1章4話 野外で美人にマッサージ
「だがミーカール、これからどうする?」
2日目の野営、王都までは後半日といったところらしい。流石にこれだけ一緒にいると、ステラさんとの距離もだいぶ近くなって来ている。俺のことを彼女は名前で呼ぶし、俺も彼女のことは名前呼びでいいと言ってくれた。いくら命の恩人とはいえ、騎士が身元不明の男にするには破格の対応だと思う。
「どうしよう?」
俺は照れたように笑う。なにせなんのアイデアもない。
使命もなければ、生活の基盤もない。
けどあまり不安を感じてはいなかった。
人生は結局どうにかはなるのだから、その時々にやりたいことを思い切りやればいいし、同時に結局完全に思う通りになんか絶対にならないのだから、許容できる範囲で流されればいい、という基本姿勢が二度の異世界転生を経て醸成されている。
真面目な彼女はあきれたようで、一瞬、変な顔をして止まった後、堪え切れないように笑った。
「自分のことなのに、なんの心配もしてないんだな。わたしの方が心配しているみたいでバカみたいだ」
「心配してくれてたんだ。ありがとう」
「いやっ……なっ!………あたりまえだろう」
なんか知らんが急に慌て出し、最後は消え入りそうな声、顔は少し朱がさしている。綺麗なのに可愛いってずるくないか?
「そうはいってもな、実際問題、なんの身分もないからな。一銭ももってないし、記憶さえない。でもなんとか暮していく方法はみつけなきゃいかんだろな」
「当面の金銭なら私が与えてもいい」
「いや、そこまでは」
「助けてもらって、ではさようなら。というわけにもいかんよ。私自身は一代かぎりの騎士位であるが、ヘンリエッタ家自体は子爵位をもっているわけだし」
普通に爵位貴族だったらしい。
「君は理知的だし、充分に信頼もおけそうだ。本国に帰れば、なんらかの形で屋敷に取り入れる事はできるとおもう。ただ、いまはこんな事になってしまったし、当分帰国できそうにない。そしてこの国では私も客分にすぎないから、住居その他の世話をすることができないかもしれない…… かけあってはみるが……」
「ありがとう。でもそこまでステラが背負い込むことはないよ。……そうだ、冒険者ってのはどうかな。誰でもなれるもんなの?」
そうだ。などと、さも今気がついたフリをしてみたが、ご都合ファンタジーで冒険者といったら、その流れしかないだろうって位定番だ。ダンジョン探索は冒険者がするって言ってたし。
だがステラさんは難しい顔。
「確かに冒険者なら、身分などなくても登録はできる。魔物と戦う事が多くなるからある程度戦闘に慣れていた方がいいが、君の胆力なら無理さえしなければ大丈夫だろう。だが……」
「オススメできない…… って感じ?」
「う…… む。実際の活動がどのようなものなのかは、私にはわからないんだ。冒険者はだいたいパーティを組むし、そのパーティのやり方にもよるだろう。わたしは、私たちが雇った人達しか知らないからね。でも……」
どうも、ステラの雇った冒険者たちってのは、人間的にあまり高潔ではなかったらしく、自分たちがいなければダンジョンにも潜れねえなどと騎士たちを散々バカにしたあげく、女性騎士に下品な冗談をとばし、時間にも金銭にもルーズで、挙句に迷宮内にて罠の解除に失敗し騎士団を巻き添えにした上、最終的にモンスターハウスにはいりこんだ。
そればかりか騎士団より先に逃げ出した上、退却中にあっけなくやられ、おかげで騎士団たちは進むもならず、退却もままならずと、エライめにあったらしい。
「そうか、まあでも俺はそんな風にはならないよ。冒険者になるかはおいといても、たくさん人があつまるところなら仕事もたくさんありそうだしな。まあなんとかなるだろう。それより……」
ステラは俺の思わせぶりな言い方に一瞬訝しげな顔をする。
「足、大丈夫か?」
「ん? ああ大丈夫だ。傷も塞がっている。見ていたろ?」
この世界には回復魔法があって、ステラはそれを使える。
本当は神聖魔法というらしいが。
キラキラとした光の粒子みたいなものが傷を被うと、開いた傷口がみるみる塞がっていくのを確かにみた。
「いや、その割りには、歩く時に重心が偏っているのが気になってね。引きずるってほどではないが、かばっているように見えたんで痛むのかなって思ったんだ」
「すごい観察力だな。たしかに少し痛む。治傷の魔法は傷を塞ぐが怪我自体をなかったことにはできないからな」
「少し見せてくれないか?」
「ん? 足をか? ミーカールも神聖魔法を使えるのか?」
「いや、使えないが……、なんかこういう事をしていたような気がするんだ」
まあ嘘だ。俺は現代にいた頃、整体のまね事みたいな事もしていた事がある。国家資格は持っていないが、民間では結構有名な人に習った事があるのだ。自分でお店を開いたりはしなかったが。
ステラはしばらく無言で考えていたが、やがて俺を信頼することに決めたようだ。軍務について男性と行動する機会も多いとはいえ、おそらく未婚の貴族の女性が見も知らない素性の怪しい男に身体を触れさせるなんてと、自分から言い出しといてなんだが、少し心配になる。いや信頼してくれたことを喜ぶとしよう。
「靴だけ脱がせるぞ」
