許可されているらしい。
しかし……彼女は口が悪い。二心もそうだが、ファッションモデルはみんなそうなのかと疑ってしまうほどガラが悪かった――。
「美月はなんで、そんなに元気なんだよ。停学中は会うのも禁止だったし、みんな美月のこと心配してたんだからな。それにさ……。たまたま、あたしが休みのときにあんな問題起こしやがって。助けることもできねぇだろ……」
西園寺さんはそう言いながら、教室の廊下側最後尾にある一角を睨んだ。そこには雨宮さんが殴った男子も含め、僕をいじめていた集団がたむろしていたのだ。
すると明らかに威嚇しているその視線に気づいた彼らは、罰が悪そうに目を逸らした。
「だから亜理紗には電話で何度も謝ったでしょ? でも心配してくれてあんがとねぇぇ」
「ったく……。まあ、もういいけど! んで、なんの話だった?」
「あ、そうだぁ! ちょっと、亜理紗もこれ見て! この前の日曜、駅前行ってさぁ――」
「駅前って、停学中は外出禁止だろ?!」
「まあまあ、それは置いといて。んで、そのとき偶然出会った女の子がめっちゃ綺麗で可愛くてね。写真撮らせてもらったんだぁ!」
そう興奮しながら、スマホの画面を見せる雨宮さん。
今このタイミングで声をかけることを断念していた僕は、空気のように気配を消して、三列ほど前の席で交わされる二人の会話に聞き耳を立てていた。故に当然、雨宮さんが口にした『駅前で偶然出会った綺麗な子』という言葉も耳に入っている。
その結果、僕の足はガタガタと震え始めていた――。
(まさかあの写真を友達に見せるとは……! 確かにあのとき写真はどこにも出さないでとお願いしただけで、友達に見せないでとは言わなかったけど……。そこは察して欲しかった! これはまずいぞ……。もし僕だと気づかれたらどうしよう――)
そんな心配から、机に両肘をついて顔を隠すように目の前で両手を組んだ僕。そして隙間から恐る恐る二人の様子をうかがってみた。すると西園寺さんは明らかに不機嫌そうに見える。
「モデル頼んだってことかよ……。ふぅん……」
彼女は思っていることを隠すのが苦手なタイプなのだろう。その顔は明らかに『なんであたしに頼まないんだよ』と、嫉妬している表情だとわかった。
しかし彼女がスマホに映し出されている写真を見た瞬間、それが一変する。
「ちょっ! これって、二心じゃね?!」
さすがに同じ業界にいる西園寺さんは、二心のことを知っていたようだ。だがそれは二心の知名度を考えれば容易に想定できたこと。それよりも僕が心配していたのは、彼女が二心を知っているが故に、すぐに偽者だとばれないかということだった。
しかし結果は問題なしだったようで、僕の足の震えもピタリと止まる。
「あれ? 亜理紗の知り合いだったぁ? お友達?!」
「いや、ダチなわけねぇだろ! 二心知らねぇの?!」
「えぇ? もしかして、有名人?」
「有名もなにも、モデル業界でウチら世代のトップだよ! あたしと同じ事務所の先輩で、神だから! めちゃ憧れだし! っていうかその写真、あたしにも送ってくれよ! 普段着のコーデも神だな!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。今、送ったから」
「うん……。やっぱ、これ二心だよ。よくこんな写真撮らせてくれたな。美月も雑誌とかテレビで一回くらい見たことあんだろ?」
「いやぁ、私はあんまりそういうの見ないから知らなかったよ……。でもそっかぁ! 『写真をどこにも出さないで』ってお願いしてたのは、そういうことだったんだね。すごいモデルさんだったのかぁ、二心ちゃんは」
「に、に、二心ちゃん?! なんだよ、それ! もうそんな仲? 信じらんねぇ……」
「亜理紗は、知り合いじゃないの?」
「ない、ない! 雲の上! 宇宙だから! 現場では一回だけ一緒になったことあるけど、緊張して挨拶もできなかったよ」
「そうなの? なんで? 同じ歳なのに」
「なんていうのかなぁ。なんか目に見えないオーラがあるっていうかさ。うまく説明できないけど、トップ特有のすごさがあんだよ。まあ、あたしより背がデカいってのもあったし、めっちゃ怖いって噂もあったし」
「怖い? あははは。全然そんなことなかったよ。むしろ、亜理紗の方が鬼怖いし。でも、亜理紗がそんな感じになるなんて、驚いたなぁ」
「なんでだよ。憧れる人の一人や二人いるっての。でもさ……」
「ん? なに?」
「この写真……。なんだか、いつもの二心と違うな」
その言葉を耳にした瞬間。急激に鼓動が早くなる僕。
「違う? なにが?」
「これ、ほんとに二心か?」
「うん。間違いないよ。だってそう名乗ってたし」
「まあ……。どう見ても二心だよなぁ。でも、こんな優しい表情してる写真って見たことないよ。こんな顔もできるんだな。さすが二心だよ」
「いい表情でしょ。私の宝物になったよ。でも、もう会えないかな……」
「なんだよ。仲良くなったんじゃねぇの?」
「ううん。連絡先も交換できなかった。最後も逃げるように帰っちゃったし」
「逃げる? なんで?」
「わかんない」
「漏れそうだったんじゃんねぇの?」
「私もそう睨んでる――」
(んなわけないでしょ!)
と、僕は思わず突っ込みをいれた。もちろん心の中で、だ。
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