#14 秘密の約束

「あ〜、もう。びっくりしたんだからね。

 霜月さん、だと同じで分かんなくなっちゃうから……遥さんに妹がいることは知ってたけど、冬羽ちゃんだったなんて。同じ名字だけどさぁ。まさかだよ」


 一旦、お風呂を挟んだことでリフレッシュされた日向は、だいぶ落ち着いていた。

 そして、私の自室として使っている部屋にやってきた日向は、ヘアバンドでおでこを丸見えにさせて、改めて驚きを露わにする。


「……隠しててごめん」

 

 そう言った私は俯きそうになる顔を上げて、日向の方を見ながら謝る。

 すると、その言葉を聞いた日向は、きょとんとしていた。


「えっ、怒ってないよ。て言うか、教えちゃって大丈夫なの?」


「うん。一ノ瀬さんにもお兄ちゃんにも伝えてあるから大丈夫。

 それに、日向には先に言っておきたかったんだ。これからは、こんな風に一緒いることも増えるだろうし、何より日向には……親友である日向には1番に伝えたかったから」


「……そっか。そうなんだ」


 日向は低い声で呟いて、少し俯く。次に顔を上げた時には、数秒前に見た姿が幻だったように、すっかり口角を上げていた。


「よし。気を取り直して、始めようか。新ユニット会議。その為に、お泊まりパジャマパーティーを企画したんだからね。

 それと冬羽ちゃん。1つ言っておきたいことがあります」


「は、はい。何でしょうか」


 日向が珍しく敬語で話しかけてきて、私も釣られて敬語で答えてしまう。

 やはり怒らせてしまったと思って、申し訳なさに耐え切れずに目を閉じて、そのまま瞼を震わせていると、怒号では無い穏やかな声が聞こえてきた。

 

「僕をもっと頼って欲しい」


 日向が発した言葉と同時に目を開けると、私の右手は容易く捕えられていて、両手で包み込まれる。突如起きた出来事に頭が回らず、「ひ、日向?」とたじろいでいると、ぎゅっと手を握ったまま、私の瞳を見つめてきた。

 それは笑顔と苦悩が混ざり合った、何とも表現しがたい表情であった。


「僕、本当ほんとはね、悲しかった。隠されてたこと。

 あのさ。僕って、周りから見たら、ぽわぽわで信じられない部分もあるかもしれないけど、意外とちゃんと考えてるよ……もう2度と大切な人を失いたくない。冬羽ちゃんを裏切ったり、傷つけたりするようなことは絶対にしないって。そう決めたんだ。

 だから、ねぇ。冬羽ちゃんが今でも僕のことを大切だと思ってくれてるなら、約束して?

 ──もう2度と、僕に嘘をつかないって」


 後半からの言葉に至っては、スッと笑顔が消えた瞬間を見て、心臓がぎゅっとなった。

 今まで聞いたことが無い声色のまま、淡々と話された言葉には嘘や偽りも無い。それが彼の心の底からの気持ちであることは想像しやすく、私は、この露わにされた想いで、彼の本心に気付くことが出来たのだ。

 日向は私と同じように呪われている。過去に怯えている、と。


 私は日向の誠意に応えるべく、覚悟を決めて、口を開いた。


「まずは、ありがとう。話してくれて。

 そして、ごめんなさい。兄について、嘘をついて隠していたこと。

 私は、ずっと怖かったんだと思う。真実を打ち明けることで、私の居場所は無くなってしまうんじゃないか、って」


「冬羽ちゃん……」


 思い出されるのは、天才の兄を持つ妹として、周りから比べられる毎日。近所では「お兄さんと比べて、あの子は普通よね」と散々、言われてきた。両親は「気にするな」と言っていたけど、それは私が普通であることを定義付けるような非常に屈辱的な言葉でしかなかった。

 それでも、いつか私にも兄のように素晴らしい才能が開花するかもしれない。そう虚勢を張って日々を過ごしたが、長くは続かなかった。

 あれから、自分の存在がいかに惨めだと思い知って、ここまで来たら、ひたすら堕ちていくしかないと思っていた。


 あの日、満開に咲き誇る輝き。桜花おうかサキに出会うまでは。


 私は新たな居場所で掛け替えのない仲間と出会った。眩い光からは時々目を背けたくなるけど、ちゃんと前を見据えていたい。負けたくないと強く思わせてくれる。

 だけど、それは私にとって大きな枷になっていて、勝手に自分の首を絞めて、いつの間にか苦しくなっていた。こんな近くで手を伸ばしてくれている存在に気付けない程に。

 今度こそ、私はその手を握る為、包まれていた手が緩んだ隙間から抜け出し、こちらから彼の両手を握り返した。

 

「だけど、今は怖くない。日向が、大切な人達が側にいてくれるなら、きっと大丈夫だって思えるから。

 ──だから、約束する。もう2度と日向を裏切ったりしない。嘘もつかないよ」


 日向の目をじっと見ながら、そう告げると、彼は頬を緩めた。


「……今の言葉、忘れないでね。それじゃあ仲直りのハグ、しよ。ぎゅ〜」


 そう言って、簡単に手の拘束から抜け出した日向は私の返事を待たずに両手を広げて、抱き締めた。本当は私に聞きたいことが山ほどあるだろう。しかし、日向の優しい抱擁から伝わってくる彼のお日様みたいな心が、この日に限っては有り難く、いつにも増して暖かく感じた。


 暫くして、パッと体を離した日向は、何事も無かったかのようにニコニコしながら告げた。


「それじゃあ、始めよっか。新ユニット会議兼パジャマパーティー。えいえい、おー!」


「お、お〜」


 突然の気合い入れに動揺しながらも、私が弱々しく掲げた拳に、日向は目を細めて笑っていた。

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