#15 青春会議、開始!
大波乱を乗り越えた私達は、お泊まりパジャマパーティーならぬ、新ユニット会議を始めることにした。
「とりあえず、ユニットのコンセプト決めかな。ねぇねぇ冬羽ちゃん、何か書ける物ってある?」
「えっと、液タブあるから使ってもいいけど」
「それじゃあ、有り難く使わせて貰おうかな。後、紙もあったら欲しいかも」
「あるよ。ちょっと待ってて」
確か白紙代わりにコピー用紙を何枚か持ってきていた筈と思って、すっかり使っておらず、記憶の片隅に追いやられた紙の在処を探す。
私がそうしていると、ローテーブルの前で床に座る日向が意気揚々とした顔で「ほら」と言ってきた。
「ユニット結成までの軌跡を展示するなら、こういうの必要でしょ。『かくして、春風日向と霜月冬羽のユニット名が決定したのであった、まる』とか」
「んー、展示会か。VTuberが展示会っていうのは、あんまり見たことが無いけど、アニメだとCMとかで、よく見かけるよね。となると、これは貴重な資料になるってことか」
やっと紙を見つけた私は、ペンと共に日向が待つ机の上に置いた。
彼がありがとう、と言って、早速ペンのキャップを外すと、紙に滑らせていく。ペン先からはキュキュと音をたてて、丸っこい字が綴られていく。
日向はまず、レッスンの隙間時間に話し合って決めた大まかなユニットコンセプトを紙の真ん中に書く。
「取り敢えず、ここから思い付く単語を挙げていこっか。まずは『青春』でしょ」
「それで連想していくなら、『学校』『学生』とかかな」
「いいね。僕の青春と言えば〜、体育祭に文化祭、後は部活動と放課後デート!」
次々と挙げていく中、放課後デートの後ろに日向は大きなハートマークを書いた。
「放課後は分からなくもないけど、デート……日向はしたことあるの?」
「勿論。友達の服のコーディネートを考えたり、新作コスメも見に行ったな〜。それと、アイスの新作フレーバーを買ってシェアしたりね」
日向はニコッとし、ふと昔を思い出すように遠い目をした。
「けどさ、中学の時は女の子しか友達いなかったし、周りを気にせずにお化粧とかスカート履いてて。特に男の子からは浮気者とか、女々しい、ってよく言われてね。
僕が好きでやってたことではあるけど、性別関係無く、気が合うから一緒にいたのに。1番好きな自分でいたいだけなのにな。
あーあ、嫌なこと思い出しちゃった」
続けて日向は、先程よりも声のボリュームを落として「友達は気にしなくていいよ、って言ってくれたけど」と付け足して、ペンをくるりと回す。
「これもまた青春、って言えるなら簡単だけど、現実は甘くないよね。今も繋がってる友達は専門学校で知り合った子くらいだし……そんなことより、冬羽ちゃんはデート、したことある?」
「うーん」
デート、か。そもそも誰とも恋仲になったことが無く、異性どころか同性の友達と余り出掛けた記憶が無い私が唯一デートと言われて思い出すのは、やはり兄だ。
兄が上京する前は一緒に外出する機会も多かった。そういえば、兄と2人で出掛けた時、気恥ずかしくて「お兄ちゃん」じゃなくて「遥」と名前で呼ぶことがあるのだが、意外と店員にカップルと間違えられたことがあった。
実際にそう言われた時には、私の方から訂正し、相手は謝罪してくれるので嫌な気持ちにはならなかったが、稀に付け足すように言われる「似てますね」の言葉。それを聞くと私は、いつも兄に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。貴方が言う程、私は妹として相応しくない、と。
「……デートは無いかな」
「そっか。聞きたかったな〜、冬羽ちゃんの恋バナ」
残念そうな顔をする日向を愛想笑いをしながら見ていると、自室のドアがノックされた。
