1章2話 全裸で森にいる時に絶対出会いたくない女性のタイプ
賊から助けてにこやかに手を差し出したのに、後ずさりしながら剣を向けられて気がついたよ。俺、全裸だったわ。
「いやあの、違くて、その、俺も気づいたら身ぐるみ剥がされてて……」
完全に嘘だが、かといって証明のしようもないので折角の状況を利用しようと必死に股間を隠しながらそういったら、少し落ち着いたようで、騎士は立ち上がると兜を脱いで。
「いや、あの……、すまない」と謝った。視線を外しながら。
なんと騎士様は、その兜を脱いでみれば実に見目麗しい妙齢の女性だった。ひっつめにした髪形からほつれた長い金髪も美しい。
化粧っ気こそないが、それでも十分に整っていると言える美しさと、その美しさに少しも似つかわしくない人柄の素朴さが同居している。
野外で全裸の時に絶対出会いたくない女性のタイプコンテストがあったらぶっちぎりで優勝しそうな逸材だ。
俺は倒れている盗賊たちの中から、比較的綺麗でサイズの合いそうなのを選んで剥ぎ取ると、とりあえず服を着る。ちょっと臭うが仕方ない。
股間が隠れると、少し落ち着きを取り戻したようで、
「先ほどは失礼した。ステラ・ヘンリエッタという。ファーライト神聖王国から来ている。助けてくれてありがとう」
そういって握手を求めてきた。
きっちり言葉が通じていることに安堵して、とりあえず状況をつかもうと色々と聞き出した。不審に思われないように、盗賊に襲われて暫く意識を失っていて、そのせいか記憶が曖昧だということにしておいた。
「ヘンリエッタさんは、ファーライト神聖王国から来ている。とおっしゃってましたけど、『来ている』って事はこの辺りはファーライト神聖王国ではないんですか?
彼女の傷の手当てをして、お互いに自己紹介を終え、ひとまず近くの都市に帰るということで同行を願い出たら快く承諾してくれた。今は休憩中である。
「ああ、ここはラーダンといってファーライトの隣にある国だな。まあ隣といってもファーライトは領域国家で結構大きいから、首都は遠いのだけど。ミーカール君は自分がどこからきたのかも覚えていないのか?」
名前は前の世界でついたあだ名を名乗っていた。前にいた世界の言葉で『赤い人』って意味だ。どうしてそんなあだ名がついたかは割とひどい経緯なんだが、俺の本名が赤井仁志なのでなんとなく気に入っているのだ。小学校の頃赤いシャツなど着ていこうものなら「あかいひと〜」っていじめられたのが懐かしいぜ。
「どうぞ、ミーカールと呼び捨ててください。そうですね。なんでこんなところにいるのかもさっぱりです。気がついたら裸で倒れていて」
「そうか。ん? だが君はさっき、あいつらに身ぐるみ剥がされてといっていなかったか?」
やばい
「いや、正確には襲われた記憶があるわけじゃないんです。でも意識を失う前に強い衝撃があった気がするので……」
そういって頭に手をやる。
まあ、転んだのでね。衝撃があったのは嘘ではないが、頭に手をやったのと衝撃とは無関係だ。だがステラさんは、頭を殴られて意識を失ったと解釈してくれたようだ。
嘘をつく時のコツはできるだけ嘘を言わない事だ。作り込んだ嘘は必ず破綻する。
一つ嘘をつくと、それを隠すために辻褄あわせの嘘が必要になったりするし、それが重なればいずれ矛盾を生じる。そして、「あいつは嘘をつくやつだ」と認識されるのは今後の関係性においてマイナスになる事はあれ、プラスになることは決してない。
それにおれはついた嘘をいつまでも覚えていられるような人間ではない。そんな面倒な生き方はしたくないのだ。
とはいっても「はい! 異世界からやってきました!」もどうかと思うしな。数多ある異世界ものの小説なんかだと転生勇者が珍しくない世界もあるようだが。
方便ってやつだよ。と自分を納得させていたらピロンと音が鳴ってスキル【方便】が生えた。うるさいっての。
そうして色々と聞いていくと、さっきステラさんが、ファーライト神聖王国の事を、領域国家と断っていた理由がわかった。