一日中履いていたブーツだから当然ステラは嫌がったが、「これが普通ですよ」みたいな顔して勝手に脱がす。こういう時は相手の羞恥心に同情しすぎないのがコツだ。
「んっ……」
足に触れると、なんだか艶っぽい声を噛み殺した。おい止めろよ。そういうの我慢してる仕草の方が色っぽいんだぞ。
案の定、傷は塞がっていても、怪我したときの衝撃やら緊張やらで筋肉自体がダメージを受けている。軽い捻挫と筋違いみたいなもの。筋肉束の起始を抑えて軽く引っ張ったりゆすったりする。見た目には少し強めに撫でているようにしか見えないだろう。足首、ふくら脛、膝、と調整して、太ももに手をやったときには少しこちらを睨むような顔をしたが、俺の手にも顔にも伺える下心など皆無なので、仕方なしに受け入れることにしたようだ。
当たり前だ。どんな小さな下心も絶対に察知されるから、女性を触る時は完璧に下心を消せと教えられてきたのだ。場所によってはかなり際どいところを触らなきゃいけなかったりするしな。信頼感がなくなれば治るものも治らないのだ。
足が痛いと言っているのに腰や肩を触るから、ちょっと訝しげな顔をしている。
少し説明はしたのだが、解剖学的な知識まではないようだから、痛みの原因は、痛む箇所にはないということをうまく理解することができないようだ。
だが、最終的には信頼することにしたようで、体勢を変えて欲しいなどの指示にも素直に従っている。
一通り終わったので、「どう?」と、そう言って、具合を確かめるように促すと、歩いたり屈伸したりして、様子をみていたが、やがて弾けるような笑顔で
「凄いな!」
といった。
可愛い。
「動かしにくい感じがなくなった。足をついた時の痛みもないし、踏ん張れる。とても滑らかだ」
「そうかよかった。不信だったろうが信頼してくれてありがとう」
「いや、……あ、すまない。そんなつもりはなかったが、もしかして私はそんな態度だったろうか?」
「いや、そんな態度だったってわけじゃないよ。ただ、こんな素性のわからない男を信頼してくれてありがとうと思っただけだ」
「そんな。ミーカールが信頼できる人間だというのは、この2日、ともに行動してわかっているつもりだ。しかしこれは不思議だな。魔法か?」
「魔法ではない、単純に技術だと思う」
「スキルか」
スキルという概念はあるのか。
「そのスキルっていうのは、習い覚える技術とは違うものか?」
おれは不思議に思った事を聞いてみた。おれのスキルはピロンピロンと喧しくどんどん増えていくが、とくにできない事ができるようになったりはしない。できる事に名前がついていくだけだ。現にさっきの治療で、【コンディショニング】を発現している。……整体、とかじゃなくてコンディショニングってことになにか意味はあるんだろうか?
「ん? いや。私が言うのは、習い覚え、また長い修練のすえに身に付くものだ。わたしも簡単な料理くらいはできるが、同じものを作っても長い研鑽を積んだ料理人とは比べ物にならないだろう。その技術に長く親しみ、ただ『できる』ということを超えた時にスキルと呼ばれる」
「なるほど。じゃあ自分がもっているスキルを見れたりもするのか? ステータスウインドウとかで」
「?。そのステータスウインドウというのがなんなのかはわからないが、自分のできる事くらいは自分で把握しているものではないか?」
思ったよりもゲーム的な世界ではないらしい。
どうもスキルについても現実的な意味でのスキルという意味でしかないようだ。
要は自覚的になるくらい、あるいは他人から見て『普通ではない』と思えるくらいの技量を備えたときに、その技量そのものに名前がつくということなのかもしれない。そしてこのステータスウインドウが誰でも開けるものではないこともわかった。
「どうした?」
考えこんでしまった俺にステラがそう声をかける。
「ああ、いやなんでもない」
「しかし、これはすごいな。神聖魔法とも薬師とも医師の業とも違う。こんなスキルがあれば怪我の絶えない、騎士団や戦士団、冒険者たちや、身体を使う職人たちにも引く手数多だろう。これで生計は立てていけるのではないか?」
ふむ、余技ではあるからあまり興味はなかったのだが、それほど需要があるなら、いざというときの保険にくらいはなりそうだ。法律的に営業できるのかと聞いてみたら不思議そうな顔をされた。ファンタジーでは当たり前といえば当たり前なのかも知れないが、医師も薬師も無免許だそうだ。医師は一応、大学みたいなところがあり、そこで学ばないとなれないので、実質免許制みたいなものだが、それほど医療技術は発達してないようで、基本的には悪い所を切ったり焼いたりする程度らしい。見様見まねで医師のふりをするやつも多いんだとか。
「そうだな。それも視野にいれてもいいかもしれない。じゃ、手も出して、腕の方も万全じゃないだろ?」
「……ああ、すまない。じゃあ頼む」
そういって今度は素直に手を出すステラ。
「……んあっ」
おい、腕しか触ってないぞ、艶めかしい声をだすな、
「……ん…」
袖をそっと握ってくるんじゃない。好きになっちゃうだろうが。
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