#27 旅は道連れ

 声優事務所ダイヤモンドダストの会議室。

 そこにはユニットメンバー4人だけでなく、プロデューサーの一ノ瀬さんと、珍しくマネージャーの佐藤さんも同席していた。


「急に呼び出してごめんね。どうしても、君達には直接話しておきたくて」


 いつもなら、ここで日向ひなたが茶々を入れてくる筈だが、そんな彼も辺りに漂っている重々しい空気を察したようで、今日は落ち着いた様子で一ノ瀬さんの話に耳を傾けている。

 その一ノ瀬さんが「じゃ、本題に行こうか」と言って、目を向けた先に今日の主役がいた。

 プロデューサーから催促された彼はスクッと立ち上がる。緊張しているのか、先程から視線が定まらない彼の口から飛び出したのは、メンバーの中では1番想像出来なかった言葉であった。


「すまない。オレは、é4clat(エクラ)を辞めることにした」


 夏樹なつきの言葉を受けて、私はその日初めて彼の顔を見た。太陽のような笑顔は曇っており、今にも泣き出しそうな表情だ。

 空気がどんどん張り詰めていく中、夏樹は悲壮感を漂わせながらも、空気を少しでも軽くする為にフニャッと笑って、話し始めた。


「ずっと考えてたんだ。オレが目指しているヒーローとは何か。それを叶える為に、オレはどうしたら良いのか、と。だから、決断した。正真正銘のヒーローになれるなら、オレは」


「自分を犠牲にして、活動を辞める、とでも言いたいのか」


 夏樹の言いたかったことはこれだろうと結論付けたれいの苛立ちが滲んだ言葉に会議室は、より静まり返った。

 しかし、玲はそんな空気に物怖じすること無く、夏樹の方をじっと見据え続ける。


「夏樹。今のが説明だと言うなら、今すぐ、さっきの言葉を取り消せ」


 玲は強い口調で怒りを露わにし、至って冷静に発言の訂正を求める。

 だが、夏樹も彼の態度に動じること無く、揺るがない意思を発する。


「そのままの意味だ。俺はヒーローになる。その為に事務所を辞め──」


 突如、玲の方からドンッと叩かれたテーブルの音にメンバーは一斉に驚く。

 大きな音にビクリとして見てみると、昂った感情のまま、玲は肩を震わせて立ち上がっていた。一方で、夏樹は顔色一つ変えずに堂々とその場に立っている。


「いい加減にしろ。お前は何1つ分かっていない。今まで俺達に何人の、何百人もの人が時間と金をかけてきたと思ってる。とっくにお前の我儘じゃすまない所まで来てるんだ。もう、引き返すことなど許されない。

 それに、お前のヒーローになりたいとかいう子供じみた夢もいい加減にしろ。何度聞いて呆れる」


 鬼のような形相で見つめる玲に対して、夏樹は、やっと彼に目線を合わせて応えた。


「……玲」


 これまでに無い程、優しく発せられた名前。そして、目を細めながら微笑むように。夏樹の少しだけ上がった口角を見て、玲は思わず目を見開いた。


「──ッ。お前って奴は本当に……そういう俺も、か。すまない、頭を冷やしてくる」


 怒りが頂点に達する前に、何かを諦めた玲は椅子を引いて扉の方に向かった。


「玲」


 一ノ瀬さんの呼び掛けに応じること無く、玲は無造作にドアを開ける。そして、彼に離されたドアノブにより、扉はゆっくりと音を立て、閉められた。

 ふと夏樹はどうするのだろうと見てみると、彼は今まで見たことが無い哀しげな顔を浮かべていて、玲が出て行った扉をただ無言で見つめているだけであった。

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