#3 天才と凡人〜冬羽の回想〜

 私には兄がいる。


 文武両道、何事も優秀且つ完璧。それは、まさに天性の才能であった。また、兄はその才能に驕ること無く謙虚であり、人前では紳士的な振る舞いをしていたことから、周囲はこぞって「王子様」と呼んでいた。

 一方、私は至って普通。せめて迷惑は掛けまいと努力しているが、兄に追い付かない所か、背中にすら触れられない。

 ゆえに生まれた時から比較対象となってしまった私は常に兄の才能に嫉妬し、顔を見ただけでもムカついてしまうような存在であった筈。なのに、どうしても嫌いにはなれなかった。


 ある日の夕食後、兄は家族全員を招集した。その内容は中学卒業後の進路について。兄は地元の高校に進学すべく、受験勉強を進めていたが、突如、新たにやりたいことが出来たと東京の高校に進学すると言い出したのだ。しかし、兄なら今から進路を変えたとて、きっと合格してしまうのだろう。兄は天才なのだから。

 そして、暫くして本当に合格してしまった兄は、東京へと旅立った。


 父は会社員で夜遅くに帰ってくる。その為、母と私だけの食卓が多くなっていた。目立った会話も無く、何となくつけてるテレビを見て、笑う。そんな日々が続き、ベッドに横になって思い出すのは、いつも兄のことだった。


 昔から心配性の兄は、小学生の時に私が1人で出掛けてくる、と言ったら、後ろからこっそり着いてきていた。そのことに気付いて「大丈夫だから帰って」と言えば、兄はそれでも着いてきて、私は早々に諦めた。

 そんな周囲から見たらクスッと笑ってしまう思い出すらも、今は愛おしく思えてしまう。そして、彼はもうこの場所には居ないのだと気付いてしまえば、少し寂しくなった。


 時は今に戻り。単身東京に来る話をした時、あの時と同じように心配してくれたのを見て、懐かしくもあり、嬉しかったなんて絶対に言えない。


 あぁ。今日も兄を嫌いになれなかった。

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