#30 ヒーロー〜夏樹の回想〜

「真っ赤に実る情熱の青果せいか。シャキットレッド。只今参上!」


 決めポーズと同時に、背後ではバーンと爆発して赤い煙が巻き起こる。

 その映像を初めて見た瞬間、オレはそのヒーローに釘付けになってしまった。

 長年テレビで放映されている戦隊シリーズ、中でもオレは『青果戦隊シャキッズ』のリーダーである『シャキットレッド』に心を奪われた。シャキットレッドの凄い所は沢山あるけど、1つだけ挙げるなら、やっぱりカッコいい所だ。彼にとって、どんなに憎い人でも絶対に見捨てない所や大切な人を必ず守り抜く強さとか、そんな想いや姿にオレ自身もかなり影響を受けたと思う。

 だから、とあることがきっかけで転校することになった日も別に寂しくは無くて、なんなら、シャキットレッドみたいなヒーローになりたいという想いが更に強くなった。


 そんな小学5年生のある日、オレは新たな仲間と出会った。

 昨日、海外から転校してきた窓際の席のアイツ。休み時間になると、周りとの関わりを断つように、ずっと本を読んでいる。それは、話し掛けられてもめることは無く、目線も手元に向けたまま、質問に対しては最低限のことしか答えない。その様子に飽きたクラスメイトは、すっかり彼には話し掛けなくなってしまったのだ。

 だけどオレは、そういうアイツだからこそ、相応しいと思った。


「なぁ、お前。一緒にヒーローにならないか!」


「……は?」


「ありがとう! これから宜しくな」


「いや。まだ何も言ってないし、そもそも了承もしていないが」


 大人ぶった口調で、眼鏡をクイッと上げながら応える彼を見て、より相応しいと確信する。


「ん? そうだったのか。オレは、お前が知性担当のヒーローにピッタリだから、是非共にヒーローをしたいと思ったんだ」


 改めて、オレがヒーローに勧誘すると、彼は難しい顔をしながら、口を開いた。


「……やはり、意味が分からない。ヒーローなど、所詮はフィクションじゃないか。

 それと、俺はお前という名前じゃない。宮秋みやあき れいだ」


「──玲! いい名前だな。オレの名前は、情熱に燃える最強無敵のヒーロー、天倉あまくら 夏樹なつきだ。

 後、ヒーローはフィクションじゃない。本当にいるんだ。ここにな!」


 オレは右手で握り拳を作って、ドーンと胸を叩くと、玲は奇妙な物を見つけたと言わんばかりに眉を顰めて、無言で手元の本に視線を戻した。


* * * * *


「夏樹と初めて会った時、最初は面白いことを言う奴だというくらいにしか思っていなかった。だが、ここまで10年近く一緒にいる内に、お前なら本物のヒーローになれるとまで思ってしまっているんだ。

 だから、責任をとってなってくれないか。俺達のヒーローに」


 そう言って渡された資料には『Project étoile新規メンバーオーディション』と書かれた文字が並んでいた。

 正直、玲からこの話を聞いた時は、バーチャルも声優もよく分かっていなかった。

 だけど、オレの最大の夢であるヒーローになる夢が叶うかもしれないこと、何より1番の親友である玲も共にオーディションを受けると言うなら、迷う暇などなかった。

 応募してから暫くして、最終審査に進んだ後の親と爺ちゃん婆ちゃんへの説得は、オレに渡した玲特製の資料を使って、玲が説明してくれた。合格した後、まさかオレ達2人だけだと聞いた時は驚いたけど、これで、やっとヒーローに近付けたと思って嬉しかった。

 それからも嬉しいことは沢山あった。中でも、2人だけだと聞いていたメンバーに新たな仲間として、日向と冬羽が加わったことがオレの中では大きな出来事だった。それは、テレビで見ていた戦隊ヒーローになっていくようで、とてもワクワクして、これで本物のヒーローになれると。そう信じていた。


