#25 夜は続く
日向が会場を盛り上げている間、私は曲の歌い出しに備える。そのお陰もあって、無事に最初の台詞を噛まずに尺ぴったりで言い切れたことに、ひと安心しながら、ダンスのフォーメーションを移動する。
こんな風に『アオハル倶楽部』の楽曲は、今どきでありつつ、どこか懐かしい曲調を取り入れている。また私達のユニットは、セルフプロデュースのユニットとしてスタートしたこともあって、現在、MVがある楽曲は1曲だけ。それでもライブまでに制作を間に合わせてくれた関係各所には頭が下がる想いだ。一ノ瀬さんも『アオハル倶楽部』の活動に協力的で、是非とも『Soare』のライバルユニットになって欲しい、と期待を寄せてくれている。
その期待に応えるべく、日向と共にステージの隅から隅まで移動しながら、パフォーマンスを行う。最後に決めポーズをした時には疲れを隠し切れず、肩で息をしてしまったが、既に悔いのないライブだと自画自賛する程、本番は完璧なパフォーマンスが出来た。
照明が落ちた後、再びé4clat全員が登場して曲の振り返りを終えると、いよいよライブ終盤。ラスト2曲を歌い上げる。最終ブロックの曲は選曲から歌割りまで全て自分達で決めたので、かなり思い入れが強い。それに、こうやってステージに立つと、本当に自分がライブに出ているのだという意識がより芽生えてきた。
最後の曲を歌い終わってステージから捌けると、直ぐにアンコールの声が出始める。10秒も経たずに声はバッチリと揃って、舞台袖まで聴こえてきた。その声に応える為にも、まずは汗を拭って水分補給を済ませる。そのまま急いで立ち位置に戻ろうとすると、日向もタオルで汗を拭いながら、こちらに顔を向ける。
「もうちょっと、ゆっくりしてても大丈夫だって」
「そっか。ありがとう」
焦る気持ちを抑えるように、日向が勧めてくれた近くの椅子に腰掛ける。そのまま手を上に伸ばし、ゆっくりと背伸びをする。
「残り1分で開けまーす」
スタッフさんの声が聴こえて、もう1口水を飲んでから立ち上がる。スタスタと歩いて立ち位置を確認し、私は気持ちを落ち着ける為に深呼吸をしようとした時だった。
「お前達、ここまで着いてきてくれてありがとな」
既に立ち位置に着いて、正面を見据える夏樹が、ぽつりと呟いた。
「わ。夏樹くんがそういうこと言うの珍しい〜。どうしたの」
「確かに。夏樹にしては柄にも無いことを言うな」
「別にいいだろ。感謝の言葉は大量に言っても減るもんじゃない。
──そうだ。冬羽」
突然呼ばれた名前にビクッとしながらも、顔を夏樹の方に向ける。
「いつもサブリーダーとして、オレ達のことサポートしてくれてありがとな」
夏樹はそう言って、後ろを振り返る。彼はいつもよりも増して、愉しげな表情をしていた。
そして、体ごと私達の方に向きを変えて、全員を順番に見て言った。
「オレは玲がいなかったら、ここに立つことは無かった。ずっとヒーローになりたいと言う、口だけが達者な奴だっただろうな。
だがしかし、é4clatとしてデビューしてから、改めて考えるようになった。オレがこれからどんな姿になりたいか。誰かにとってのヒーローとは。オレが目指しているヒーローに本気でなれるのか、と」
メンバーも言っていたように珍しく、しんみりとした表情を浮かべる夏樹を見て、思わず私の口からは心の中だけで留めていた筈の言葉が溢れてきた。
「なれるよ」
突然の言葉に、皆は一斉に私の方に顔を向ける。今までの私なら、きっとここで伝えることを諦めていた。だけど、彼の顔を見たら、止まれずにはいられなかったのだ。
私は真っ直ぐに夏樹を見据えて、自身の想いと言葉を伝える。
「夏樹は、もうとっくにヒーローそのものだよ。ある人には退屈でつまらない日常に。私にとっては、息が詰まってしまった日常に突如として現れた、凄くカッコいいヒーロー。
それと、前に言ってたよね。夏樹の憧れの人。その人の言葉を大切にしてるって。確か……全ての悪を蹴散らし、元気と勇気を届ける。で、後は何だっけ」
「──誰にも負けない、真っ直ぐな情熱を届けるヒーロー。
それこそ、オレが本気でなりたい姿だ」
顔を上げた夏樹の表情は、いつもの調子に戻っていた。そして、自身にとっての揺るがない信条を再度思い出し、確信した彼は自信満々に口上を唱えた。
「オレが、情熱に燃えるルビーの輝き。天倉 夏樹だ!」
通算何回目かも分からない恒例のフレーズを言って、夏樹がビシッとポーズを決めると、周りから「おぉ」と感嘆の声が漏れる。
「残り10秒で開けまーす」
その言葉で現実に戻ってきた私達は、短く返事をして、急いで立ち位置に着く。私は改めて集中する為に深呼吸をして、声には出さずに歌い出しの歌詞を復唱する。その時、やけに落ち着いていられたのは、夏樹からの想定外の発言によって、僅かに残されていた緊張が何処に吹き飛んでしまったおかげだろう。
私は顔を上げて辺りを見渡す。右隣には玲、左隣には日向、前にはしゃがんでいる夏樹。私には勿体無い程に、あまりにも心強い仲間だ。
──絶対に離れたくない。ならば、全てをパフォーマンスに込めて、伝えようじゃないか。
(私なら、出来る)
あの時とは違う、確かな覚悟と共に。今、短くも長い暗闇が明けて、舞台には光が差し込んだ。
「アンコール、ありがとうございます」
「僕たちの時間はまだ続くよ。最後の最後まで、た〜くさん楽しんでいってね」
「最後に。これは俺達からのクリスマスプレゼントを贈ろう」
「é4clatの新曲、受け取ってくれ。せーの!」
「「「「『輝きのプレリュード』」」」」
今宵、サンタクロースになった私達は、こうして初イベントの幕を閉じたのだった。
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