私の返事を聞いた後、ガチャという音と共に現れたのは、2つのマグカップを載せたトレーを持つ遥であった。
「話してる途中にごめん。ホットミルク入れたから、良かったら飲んで」
そう言って、机の上にコトンッと置かれた2つのマグカップからは、ほんのりと湯気が漂う。そっと触れれば、ぽかぽかとした温かさが伝わってきた。
「あ。春風、牛乳飲める? 苦手なら別の持ってくるけど」
「全然大丈夫です。背、もっと伸ばす為にも乳製品は毎日摂らないとですから」
そう言ってゴクゴクと飲む日向は、初めてリアルで会った時から身長が低いことを気にしていた。私より身長が高いことに安堵しつつ、夏樹と玲に会った際に悔しがる姿が印象に残っている。
私は別にそのままの日向で充分良いと思っていたのだが、私もそうであるように誰もが自分の持っていないものに憧れを抱いてしまうのだと共感して、ホットミルクを1口飲んだ。
その隣では日向が休憩がてら、スマートフォンを見ていた。
「あ。遥さん。来月のVoice syrupの表紙、担当されるんですね。写真コンセプトはレトロか。店員さん姿もカッコいい〜」
声優雑誌『月刊Voice syrup』。声優にスポットライトを当てた雑誌で、兄も度々、表紙を担当したり、インタビューを受けて大変お世話になっている。また、中でも人気を集めているのが今回のようなテーマに合わせて撮影する特集ページだ。私は日向の反応が気になって、彼のスマートフォンを覗かせてもらう。
Voice syrupの公式SNSに載ったチラ見せ写真には、喫茶店らしき場所でコーヒーを嗜んでいる姿やエプロンを身に纏う姿が写っていた。
そこで見せる兄の表情はいつもとは違い、どこか魅惑的に見えて、少しだけドキッとしてしまう。これは日向がカッコいいと言うのも分かるかも。
兄も日向の反応を見て、お盆を脇に抱えながら覗き込む。
「発表されたか。この企画、撮影セットじゃなくて、実際の場所で撮影するから、いつもよりテンション上がるんだよな。今回もいい感じに出来たから、期待していいよ」
魅惑的な微笑みを躱わすように目線をずらして、独り言を言う。
「へー。参考になりそうだし、買ってみようかな……日向、どうしたの?」
「……レトロ、これだ」
スマートフォンから目を離さずにいた日向が気になって声を掛ければ、何か閃いたようにハッキリと、その言葉は微かな声量で呟かれる。
日向は独りでに苦笑いをして、手元の紙を見つめる。
「青春って、時間が経つに連れて、どんどん色褪せていっちゃうと思うんだ。楽しい気持ちも、辛かった思い出も。
でもね。そんな今までも愛して、懐かしいねーって笑えるようになりたい。冬羽ちゃんも、そう思わない?」
彼の問いかけに静かに頷いた私を見て、日向は得意気に笑う。
「つ・ま・り〜、レトロ要素を入れつつ、現在進行形で思い出を作っていけるような。僕達が思うがままに青春を楽しめる部活動みたいな感じで……」
日向は机に置いていたペンを再び手に取り、書き出した単語にいくつか丸を付けるが、上手く纏められずに目を閉じて唸っていた。
その様子を見ていた私の頭に、ふと、とある言葉が思いついた。
「──あ」
「ん、何か思いついた?」
思わず出てしまった声に反応した日向は、ペンを差し出すようにクイっと傾けた。それを有り難く受け取って握り締めると、側にあった1枚の白紙を目の前まで手繰り寄せる。
思い付いたは良いものの、果たして漢字は合っているだろうか、と不安になりながらペン先を滑らせて、最後に漢字の縦線を真っ直ぐに引く。
紙を持ち上げて、じっと眺めた後、紙を引っくり返して日向の前にも掲げて見せた。
「アオハル
