まるでゲームの最初の村のような村に住むニート(女)に転生した私はたまたま視察に来ていた皇女様に口説かれちゃった

こーぼーさつき

第1話 まるで夢のような幕開け

 「サラー。そろそろ起きなさい。今日は皇女様の視察があるのよ」


 私の耳に入ってくるのは見知らぬ声であった。

 それで重たかった瞼は開く。


 ……。


 目の前にあるのは見知らぬ天井。

 白? と呼ぶにはあまりにも黄ばんでいるし、なにもりもボロい。今私が某有名アクションゲームに登場する赤い帽子を被ったおじさんみたいに握りこぶしを作りながらジャンプをして殴ったらボロボロに崩れてきそうだった。


 少なくともこんな天井私は知らない。


 少し考え込む。


 一体私は今なにをしているのか。

 どうしてこんなことになっているのか。

 そもそもこれはどういう状況なのか等だ。


 一番に浮かんだのはなにかの拍子に倒れて病院に運ばれたという可能性だ。

 たしかに過労死レベルまで働いていたので、脳の血管がぶっつんと切れて、倒れる……って可能性はあった。実際に今日の朝はいつも以上に体がだるかったし。


 でも倒れた記憶も、倒れる前の記憶もない。

 私の脳内にある記憶は「パソコンに向かっている中、上司に理不尽な叱責」を受けているものであった。

 それ以降の記憶はない。


 「サラ! いつまで寝てるの。着替えて、顔洗って、準備しなさい。ただでさえ旅立たない穀潰しなんだから。誰がニートさせてあげてると思ってるの」


 どうやらサラっていう人物はニートらしい。

 ニートが病院ねぇ。生活習慣病でも患ったのかな。社畜とは縁遠い存在のようで案外背合わせの存在だったりする。社畜は精神ぶっ壊してニートになりがちだからね。私の同期も何人か現在進行形でニートしている人がいる。だからこの罵倒も他人事のように思えない。いつか私自身罵倒されるかもって考えてしまうから。


 「ほらっ!」


 毛布が剥がされた。

 誰だよ。人の毛布を剥がさないでよ。看護師さんでも許されない愚行だ。温厚な私でもさすがに怒るよ。


 「サラ。皇女様が来るって言ってるでしょ」


 さっきまで私にかけられていた毛布を持っているいかにもご立腹というような女性が一人。抱いていた怒りはすーっと消えていく。

 お姉さんというには老け込んでいるが、おばさんと呼ぶには美しさがある。

 一体何歳なのだろうか。


 「……サラ」


 というか私のことをサラって言った?

 おかしいおかしいおかしい。

 私サラって名前じゃないんだけど。

 誰かと勘違いしてませんかね。


 そう思いながら、周囲を見渡す。


 病室だと思っていたこの部屋は病室とは程遠いレイアウトであった。個室ではある、が。質素なレイアウトだった。必要最低限のものしか揃っていない。


 「ついに頭おかしくなっちゃったのかしら」


 はぁぁぁぁぁ、と深いため息を吐かれた。


 もしかして。

 ありえない可能性が脳内を過ぎった。

 いやいや、まさか。そんなのありえない。

 私は頬をペタペタ触る。


 うわっ、すっご。

 めっちゃスベスベしてる。


 それになんか顔小さい? 手のひらも小さいし。血色も良い? いや悪いのかな。とにかく肌白。触った感じノーメイクでこれはえぐい。


 「……」


 そっと立ち上がって、窓の前に立つ。

 窓の外に広がるのは小さな街並みと広大な森林。

 この土地も知らない。

 でもそれ以上に知らないものがある。


 窓に反射する私の顔だった。


 誰?

 いや、なんかすんごい美少女だけど、君誰ですか。可愛すぎて引く。まさに理想の女性って感じ。不健康そうなほどに痩せているのがまた良い。


 また顔を触ると窓にうつる彼女も顔を触る。


 脳内に過ぎってありえないと一蹴した一つの可能性。

 異世界転移? 転生? どっちかは知らないけど、そういうやつをしちゃったっていう可能性。それがどうやら現実だったらしい。


 つまり、このちんけなまるでゲームの最初の村みたいなところの住民の娘、サラに私は転生しちまったってわけだな。

 なるほど、なるほど……って納得できるか!



 納得するかしないかはおいておく。

 納得しなかったら現実世界に戻れるかと言わればそんなことはない。だいたい現実世界に戻ったとて社畜に戻るだけ。心身ともに疲弊させながら始発で会社に向かい、上司に理不尽に怒られ、そのせいで本来進めるべき業務を定時内に終わらせることができずに終電までサービス残業。この時間、お金出てたらどれだけお賃金改善されるんだろうと苦しみながら労働に勤しむ。