この世界、王国とはいいつつも、いわゆる都市国家というやつで、ほとんどの国が、一つの都市が一つの国として機能しているぐらいの規模らしい。とはいえ、もちろんひとつの都市には周辺の農地や牧地を含め、いくつかの村が付随するのが一般的で国土全体としては結構広くなるようだが、大きな地方都市をいくつももつ大国というのはそれほど多くない様子。
ステラさんの出生国であるファーライト神聖王国というのはその数少ない領域国家の一つらしい。
国境線はわりと厳密に規定されているが、多くは、川とか、でっかい木とか、山脈とかで分けられているので、どちらの国でもないみたいな土地は結構あって、未開拓の森やら山なんかも結構あるので、そもそも人類の版図として組み入れられていない領域というのも、まだそこそこある様子。
境界付近で利権に絡む出来事があるときには揉めたりすることもあるようだが、それでも最初に話し合いがもたれるようだし、いきなり武装勢力を駐屯させて領有権を主張する。なんて真似はあまりしないらしい。
なんか現代の地球より理性的なんだが……。
お互いの都市は緩く交易をしており、極端な戦争状態というのは基本的にあまりないらしい。というのも普通にモンスターなどがいるっぽいので、そういったものの駆除に戦力を割り振らざるをえず、領土拡大のために人間と戦争する余裕があまりないかららしい。
農業が割りと順調で、飢饉があまりないこと、モンスターは、駆除対象であると同時に、それが素材として工業を支えている面があり、資源を求めた戦争などが起こりにくいので、貧富の差は当然あれども国家間の争いというのは余りない世界なんだそうだ。
例外的にいくつかの都市国家を併呑し、勢力を拡大しようとする帝国もあるようだが。こういうのは立地に恵まれず帝国化しないとやっていけなかったんだろうな。
そういう国でも、ある程度の領土を獲得した現在では、立地の悪さで国内整備に力を割り振らざるを得ず、今はそこらじゅうに戦争ふっかけるみたいな事はしていないらしい。
測量技術や法整備もわりと整っていそう。話を聞いた限りでは、専制君主制でありつつ割と庶民には平等で、中世というより、古代と近代のごった煮みたいな、いわゆるご都合ファンタジー世界観。生きるのに苦労しないって素晴らしい。
そしてこの世界には、いわゆるダンジョンがある。前いた世界にもあったが、むこうのダンジョンはいわゆる遺跡や洞窟、古代の地下墓所だったりで不思議な要素はあまりなかった、まあひどい目には遭ったが。
こちらの世界のダンジョンはダンジョンコアと呼ばれるものが存在し、それを破壊しない限り、モンスターがポップし、冒険者と呼ばれるものがそれを狩り素材として流通させる事で、それが産業として成立している。そもそも都市という物がダンジョンのそばに作られる傾向にあるようだ。
そんなことを根掘り葉掘り聞き出していたら、ちょっと驚いたような顔をしたステラさんにこんな事を言われてしまった。
「もしかして君は、かなり身分の高い人だったりしないかな?」
「なぜです?」
「興味をもつことが高度だからさ。普通の…… というと少し語弊があるが、農夫や牧夫は国の成り立ちや構造にはあまり興味を持たないように思う」
「どうでしょう。ミーカールと呼ばれていたことは覚えていますけど、姓は思い出せません。それほど確かな出自ではないのではないでしょうか」
事実、現代日本時代は、零細自営業のくたびれたおっさんだ。まあ趣味人ではあったので一般的かと言われると首を傾げる部分もあるが、普通の範囲には収まるだろう。
「そうかな。でも帰ったら、親しいものたちに、周りで行方不明になっている者はいないか聞いてみよう。もしかしたらなにか手がかりなりと見つかるかもしれない」
「重ね重ねありがとうございます」
「気にしないでくれ、そもそも命を救われたのは私だ。あの時君が、ミーカールが現れなければ今ごろどうなっていたかわからない」
ほんとうに真っすぐでいい人だな。
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