おっさんが異世界転生したけど2回目だったので、覚悟を決めてのんびり異世界を楽しむ話

タビサキリョジン 

1章1話 異世界転移? また?

気がつけばまた森の中だ。

これはあれだな、また例のヤツだ。そう異世界転移である。

おれは詳しいんだ。


狩りを終え、二匹のウサギをぶら下げながら、いつもの小川をちょいと跨いだ時だった。

慣れた場所だし、足元が悪かったなんてこともない。なんで転んだのかわからないが、とにかく俺は転んだんだ。


ほんの束の間意識を失っていたかもしれない。ふと気づくと見知らぬ森の中だ。手に持っていたウサギもいない。全裸だしな。またかよ。


またかよ。そう、俺の異世界転移は二回目なのである。


もともとは現代日本のさえないおっさんだったが、1回目は今回よりもさらに酷かった。家への帰り道、角を曲がったら突然異世界だったのだ。


秘宝みたいなアイテムも、光るみたいなエフェクトも、トラックに轢かれるみたいなわかりやすいきっかけも、謎の白い空間も、神の説明もなく、町の角曲がったら突然全裸で森の中だったからな。


なにからなにまで1回目の時と比べると、2回目というだけでずいぶん違うものだ。世界観もなにもわからないが、まあなんとかなるだろうという気がすごくする。


多分というか、同じ世界の別の場所。というわけではないような気がすごくするんだよな。

空間的な羅針盤のような感覚が、指す方向を見失ってフラフラ動いてるみたいな。

何を言ってるかわからないとは思うが。


なんというか、周りを見渡しても、なんとなく景色が明るくて陰鬱な雰囲気があまりない。森の中とは言うものの、植生がシンプルで鬱蒼としている感じが無いんだ。


もっと言えば、世界が発する“感じ”が違う。


現実の森というのはイメージの森とちがい、木やら岩やら傾斜やらで、水が溜まったり、それが流れて地形を削ったりするので決して人に優しくない。むしろ自然の中に、かろうじて人間が通りやすい場所を見つけて歩く。みたいな感じだが、この森にはそこまでの厳しさがない。もしかしたら管理されてるだけかもしれないが。


まだ油断は全然できないが、これはアレかな、もしかして割りとイージーなパターンの異世界転生かな。


そう思うと、ひとつ思いついた事を試してみたくなった。いや、前の世界ではなかったからさ。

俺はキョロキョロと辺りを見渡して、誰もいないことを確認すると『ステータスオープン』と念じた。


「おお!」

目の前に薄いグリーンのウインドウが開き、なんだか細々とした項目や数値がならんでいる……ように見える。


「おお……?」

しかしなんだかどれもこれもぼやけていてよく見えない。


しかしそれでも、これはいわゆるステータスウインドウというやつだ。折角異世界転移したならやってみたいと思っていたんだよ。


1回目の時、ステータス!と唱えても何も表れず、ファイア!と叫んでも虚空に静寂がかえるだけだった時の虚しさと恥ずかしさよ。


ためしに指でタップしてみたらスクロールできるようだったので、下までページを送ってみる。だが読めそうなものが一つもない。


むう。


まあいいか。できないことに拘っていてもしかたがない。

1回目の転移の後も、戻ろうと一応はしてみたんだけど、現代の世界には大して思い入れもなかったし、あっさり諦めた。

元々、俺は諦めが早いのだ。

ステータス画面が見れない位は無視するのにそんなに苦労はない。


しかし、見知らぬ世界の森の中で全裸な事には変わりない。とりあえず安全を確保しつつ、色々試しながらこの世界のことを知っていこう。


とりあえず1回目の時とは違う事があるので、何がどれくらい違うのか、致命的な部分は早めに把握しておかないといけないだろう。


自分の体をチェックしてみるが、幸い、腹もでていないし、髪もある、見た目年齢がいくつくらいかはわからないが、身体のキレは衰えていないようだし、身体は異世界設定のままっぽい。


1回目の転生の時も、現代のおっさんの体型と体力だったら開始半日で死んでいたと思う。

前回は20代半ばくらいに若返っていたのだが、今回もそれくらいだといいな。


文化にもよるけど、体力と社会的地位のバランスの取れたいい年代だからね。

反面、『何にもわからないんですぅ』が通じないから怖くもあるけど。

優しい世界だといいなぁ。




とりあえず、周辺警戒とできることのチェックだ。


1回目の世界が油断してるとすぐ死ぬハードモードだったから、気配や異変の察知は死ぬほどやった。

そうしたらやっぱそれなりに感覚はできてくるもので、なんとなくわかるようになってきた。


見るだけ、聞くだけではなく、見えたもの聞こえた音に違和感を感じるかどうか。

これは非常に大事な感覚で、文明に守られた現代人でもこの感覚というのは、実は意外と持っているのだ。


ただ現代人は折角抱いた違和感を無視する事が凄く多いんだけど。


違和感を違和感としてきちんと受取るというのは生き残る上で必須と言っていい。


適当なところに立ち、目を瞑り意識を体内に降ろしていく、同時に感覚を身体の外に広げ世界に溶かした。


……よし、できる。周辺に警戒するような危険はない。と、感覚的に確信する。


まあ、こういう感覚って頼り過ぎても危なかったりするんだけど、そう思った時、どこかでピロンと音が鳴ったような気がした。


ん? 俺は予感にしたがって、ステータスを開く。ガウスでぼかしたみたいな文字列の中にそこだけクリアになった【気配感知】の文字がある。おお、これがスキルってやつか!?


