第3章

#26 蝉時雨

 VTuber活動を始めてから1年が経過し、世間では間も無く夏休みに突入しようかといった頃、私達の姿はスタジオにあった。

 

「以上、春風はるかぜ 日向ひなたと」


霜月しもつき 冬羽とわでした。せーの」


「またね〜」


 スタッフさんの「はいOKです」という声が響いて、私達はカメラに向かって振っていた両手を下ろして、ひと息吐いた。


「はー、やっと終わった。3Dの収録って体全体が映るから、カメラ写りをいつもより意識しないといけないし、疲れるよねー。そんな日に限って今日はこの後ボイス収録もあるなんて。

 はぁー、早くお家に帰りたいよ」


「だね。けど、ちょっと巻いたし、これなら移動時間を含めたとしても、休憩出来るんじゃない」


「本当だ。そういう意味なら、ラッキーだね。そうと決まったら、早速帰る準備をして──」


「すみません。今、お時間宜しいでしょうか」


 スタジオの外から入ってきた1人の女性。マネージャーである佐藤さんだ。

 片手にスマートフォンを持っており、チラッと見えた画面から推察するに、どうやら先程まで誰かと連絡を取っていたようだった。


「大丈夫だよ。どうしたの、彩花ちゃん」


 日向は私との会話を切り上げて、彼女の方を見る。すると、佐藤さんは先程あった電話の内容を説明した。


「実は先にボイス収録をしていた天倉さんに、ご実家からの連絡があったようで、急遽帰省されることになって」


「え。それ大丈夫なの?」


「それが私達も詳しいことは分からなくて。ただ、一ノ瀬からの『落ち着いたタイミングで連絡して欲しい』という呼び掛けには応えていらっしゃったので問題無いかと」


 心配そうな顔で佐藤さんのことを見つめる日向に対して、佐藤さんも彼と同じ表情を浮かべて、ぎゅっと口を真一文字に結んだ。

 それを見た私は、もう1つ気になっていたことを空気を変える意味でも口にした。


「そうですか。ちなみに収録の方はどうなってますか」


天倉あまくらさんがまだ録れていない部分に関しては、また後日ということになりました。宮秋みやあきさんの方は先に終えられていますので、お二人が宜しければボイス収録に向かえますが、どうしましょうか」


 佐藤さんの問い掛けに日向は「そっか」と言って、少し思考した後、顔を上げて答えた。


「……取り敢えず、スタジオ移動しよっか。夏樹くんのことは本人から聞かないと分かんないし、一旦置いといた方が良さそうだしね」


「うん。スタッフさんも待ってるだろうから。そういえば、日向は休憩しなくても大丈夫?」


 先程のこともあり、日向のことだから気を揉んでしまい余計に疲れてしまったのではないかと思ったが、日向は困ったように笑っていた。


「うーん。なんか、じっとしてたら、夏樹くんのこと考えちゃいそうなんだよね。だから、今は何かしてたい気分というか」


 日向は「でも、冬羽ちゃんが休憩したいって言うなら話は別だよ」と言ってきたが、私も彼と同じ気持ちだったこともあり、首を横に振って彼に賛成する言葉を口にした。


「私も。日向がいいなら、今直ぐ移動して大丈夫。それじゃ、行きましょうか」


 最後に佐藤さんを見て言うと、私達の決断に「はい」と返した彼女の付き添いの元、ボイス収録が出来るスタジオに移動した。

 そして収録は予定されていた時間よりも早く始まり、リテイクも普段と比べたら割と少なく済み、収録はスムーズに進行した。

 尚、入れ替わりで夏樹と玲の3D収録が予定されていたが、それは延期となった。


 次の日。一ノ瀬さんからトークアプリのグループチャットの方に連絡があった。

 それは、夏樹から『数日休ませて欲しい』という連絡があり、受け入れることにしたということ。そして、このことを代わりにメンバーに伝えて欲しいとのことだった。

 あれから、休みは伸びて1週間になった。まだ夏樹が休んでいる事情が分からず、そろそろ私からも何か連絡した方が良いのだろうかと心配になってきた頃、彼は何事も無かったように帰ってきた。寧ろ、更に元気になって帰ってきた。

 だがしかし、今になって考えると、その時から夏樹には異変を感じ始めていた。感情が直ぐ表に出てしまう夏樹がこのような結論に至ってしまうまで何故放置してしまった、と。


「すまない。オレは、é4clat(エクラ)を辞めることにした」


 私の後悔は後を絶たない。

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