#13 秘密のパジャマパーティー
収録ブースを退出した私達は、関係者に挨拶を済ませて、ロビーに出る。
5月とはいえ、ほんのりと吹く夜風は、まだ肌寒い。室内だと暑くて脱いでいた薄手のカーディガンを再び羽織る。この服装にして正解だったと思いながら、ビルの外に行くと、女性の声が聴こえてきた。
「お疲れ様です。お家まで送迎しますので、準備が出来たら、車に乗ってくださいね」
「は〜い。
「いえいえ。é4clat(エクラ)の皆さんをサポートすることが私の仕事なので。全然、大したことじゃないです」
大したことじゃない、と謙遜する彼女は、é4clatのマネージャーを担当している佐藤彩花さん。通常はタクシー移動となる所を経費削減の為にと、今はドライバーもしている。
今日のラジオ放送中も近くで見守ってくれていて、ブースの外の反応を伺った時、佐藤さんは、にこやかな笑顔を浮かべながら両手で大きな丸を作って励ましてくれた。
こうして、彼女を見ていれば不思議と不安が無くなったので、やはり味方でいてくれる存在とは偉大なのだ。
私達は、佐藤さんの声掛けで車の後部座席に乗り込むと、日向がそう言えばと口を開いた。
「彩花ちゃん。今日は僕のお家に寄らなくていいよ。冬羽ちゃんの所で降りるから」
「日向、冬羽。2人は、いつからそういう関係になった。恋愛禁止では無いが、ユニット内は流石に」
「玲くん。僕達の関係は、全くもって健全です。というか、昨日会った時に言ったでしょ。新ユニット会議の為に冬羽ちゃん家で、お泊まりするって」
日向が言った通り、今日は夏樹達にも宣言した新ユニットのコンセプトを詰める日だ。
今から1週間前、日向が「折角だし、お泊まりパジャマパーティーしたい」と言い出してからが大変だった。
そもそも、当初は日向が住むアパートに行く予定で話を進めていた。だが、一ノ瀬さんとの雑談中にこのことを伝えると「男女が同じ屋根の下、2人っきりで過ごすのは認められない」とプロデューサーストップが入ってしまったのだ。
冷静に考えれば、一ノ瀬さんの言う通りではあるのだが、このままでは滅多に無いお泊まりイベントが無かったことになると思い、咄嗟に言ってしまった。
「兄の家なら、大丈夫ですか?」と。
一ノ瀬さんは困惑の表情を示した。何故ならば、私の兄が誰なのかを知っており、実際に日向が兄に会ってしまったら、血縁関係を知られてしまうと思ったのだろう。
そんな事情も露知らず、その場にいた日向は「お兄さん東京に住んでたんだね〜。あっ、『知り合いの家に時々泊まってる』って言ってたのは、もしかして、お兄さんのこと?」などと言ってきた。
その時、私は返事を返す前に一ノ瀬さんに耳打ちをした。出来れば、この時に兄の正体を話そうと思っていること。そして、いつか話そうと思っていたことが少し早まっただけだと。それに普段から色々と気にかけてもらっている日向には先に伝えておきたかったのだ。
結局、一ノ瀬さんも了承し、日向は「冬羽ちゃんのお兄さんに会うの楽しみ〜」とウキウキな様子のまま当日を迎え、その日がまさかの桜花さんのラジオ出演後となって、今に至る訳だ。
「──ちゃん、冬羽ちゃん。聞いてる? もう着いたって」
日向の声で意識を呼び戻されて、車窓の外を見てみると、兄が住んでいるマンションの玄関前に着いていた。
「あ、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてたみたい。佐藤さん。わざわざ車で送って下さって、ありがとうございました」
「いえ。今日は特に先輩方との生放送で疲れていらっしゃると思うので、ゆっくり休んでくださいね」
「はい。お疲れ様でした」
運転席にいる佐藤さん、そして夏樹、玲にもお疲れ様とおやすみなさいを告げて、車から降りる。その場から去る車に向かって、バイバイと手を振った日向と共に私はマンションのロビーに入っていった。
フロントに常駐しているコンシェルジュさんに軽く会釈をして、エレベーターのボタンを押す。時計の針は10時近いこともあってか、直ぐに開いた扉の中に入って、階数のボタンを押す。それは途中で停まること無く、あっという間に箱は上昇していった。
「わー、エレベーター広っ。てか、コンシェルジュさんいるんだ。これは間違い無く、お金持ち……え、冬羽ちゃんのお兄さんって何者?」
「それは会ったら分かる、かも?」
まだ兄の正体を知らない日向を上手く誤魔化せず、ただただ目を泳がせながら言い淀んでいると、丁度良く目の前の扉が左右に開いて、エレベーターを降りた。
辺りが静まり返る中、日向の隣を歩き、とうとう部屋の前に着いた。こうやってドアの前に立つと、いつもより扉が重々しく感じる。
そして、私は勇気を振り絞って合鍵を挿すと、カチャと音が聞こえて、私はゆっくりと玄関扉を開けた。
「ただいま」
弱々しい声は恐らくリビングまで響かずに、玄関でとどまってしまっただろう。
既に帰って来ていると聞いていたが、いつもの返答が無かったので、今日に限っては声が聞こえなかった可能性よりも、まだ家に居ないことを期待してしまう。
そう思っていた矢先、リビングを隔てる扉が開いて、1人の男性が姿を現した。
「おかえり。あ……こんちは。
「えっと、はい。そうですけど……あの。もしかしなくても、
「あぁ。そうだけど」
「──うわぁぁぁぁぁ。う、嘘だ。えっ本当。どういうこと。ね、冬羽ちゃん、これどういうことなの。聞いてないよ。っていうか、お兄さんは霜月遥さんだったってこと? もう分かんない。手土産持って来れば良かった〜」
「ちょっと落ち着いて、日向」
余りにも動揺した日向は限界に達して、その場に頭を抱えて座り込んでしまった。
無理も無い。以前、日向は好きなコンテンツにテクノヴァこと、Technical Nova-テクニカルノヴァ-を上げていた程、大好きなアニメに声優として出演する霜月遥が、同じユニットのメンバーの兄として、家でバッタリ遭遇してしまったら、誰でも驚くであろう。
その一部始終を見ていた兄は、戸惑った様子で頭を掻いて、呟く。
「ごめん。もっと後に出てくれば、良かったかもしれない……冬羽。とりあえず
「分かった」と言って、座り込む日向に声を掛けるが、反応は無い。失礼ながら肩を掴んで揺らし、何とか立ってもらう。
玄関にいたので、その場で靴を脱いで家に上がってもらうが、その後も日向は、ずっと放心状態で背中を押さないと歩けない程だった。
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