だがこれは…… もしかして。


一つの可能性に気づき、試しに俺は空を見上げて雲の流れをみた。風上を見て流れてくる雲の厚さ、身体に感じる湿度、小さな羽虫の飛んでいる高さ、などを感じる。ピロン。


ステータスを開くと【天候予測】の文字。ここで少し嫌な予感がした。

もしかしたら、これあれだな。スキルとったら、今までできなかった事が、できるようになるやつじゃなくて、今できることが確認できるようになるだけなんじゃないか?


そんな場合ではないが、思わずステータスウィンドウを見ながら考え込んでしまった。

前回はこんな便利機能はなかったが、本当に便利かは悩ましい。

だって、もしそうだとしたら、自分のできることを文字で確認したいことってある?


ふと思いつき、試しに指で送らずに、頭の中でページを送ったら考えるだけでできた。


検証はしなきゃいけないだろうが、このステータスも実際にウインドウが現れてるわけではなく、身体感覚とか自分に対する理解度みたいのが、“見えているように”理解できるって感じかもしれん。



明らかに不思議ではあるのだが、ただそれだけ、とでも言えばいいのか、少なくともなんらかのシステムとかシナリオの意思とかそういうのはあんま感じられない。



やっぱなんかこー、俺の異世界転移は、どうも斜め上というか、素直にやらせてもらえないみたいだ。



正直、裏技やらチート能力で手に入れた経験値やらスキルポイントで能力やスキル山盛り! みたいなのがやってみたかった。なにもないところから無限にポーションとか作って、悠々自適に暮らしてみたかった。


などと悔しがっていると、甲高い金属音が聞こえた、間違えようもない。一回目の異世界転移の時から散々聞いた剣戟の音だ。


誰かが近くで戦っている。


俺は耳に意識を集中してその音の出所を探ろうとする。ピロン。うるせえ。



音がした方に向かって走る、音は鳴り続け、それはどんどん近づいてくるが、走っている間にも、なんらかのスキルが表示されるようになっているのかスキル習得の音がピコンピコンと鳴るので大変うるさい。


走りながら横目でステータスを確認すると、【足裏感覚】【危険感知】【自動防御】みたいなのがアンロックされていた。この自動防御はなんだ? まだ何も防御なんかしてないが?

さっき走りながら虫とか払ったやつか? 小石を避けたやつか? 

もしかして普段気にせずやってる事が全部この調子で表示されてくのか?

それはさすがに無理筋じゃない?


あ、近いな。急ごう。ピコン。【縮地】


ちなみにこの縮地は、瞬間的に早く動くとかじゃなくて、抜重による体重移動と足捌きで動き出しをスムーズにしたり、わずかに加速したりする現実的なやつだ。

現代日本時代に少々マニアックな武術を趣味的に嗜んでおりまして。


見えた。ピコン【遠見】

だからうるせえっての。


湖の畔で明らかにガラの悪いのに立派な板金鎧を着た騎士っぽいのが囲まれている。

やっぱ少なくとも騎士っぽいのがいる世界観みたいだ。

しかしなんかこういうシチュエーション前にもあったな。異世界あるあるなのか?

あれは盗賊に襲われているのか?


かかってくる盗賊を一人、二人と斬り伏せている騎士は結構な腕だが、頭に血が上っているのか盗賊たちも引く気配がない。腕や装備で見れは比べるべくもないが、騎士の方はどうも片手と片足を負傷しているようだ。残りが二人ってところで、足をとられたか大きく体勢を崩してしまう。


好機を逃さず騎士に馬乗りになる盗賊たち。騎士は振りほどこうと踠くが余り体格に恵まれていないのか、抜け出せず踠くだけだ。一人に馬乗りに乗られ、もう一人は暴れる足を押さえ込んでいる。詰んだな。


「よくもやってくれたなあ!」


馬乗りになった盗賊が口の回りに泡つけながら叫ぶが興奮し過ぎてなにを言ってるか聞き取りづらい。足を押さえ込んでいるヤツにいたってはブフィーとかブフーとかそんなような汚い吐息を吐くばかりだ。


幸い言葉は何言ってるかわかる。言語理解ができるってのはでかい。これだけは本当に助かる。


どっちが悪いとかはわからんけど、俺の現状を見てどっちが得かは明らかだ。


俺は軽く溜息をつくとその辺にあった掌くらいの大きさの石を拾い上げ、興奮している盗賊どもに近づいた。ピロン【猫足】


気づく気配もない男達の後頭部に、ガンガンと1発づつ、石を叩きつけると男達はすぐに動かなくなった。ピロン【情知らず】あ、そーゆーのも?


「大丈夫か?」

言葉がちゃんと通じてくれる事を祈りつつ、なるべく敵対的に見えないように笑いながら倒れている騎士に手を伸ばす。


助けるつもりではあったのだが。


返ってきたのは、それはそれは可愛らしい悲鳴だった。

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