第2話 まるでフランクな皇女様
私の目の前には皇女様が我が物顔で座っている。我が家で。っても、私もまだこの家で数時間しか暮らしていない。故に我が家という感覚はあまりない。
あと、この世界のことはわからないので、生憎だがこれがどれだけ凄いことのなのかはイマイチわからない。いや、凄いことってのはわかるんだよ。それがどれだけーってのがわからないだけであって。
とりあえず外からの圧力が怖い。
この村の住人の視線、皇女様が連れてきた御一行の視線。特になんか凄い悔しそうな表情を浮かべてる女性が二人。殺気すら感じられるんだけど。怖い怖い怖いよ。ただのニートだよ。私。ほら、私のお母さん? も萎縮しちゃってるし。震えてる。泣きそう。
一方で皇女様は澄まし顔である。
なんでそんな飄々としていられるのか。こっちはこっちで謎だ。
「サラ……あんたがどうにかしなさいよ」
小声で面倒事を押し付けられた。
「どうにかって……どうすんの」
「どうにかはどうにかよ」
「んなこと言われたって……」
「あんたが持ってきた問題でしょ」
「私のせいかよぉ……」
「そうでしょ」
と言われたって困る。
大体どうして欲しいのか。
この世界のことほとんどわからないし、この家のことも知らない。そんな私に任せるって……。って、そっちも私の事情を知らないから仕方ない……のかな。多分。
「……妾の頬になにかついておるか? 米粒じゃろか。であれば馬車で食べたおにぎりが原因じゃのぉ。ということは、妾はずっと……恥ずかしい……」
皇女様は頬を触りながら、かーっと頬を紅潮させる。恥ずかしがる皇女様可愛いなぁじゃなくて。
「いや、そういうわけじゃ……なくてですね」
と、否定した。
「ふむ、じゃあどうしたのじゃ。二人揃ってそんな硬い顔をして」
そりゃするよ。
国のことはわからないけれど、皇女って言うくらいだし。国のお偉いさんだってのはわかる。
粗相でもしたら首切りもんだってこともわかる。いや、この世界がそういう世界観を持っているかはわからないけれど。まぁそういう可能性も捨てきれない。それは紛うことなき事実。
萎縮するなって方が難しい話だ。
お偉いさんって言われなきゃ、普通に接していたかもしれないが、お偉いさんだと言われれば緊張する。
ここはご丁寧に対応をして、お引き取り願おう。
「エルムス皇女様、あの、そのお言葉……ですが、エルムス皇女様が居るような場所ではないか、と。このようなオンボロ屋敷。エルムス皇女様には相応しくありません」
どういうところに普段住んでるかは知らないけど。どうせとんでもなくデカイお城とかに住んでるんでしょ。
あとお母さん。そんな睨まないで。事実を言ったまでだから。客観的に見てここはオンボロ屋敷だよ。日本だったら空き屋だって言われてもしょうがないくらいには。
「そなたは妾が家柄で判断するような心の狭い人間に見えるのか。心外じゃな」
むくーっと頬を膨らませる。腕を組む。
ご機嫌取りをしようとしたらなんだか怒らせてしまった。え、なんで? 今、結構皇女様のこと持ち上げたつもりだったんだけれど。しかもどこに地雷が埋まっているかわからないからかなり慎重に、余計なことは言わないよう最低限に留めたし。
わかんないよ。異世界わからん。
社蓄時代、自傷行為気味に寝る間も惜しんでアニメ見ていたってのに。異世界系のアニメも腐るほど見てたのに。なんの役にも立たないじゃん。
「見えないですよ。そんな風には見えないです」
「見えないんじゃったらさっきの発言はなんじゃ。妾をそこらの貴族と同じだと思っているということじゃろ」
うわー、めっちゃ怒ってるー。でも顔が整いすぎてて可愛いから全然怖くない。この後私どうなっちゃうんだろうっていう恐怖はあるけど。
「そ、そうですね……。いや、エルムス皇女様はとても……そりゃあもうとーっても可愛いお方で、エルムス皇女様はまさにそう光。天から舞い降りし姫という感じですが、相俟ってこの家は今にも崩壊しそうなオンボロ屋敷。光などどこにも感じない哀れな屋敷です。もはや闇の屋敷ですよ。ほら、ちょっと触っただけでこの扉ガタガタするじゃないですか。強い風が吹いたら私たちなんてきっと下敷きになります。えぇ、そうです。間違いありません。ぺっちゃんこのぺっしゃんこですよ。こんなところに本当に住んでも良いんですかっていう再確認です。エルムス皇女様であればもっと良いところに住まわれた方が良いかと」