会話の中に何度も出てきた青春。それと似た意味合いを持つアオハルに変換し、部活動とレトロの両方の言葉から着想を得たクラブを漢字にして倶楽部に。その2つを組み合わせたユニット名が『アオハル倶楽部』だ。
衝動的に言ってしまったが故、今になって自信が消えそうになりながら、日向の顔色を恐る恐る窺う。
すると、目を丸くした彼はキラキラした瞳でユニット名候補が書かれた紙と私を交互に見つめていた。
「アオハル倶楽部、か。──すごい。凄くいいよ冬羽ちゃん! ユニット名、これにしよう」
笑顔で紙を持ち上げて、ドーンと前に出しながら、日向はこちらを見る。
一方、あっさりと決まったことに拍子抜けしてしまった私は彼の決断を疑ってしまう。
「え。いいの」
つい口から出た疑問は、日向の熱意が籠った視線と言葉で払拭される。
「いいに決まってるよ。すっごくいい名前じゃん。アオハル倶楽部。
クラブを漢字にしたら、そこには楽しいが隠れてる。それこそ、僕たちがやりたかった、『青春を楽しむ』だよね」
日向は暫定のユニット名を記憶に刻むように大切そうに呟きながら、コクンと頷いた。
「……うん。やっぱり、これが1番しっくりくるよ。最初から、これしか無かったって思えるくらいに」
再び紙を見ながら、日向は慈しむような表情を浮かべる。それを見た私は「良かった」と呟きながら、一安心した。
そうして話が落ち着くと、2人の様子を背後で見守っていた彼が、ようやく口を開いた。
「いいんじゃないか。若々しい印象かつ、お洒落なネーミングとは。流石、冬羽」
兄は変わらぬ落ち着いた声色で、しかし揶揄うような口調で私の肩に手を乗せた。
「それって、褒めてる?」
そう言って兄の方を振り返ると、彼は目尻を下げて話す。
「全然褒めてるけど。こういう時に意見を出すのは勇気がいるし、その上で相手を納得させる答えを導けるのは、冬羽の才能だろ」
一ノ瀬さんと初めて会った時と同じように、彼は私の存在を肯定する。数多の才能を持っている兄から、そのように言われると、より言葉が重くのし掛かることも知らずに。
無論。今の私では、彼から発せられた言葉を素直に受け止めて「これが才能!」だとは、まだ言うことは出来ないのだ。それほどまでに私達の間には大きな壁が隔てている。
自分の弱さを改めて認識しつつ、沈黙していると、兄は一向に私からの返事を貰えないことに口を曲げて、日向に話し掛けた。
「春風」
「ハイッ。なんでしょう」
急に向けられた声に驚いた日向は肩をビクッとさせて、背筋を伸ばす。
「ユニット。動き出すなら早めにした方がいい。天倉と宮秋のユニットは着実に人気上がってるし、それを一ノ瀬さんは易々と見逃す訳が無い。事務所もガンガン推していくと思う。
それにプロジェクトの宣伝も兼ねてメディアへの露出も増えてけば、確実性が無い物には労力も割かないだろうし。明日にでも葵斗さんに言っておいた方がいい」
彼からの的確なアドバイスを神妙な面持ちで受け止めた日向は、ペコリとお辞儀をする。
「確かにそうした方がいいかもしれないですね。ありがとうございます……あの。良ければ、遥くん先輩って呼んでも大丈夫ですか?」
「……別にいいけど。ていうか、そう呼ぶなら、無理に先輩付けなくていいから。でも、他の人の前で呼ぶのは微妙だと思うけど、こういう時は好きに呼べばいい」
「やった。ありがとうございます。遥くん」
ちゃっかり名前呼びの許可を貰えた日向は、嬉しそうに感謝を述べる。
その横で、私は机の上に置かれた新たなユニット名が書かれた紙を手に取る。
(本当に始まるんだ。日向と、2人のユニットが)
2人の新たなユニット『アオハル倶楽部』。いよいよ始まろうとしている活動に、早くも期待に胸を膨らませていた。
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