 あれ、現実世界に戻りたくないかも。


 まぁこっちの世界。というか、サラという人間も辛い。

 今までどういう生活を送っていたのか知らないが、周りの目がキツイ。さっきの女性の対応は生ぬるかったんだなって思う。

 言われた通り、身嗜みを整えてその皇女様? とやらを迎える準備をしていたのだが、この村の住人から白い目で見られた。

 「ニートよ」「村の食糧だけを奪うゴミ」「裸で十分」「視界に入るだけでニート私までになる」

 と、散々な言われよう。

 あの上司に比べればいくらでも耐えられるが、昼夜問わず白い目で見られ、聞こえる声で悪口を言われるというのは積み重なった時に精神がぶっ壊れてしまいそうな気がする。


 村はなんだかお祭りムードであった。

 こそこそ盗み聞きしていると、状況が理解できてくる。

 どうやらこの村にこの国の皇女様が視察にやってくるのだそう。日本の感覚でいうところの皇太子様の地方訪問に近いのかもしれない。

 だからこうやって華やかに歓迎をしようってことらしい。でもって、その空気の中でも私は邪魔者扱い。普段どんな扱い受けているのか。ちょっとだけ私に同情してしまう。


 「皇女様一行の到着だっ!」


 野太い声が響く。


 その声と同時に中央広場に向かって周囲の人は走る。


 どんっ、がたっと通りすがりに私の背中を叩いたり、蹴ったりされる。

 なんだよ、なんだよ、

 と言いつつも、心は日本人。

 皆やるから私もやる。

 背中も足も痛いけど走って向かう。


 中央広場では住人が膝まついていた。

 こういう感じねー、と思いながら私も膝まつく。


 馬車の音が聞こえる。

 ガタガタガタと。

 その音は止まる。


 扉の開く音、そして足音が聞こえる。


 顔を上げると地上へ降り立つプリンセスがいた。

 金色の長い髪の毛。艶やかで毎日何時間も手入れされているのだろう。白い肌に華奢な身体。それを包み込む派手で可愛らしいドレス。そしてなによりも顔立ちが絵に描いたように可愛かった。これが、異世界の、皇女様。お姫様。


 「サラっ。あんたバカか。顔上げるな」


 隣にいた朝のお姉さん? おばさんに上げていた顔をぐいっと下へ向けられる。


 そんなこと言われてないし、って不貞腐れる。


 「良い。気にするな。そこの娘。顔を上げよ」

 「ですが……」

 「妾が良いと言っておるのだ」


 そこまで言われちゃしかたない。

 隣のお姉さんは不服そうだが、私は顔を上げる。


 皇女様は私のことをじーっと見る。

 近くに来て、吟味するように。

 私が悪い人間だったら刺し殺すこともできる。それほどの近距離。


 「ふむ。ふむふむ」


 少し距離をとった皇女様はそんな声を漏らす。


 「私の娘が無礼を働いてしまい申し訳ありません。どうか命だけは……」


 お姉さんは謎に懇願し始める。というか、娘? 私のこと娘って言った?

 マジか、この人私のお母さんだったのか。

 ……待てよ? 命だけは? え、私殺されるの?

 は? 異世界転生して半日で死ぬの?


 「馬鹿言え。妾はそんな横暴な貴族じゃないわい」

 「……」

 「ただそうじゃな。妾はこの娘が気に入った。特に顔が。妾の好みじゃ」

 「は、はぁ……」

 「察しが悪いのう。妾の妃にならんかと言っておるのだ」

 「私が?」

 「そうじゃ」

 「えーっと…」


 唐突な展開に頭が追いつかない。

 でも無視するわけにもいかない。


 「私、女なので……そういうのは、ちょっと」

 「ふむ。そんなの些細なことじゃな。気に入ったものを手に入れたい衝動に比べれば本当に些細なものじゃ」

 「えっ、いや、でも、その、身分とかもあるんじゃないかなーと思いますし」

 「……? 妾と結婚してしまえば、身分など勝手に上がるものじゃぞ」

 「いや、でも」

 「……もしや妾と添い遂げるのが嫌か。そんなに拒絶されるとさすがの妾も傷つくぞ」

 「……」


 いやもなにも良くわかんないし。

 まだこの世界のことすら良くわかんないのに。いきなり皇女様から求婚されたら困惑するよ。

 とは言えず、無言になってしまう。


 「ふむ、そうか。ここで無言を貫くか。なおのこと気に入ったぞ」

 「へ?」

 「ヴィルヘルム」

 「はっ」


 彼女の後方に控えていた執事? いや女性だからメイドなのかな。が彼女の隣に並び、膝をつく。


 「お父様に伝言じゃ。『妾は運命の人と出会った。そちらには帰らぬ』と」

 「承知いたしました」

 「頼んだぞ」

 「必ずやお伝えします」


 おいおいおいおい。

 なんかすんごい方向に展開が走っている気がする。気のせいか、気のせいなのか?


 「そうじゃな。あの垂れ幕、少し間違っておるな」


 指差すのは『エルムス皇女様。楽しんでいってください!』という垂れ幕であった。

 浮かれすぎだろ、ここの住人。

 ニートひとり養うのすら食糧難で苦しそうなのに。そんなのに労力は割けるんだな。


 「間違っている、ですか」


 老人が口を開く。


 「そうじゃ。あれじゃあ妾は帰らなければならない。少なくとも妾はこの娘を口説き落とすまで帰るつもりはないのじゃからな」


 皇女様の言葉に沈黙が流れる。

 それから轟のような声が村を包み込む。


 「絶対に口説いてメロメロにするから覚悟しておれよ。そなた……妾の運命の人よ」


 皇女様は私の耳元に口を持ってきてそうやって囁いた。

 異世界……なんでもありだな。

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