言い訳のためにあれこれ喋る。口を動かしながら、自分自身がなにを言っているのか見失ってしまう。
もしも変なこと口走っていたらどうしよう。
余計なこと言ってないでくれ、数秒前の私。
「ふむ、良くわからないが……妾のためをもって、ということじゃな」
とりあえず乗り切ったようだ。
安堵して、頬が緩む。
「まずは感謝しよう。妾のことを考えてくれて。素直に嬉しいぞ」
「あ、まぁ……いえ。とんでもないです」
曖昧模糊な反応をしていると、母親は私の頭を無理矢理動かして頭を下げさせてきた。
「ありがたきお言葉を受け賜り光栄ですっ! でしょ。ほら」
「え、ありがたきお言葉を受け賜り光栄です……」
なんというか長ったらしい言葉で窮屈だった。そもぞ文法としておかしくないか? とかそういう話は一旦おいておく。
「顔を上げよ。それとそういうのは妾の前では不要じゃ。そなたはやがては妾の隣に並ぶ女なのじゃ。妾と話す時は堂々としておれ。それに母よ」
「ひぇっ、わ、私ですかぁ」
露骨に動揺した。
人が困っている姿を見るのはなんとなく楽しい。
「いずれは妾の母親となるのだ。そんな恐縮するでない。むしろ嫌な姑のようにあれこれ小言を言うくらいがちょうど良い」
無茶苦茶な要求をしているのは私にもわかる。
完全に反応に困ってるし。
苦笑いを浮かべるのが精一杯という感じだ。良かった。私じゃなくて。
「それに妾はこの家が良い」
話を戻してきた。
「この家が良い、ですか?」
「そうじゃ。この家はそなたが育ってきた家なのじゃろ」
「多分」
「なんで他人事なんじゃ」
ごもっともなツッコミである。
でも私の場合は他人事が正解だ。だって他人事なのだから。そういう反応にならざるを得ない。仕方がないのだ。残念だが。
「……まぁ良い。この家が妾は良い。そなたが育ってきたこの家。つまり様々な爪痕がここにはあるのじゃろう。どうやって生まれて、どういう人生を歩んできたのか。妾はそなたのことをなにも知らぬ。名前すら知らぬ。だからこそ、そなたが育ってきた家で、妾はそなたのことを知りたいのじゃ」
なんというか結構ロマンチストな皇女様ですね。
だからこそ、確固たる意思があるというのがわかる。私がなにを言おうとも、彼女の心は微動だにしない。
生半可な気持ちでここに住むと言っているわけでも、私を口説くとも言っているわけじゃない。
「わかりました。そういうことであれば住みましょう。一緒に」
「は?」
腑抜けた声を母親は出しているが、知ったことじゃない。
一任してきたのはそっちだ。
文句は言わせない。
それに私がどうやって説得しても彼女がここに住むという決定事項を捻じ曲げることはない。要するにこれ以上説得を試みようとも無駄というわけだ。
であれば、だ。
さっさと諦めて、覚悟を決めた方が良い。
私が上司からのパワハラの対処を諦めたのと同じ。腹を括ってしまえば良い。そうすれば大抵のことはどうにかなる。どうにかできる。
「それと自己紹介が遅れました。私、サラって言います。このちんけな村のちんけな家で自宅警備員……所謂ニートをしています。どうぞよろしくお願いします」
手を差し出す。
「サラ。ふむ、良い名前だ。気に入り過ぎて手に入れてやるという気持ちが昂るばかりだ。面白い。本当に面白いな」
楽しそうに私の手を握る。
「不要かもしれぬがこちらも自己紹介をしておこう。妾の名はエルムス・ミンティア。皆はエルムス皇女と呼ぶ。だが、サラにはエルムスと呼ぶことを許可しよう」
「許可?」
「そうじゃ。妾が気を許した特定の人間のみが許される呼び方じゃな」
「ほぅ……なるほど」
と、納得した雰囲気を出したが、イマイチわからん。
「妾の特別、じゃ」
ぱちっと可愛らしくウィンクを見せてきた。
凄いことなのか否かはこの際どうでも良いか。もうこの皇女様を居候させるって決めた時点で多分相当凄いことしてるんだろうし。
異世界でやることが自宅に皇女様を居候させる……かぁ。
まぁ可愛いし良いか。
次の更新予定
2024年10月25日 21:08
まるでゲームの最初の村のような村に住むニート(女)に転生した私はたまたま視察に来ていた皇女様に口説かれちゃった こーぼーさつき @SirokawaYasen
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