1章5話 おっさん、ようやく街に着く
「うむ。やっぱりすごいな」
肩と腕の調整をして、「どうかな?」と聞いてみると、ステラは驚いたような目をして、肩をグルグル回している。
「傷はともかく、こういう痛みや疲労は結構長引くものなのだけど、ほんの軽く触っただけでこんなに動きやすくなるなんて」
そうステラは驚いているが、痛みがゼロになるようなそんな施術じゃないんだけどな、スキルになった事で効果に違いがでてきたりしてるのか?
スキルについては、また時間のあるときにでも検証が必要だな。しかしいまは、剣を抜いて素振りをはじめたステラに声をかけることにする。
「いきなり無茶な動きはやめておいた方がいい。本当は風呂にでも入るといいんだけどな」
「風呂?」
「あ、この辺ではそういう風習はないのか? 暖かいお湯に身体をひたすんだが」
「温泉療法か。北の方にはそういう治療法があるらしいな」
「温泉があるのか……」
もう少し生活が落ち着いたら、北の方に足を伸ばすのも面白そうだ。話をきけば、この辺りでは風呂の文化はなく、身を清めるといえば濡らした手ぬぐいで身体をふく程度だそうな。公衆浴場のようなものはあるにはあるが、それほど広くない部屋での蒸し風呂が主流でお湯に浸かったりはしないらしい。なぜなら水汲みがめちゃくちゃ大変だし、薪の確保も大変だから。
特にラーダンの市民区画には下水道はあれども上水道がなく、街のなかにある井戸で生活用水を賄っているらしい。その規模で水を使い放題にするわけにもいかず、一日に組み上げる量にも、慣習的な制限があるそうだ。
水汲みも湯沸かしもしなくてすむ魔道具なんて便利なものはなさそう。ちくしょう。
「ともかく、身体を暖める以上の運動はまだしない方がいい。動かさな過ぎて固まってしまうよりはいいけどね」
「そうか、わかった。ありがとうミーカール」
そういって微笑む。やっぱりこの子は性格がよい。
3日目の朝、野営を片づけ、2時間も歩くと大きな城壁が見えてきた。高さは6〜7メートル位だが、横には結構長い。王都というだけあって、かなりな広さがあるようだ。その頃には道も太く大きくなり、街道といってもいいものになっている。この道の先にあるのは、西門らしい。
遠くに門がみえるくらいの距離までくると、ステラは足をとめた。
「ミーカール。これを」
そういって袋を手渡してくる。中をみると結構な量の銀貨がはいっていた。銀貨とはいうもののコインではなく小さな粒で、1センチくらいの涙滴型。その小さい粒に簡素ながらもしっかりとした紋章のようなものが刻印してある。結構細かい仕事だ。
「これは。
こんなに、とは言ったものの、実は価値も相場もわかってないのだが、この性格のいい女騎士が小遣いみたいな額で済ますわけがないという確信めいたものがある。
「いいから受取ってくれ。これから暫くは宿暮らしになるのだろうし、そもそも入市税ももっていないだろう?」
「う、それはまあ」
「冒険者になるにしても登録料はいると聞くし、装備だってしつらえなきゃいかんだろう。ダンジョンにはいるのに武器なしという訳にもいかないだろうし……。それに、いまの君は靴もはいてないし……」
おお、そういえば、この服だって、適当に追い剥ぎしたやつだったな。俺の体格は結構大柄なので、全然サイズもあってない。服はなんとか無理やり着たが、靴は無理だった。履く気にもならなかったし。
「助けてくれた礼と……、治療の代金だとでも思ってくれ。お金でしか礼ができない失礼を許してほしい」
「いや、多すぎだ。だけど正直助かる。貰い過ぎた分はいずれなにかの形で返すよ。これで最後ってわけじゃないんだろ? もし都合がよかったらでいいんだが、また色々と教えてもらえると助かる」
「もちろんだ。後で連絡先を教えるよ」
そういって爽やかに笑う。
「入市にあたっては、私が身元を引き受けてもいい。とりあえず服をしつらえて、宿が決まるまではつきあうよ」
「すまない」
本当になんて良いヤツなんだこいつは。こんなヤツと最初に出会えてラッキーだったな。
ステラが口添えしてくれたおかげで、入市の検問は驚くほどスムーズにいった。
他国の騎士だからとか、女性だとかで、揉めたり侮られたりすることも無く普通に敬意のある対応だったし、こんなやべー格好してる俺に対しても尊大になったりすることなく、極めて普通の対応だった。
たまにチップと称して銀貨を数個渡すと待遇がよくなると事前に聞いていたので、折を見て、卑屈にならないように、極めて普通という態度で銀貨を渡す。
門番をしている衛兵は、後ろめたい感じを少しも出さずに、これまた極めて普通という感じで受け取り懐にいれた後、いい笑顔まで見せてくれた。