 それはデビューして、1年が経った夏の日のことだった。

 ボイス収録の日、気付いたらオレの携帯には大量の着信マークが付いていた。何だろうと思って、スタッフさんに断った上で早めの休憩にしてもらい、外に出て留守電を聞いた。

 その内容は、爺ちゃんが倒れたから急いで実家に帰ってきて欲しいというものだった。

 オレは急いで、このことをスタッフと、その場に同席していたプロデューサーに告げると、こちらは大丈夫だから、と言われて、急遽実家がある京都に帰省することになった。


 アパートに寄って必要最低限の物だけ持ち、最速で京都の病院に着くと、ベッドには人工呼吸器を付けた爺ちゃんが横たわっていた。

 あれほど元気だった爺ちゃんを見ていたからこそ、心臓がギュッとして、その場から動けなくなっていると、背後から女性の声がした。


「──夏樹」


「母さん。爺ちゃ……お祖父様の容態は?」


 思わず爺ちゃんと呼びそうになって、急いで母の前でのいつもの呼び方に戻す。

 母は訝しげな眼差しで、こちらを見つめてから、直ぐに視線をずらして淡々と告げる。


「……命に別状は無く、じきに目覚めるそうよ。それと、母さんじゃなくて、、ね」


「……失礼しました、お母様。

 そうですか。無事ならば、良かったです」


「何1つ良くないわ」


 また母の機嫌を損ねてしまったのだろうかとじっと身構えていると、彼女は頭を掻きむしりながら、愚痴をこぼした。


「あの人が死んで、仕方無く実家に帰ってきたら、今度はこれ? こんなの神様が不幸になりなさいと言ってるようなものじゃない。

 やっと再婚もして、また自由になれたのに。このままじゃ私は……夏樹。貴方が京都に帰ってきて、実家を継ぎなさい」


 母から告げられた予想外の言葉に驚いて、オレは、かつて爺ちゃんが言っていたことを彼女に言う。


「でも、お祖父様はオレにもお母様にも実家を継がなくて良いと──」


「そんなの嘘に決まってるじゃない。だって、私に実家の手伝いばかりさせて、お得意様への挨拶も済んでる。こんなの継げと言ってるのと同じよ。口先だけなら、どうとでも言えるの」


 彼女は、キッとオレの方を見て、冷酷な表情で追い詰めるように言葉にする。


「それに私は夏樹と違って、くだらない夢を追ってるんじゃないの。目の前にある確実な幸せを掴もうとしてる。それくらい、馬鹿な貴方でも分かるでしょ。

 確か、ヒーローになりたい? でしたっけ。そんな子供みたいな夢もいい加減にしなさい。聞いて呆れるわ」


 すっかり冷え切った目で母はオレのことを責め立て、ひとしきり嘲笑った。


 小学4年生の冬、事故で父が亡くなってから、母は変わってしまった。

 あれだけ嫌だと言っていた家業から離れる為に結婚と上京をして、家族3人で仲良く生活している最中だったのだから、豹変は当然とも言えるのかもしれない。

 しかし、実際はオレのことが嫌いだという訳で無く、ただの当てつけに過ぎない。そして、オレも自身が彼女の怒りの捌け口になっていることを分かっていた。

 その上で、オレは受け入れた。これで、母の気持ちが晴れるのなら。それはヒーローになるという夢を持ち続けている内に、好きなことをやらせてもらっている代償だと考えるようになった。そして、ヒーローとして、母の願いを叶える為にオレは相応しい選択をした筈だった。


「そうですね。こんな夢を見るのは辞めて、京都に帰って、実家を継ぎます」


 何でこんなに虚しいのだろう。


「そう。分かればいいのよ」


「すみません。気付くのが遅くなってしまって」


 ヒーローとして、当然のことをしただけなのに。


 どうして。


「──いい加減にしろ」


 事務所の会議室で、玲のその言葉から始まった説教は、母から聞いたことがあるような言葉までも出てきて、オレを現実に戻した。

 玲がそこまで怒るなんて、意外だった。玲なら、きっと呆れた顔をしながら、なんだかんだ受け入れてくれると思っていたからだ。

 オレは、どうすれば玲が「いいよ」と言ってくれるだろうと考えて、咄嗟に口角を上げて名前を呼んでみた。

 しかし、玲には逆効果だった。軽蔑するような眼差しでオレを見た玲は、荷物を持って会議室から出ていってしまった。

 この時、オレは、やっと気付いた。彼を裏切り、傷付けてしまった。大切な人を、親友を失ったのだと。

 オレは母を幸せにすることに必死になって、絶対に手放したくない、守りたかった大切な人を失ったんだ。


 こんなオレは、ヒーロー失格だ。


 それから、すっかり忘れかけていた収録を終えて、アパートに帰る前、玲にトークアプリでメッセージを送った。


『さっきはごめん。お前を傷付けるようなことをしたと反省してる。

 でも、聞いて欲しい。オレには、今やらなくちゃならないことがあるんだ。だから──』


 これからもオレである為に。お前にとっては、偽物のヒーローだとしても、もう少しだけ側に居させてくれないか。

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