壁の内側に入った後その足で、服と靴、その他の細かな日用品と小さなナイフを購入し、宿をとった。全部ステラの紹介だ。合同訓練でこちらに来たなんていっていたから、精々数週間の事かと思っていたら、1年を超す駐在だったようだ。かなり街に詳しかった。それが今回の騒動でさらに伸びそうとのこと。少し可哀想。
産業革命などまだまだで、大量生産などできないはずだが、それでも流石に王都で、古着が流通していたのは現代人としては助かった。もちろん仕立て屋もいるので、肌着やなんかはそちらで買い、古着を持ち込んで仕立て直してもらうのが一般的らしい。俺もそうした。靴はやっぱり高級品でどうしてもオーダーメイドになるとのこと。
街の人たちを見るとほとんどがサンダルだ。
俺もそれでいいやと思ったのだが、冒険者をやるなら絶対にブーツを買えとステラさんに強く勧められてしまった。
購入はしたが製作には時間がかかるので、しばらくは裸足だ。
前いた世界だと、酒場がついでに宿屋もやってるみたいなところが多かったんだが、こちらの世界ではきっちり宿屋があるらしい。一泊二食と清拭用のタライ一杯の水がついて、銀貨10粒、こちらの単位で10ガルド。この水をお湯に変えると12ガルドになる。いまいち高いのか安いのかわからんが、宿としては普通。サービスを考えると少し安め。というくらいの価格らしい。
もっと安いところも普通にあるが、治安が悪かったり、女を押し売りしてきたり、シーツもろくに洗濯してなかったりであまりオススメできないそうだ。
しばらく逗留するといって、とりあえず10日分100ガルドを渡すと、宿の女将はニコニコしていた。
ステラと別れ、宿の部屋で寝ころぶ。なんだかんだで夕方前くらいの時間になっていた。銀貨を小さなテーブルに出して数えてみると、残りは361粒。宿屋に泊まりつづけても一ヶ月ちょっとは生きていけるな。武器とかを買えばあっと言う間だが。
食事は基本的に部屋にもってきてくれるらしい。一階に暖炉と小さなラウンジみたいなところがあるので、希望すれば、若しくは食事の時間に間に合わなければ、その日の内ならそこで食べることもできる。
情報収集も兼ねてラウンジで食事をとることにした。おのぼりさんのふりをして、女将さんに話し掛けてると、ヒマになったタイミングでこちらにジョッキを二つ持ってやってきた。
「初めてのお客さんへサービスだよ」
といってエールを一杯差し出してくる。酒はあまり飲まないようにしているがエール一杯くらいどうという事はない。おれは笑って礼をいうとジョッキをあげて乾杯した。おれは人当たりはいいのだ。
女将とはいっても30代くらいのむっちりとした男好きのする女性だ。痩せてもいないが太ってもいず、めちゃくちゃ美人ではないが充分に魅力的。おれは一杯をちびちびと飲んでいたが女将は2杯3杯とお替わりしている、お酒すきなの?
女将は機嫌よく俺の質問に答えてくれていたが、3杯目を飲み干したとき、机に手をつくフリをして手を重ねてきた。なんでもないような顔をして話を続けながら小指で俺の掌を引っ掻いている。なにこれ? 厨房の奥でちらちらこっちみてるおじさん、旦那さんじゃないのかな。
ちょっともったいないんだけど、初日のトラブルは流石に困るな。こういうときに気にせずにガンガンいくタイプが女に困らないタイプなんだろうけど。
ちなみに俺は現代ではアラフィフのサンオツであまり女性とは縁がなかったタイプだ。今の外見はどうみても20代の後半くらいだが。
かといってガン無視も、この後面倒になりそうなので、そっと女将の掌を掻きかえす。
「ん……」
と小さく色っぽい声をあげるとこちらを見る目がいっそうトロンとしていた。エッロ。
「今日は疲れたのでもう休みます。明日からもよろしくお願いしますね。お酒ごちそうさま」
そういって立ち上げる時に挨拶で肩に触れ、それを降ろす体で二の腕をそっと撫でる。
うっとりとした顔で少し身震いする女将。
「おやすみなさい」
と言いながら、すリ抜けようとした時、女将がバランスを崩してこちらを向いた。俺の腕をなにか柔らかいものが擦る。
「あん」
と、女将は色っぽい声をあげる、あれ? いまのもしかして胸? 事故のふりしてあててきたの?
面倒なことにならなきゃいいけどなあ!
などといいつつ、頭の片隅では、夜中に女将が忍び込んできて、アダルトな展開になるのかもと少し期待もしていたが、先に言っておくとそんなことは全然なかった。残念。
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