#2 七転八倒
「私は頑張った。えらい、えらいよ……」
ビル群に囲まれる中、やっと落ち着けそうな公園を見つけた私はベンチで1人項垂れて、自身に対する慰めの言葉を呟いていた。
絶賛田舎で引き篭もり生活をしていた私がオーディションをきっかけに一歩踏み出し、意気揚々と東京に来て挑戦した結果は、なんと───2次審査落ち。
正直、妥当な結果だと思う。寧ろ特出する所が無い普通の私が書類審査を通っただけでも奇跡なのだ。まぁ、唯一通った理由で思い付く物と言えば、アレしか無いので、落選したのは実際に私を見て幻滅したからであろう。もしくは、と次々に駄目な所が思い浮かんでしまい、このままでは反省会が始まってしまう。
私は自らを奮い立てるようにベンチから立ち上がると、スマートフォンの電源を入れた。
決めた。こうなったら、帰りの新幹線まで目一杯東京を楽しんでしまおう。何故かこういう時に限って思い切りが良く、ずっと行きたかったカフェやショップのリストアップを始める。
すると、ブブッという通知音と、上に見知った人物からのメッセージが浮かび上がる。
『結果分かったら連絡して』
「あ。そういえば、お兄ちゃんに今日のこと連絡してたんだっけ」
これも母が連絡したからだ。色々あるし、くれぐれも兄には言わないで欲しいと頼んだのに『冬羽が東京に行くそうなので宜しくお願いします』と送ってしまった結果、上京してからは誕生日にしかメッセージを寄越さなかった癖に、即レスしてきた。しつこく理由を問いただされた時には嫌気が刺して連絡を全部無視した。そうしたら、兄は再び母に連絡を取ったらしいが、上手く誤魔化してもらった。というより、母にも詳しくは言っていなかった。
それは受けることが恥ずかしいというよりも受かる自信が無かったからだ。皮肉だが、今となってはこれが功を奏し、家族に変に気を遣わせずに済んだのだから良かった。
しかし、ここでちゃんと結果を出せていたら、兄は喜んでくれたのだろうか。それとも、辞めろと言ってくるのだろうか。
とにかく、ここで嘘をついても仕方ない。私は素早く文章を作成して、兄に送信した。
『2次審査落ちでした。観光して帰ります』
トークルームに吹き出しメッセージが浮かんで、無事に送れたことを確認する。
私は地図アプリに切り替えると、早速、近場のアニメグッズショップに向かうことにした。
* * * * *
駅に到着した私はスマートフォンに表示される時刻を見てから、タクシーを降りる。
右手にはテンションが上がり買いすぎてしまったグッズが入った青い袋。他にも泣く泣く諦めていた現地でしか買えない限定グッズや、たまたま空席があったコラボカフェでドリンクとパンケーキを堪能し、充実した時間を過ごした。
私は壁際に寄り掛かり、写真ホルダーを眺めながら思い出に耽る。そうして帰りの新幹線までの時間を潰していると、スマートフォンが着信を知らせた。さっきから何度も見ている名前に、私は仕方無く通話ボタンを押した。
「……もしもし」
ボソボソと電話に出れば、耳にハッキリと、そして少し不貞腐れたような声が流れてきた。
「無視すんな。てか、メッセージ届いてたよな」
そう言われてメッセージアプリを開くと、思わず目を見開いてしまった。
『そっか。了解』
『時間あるなら一緒に飯行こ』
『仕事リスケになって暇だし』
1分後。
『行かなくても連絡して』
5分後。
『連絡して』
さらに5分後。
『え。生きてる?』
それから約30件を超えるメッセージをスクロールして、身内に軽い恐怖を覚え始めた私は、複雑な感情で再び端末を耳に当てた。
「ごめん。スマホ見てなくて気付いてなかった」
否。アプリの通知を切っていただけで、スマートフォン自体は全然見ていた。また連絡が来そうだと思って、邪魔されないように通知を切っておいたのだが、そこまで説明するのは面倒くさくて嘘をついてしまう。
「いや。直ぐ既読付くと思って、俺が勝手に焦ったみたいで。何か、こっちこそごめん」
そんな事情は露知らず、兄が申し訳なさそうにしているのを感じて、私も居た堪れなくなってきた頃、沈黙の後、兄の方から話を戻してきた。
「……で、飯だけど。遅い時間だし、夕飯になるけど。行かね」
私は久しぶりの兄との食事が内心嬉しかった反面、冷静に考えて誘いを断った。それは兄の隣に居たく無かったというより、単純に帰りの新幹線が間に合わなくなるからだ。
私がそう伝えると、「俺ん家に泊まっていけば。金とかチケット必要なら、こっちで用意するし」と言ってきて、更に磨きが掛かった王子様ぶりに、お兄ちゃんを感じる。
……まぁ、たまにはいっか。上京してからは一緒に過ごしたり、ご飯を食べる機会も無くなったし。連絡も最低限だから、お互いの状況も分かってないからね。なら、やってやろうじゃないか。家族サービスという奴を。
私は電話越しにも関わらず、少しでも楽しみにしている感じを声に反映させるべく、口角を上げて話した。
「うん。分かった。どこ行こっか」
私が肯定すると、兄は少し嬉しそうに声を弾ませながら話してきた。
「あぁ。よく先輩に連れてって貰ってる店があるから、そこにする。
一先ず迎えに行くから。今いる場所教えて」
兄に催促されて、今いる駅名を告げれば「×分くらいで着くと思う。じゃ、また後で」と言われて、プープーと電話は切られた。
その後、兄が迎えに来てタクシーで着いたのは、先程話していた先輩によく連れて来てもらうという料亭。
当然のように個室に案内されて、アニメや漫画でしか見たことがない内装を実際に見て驚いてしまう。まさか、兄と一緒に訪れることになるとは、想像もしていなかった。
「とりあえず、前に食べて美味かったの中心に頼むけど。いい?」
席に座ってからも落ち着かない私は、頷きと共に感謝を述べると、改めて辺りを見渡して感嘆の声を漏らした。
「それにしても凄いね。こういうお店、よく来るの?」
「別に。ここに来たのは今回で4回目。初めては先輩に連れて来てもらって、その後も同じ先輩と一緒にここで食事させてもらったのが最後。だから、この場所に冬羽を連れてこられて嬉しい」
兄は顔を上げると、照れること無く、ジッと私を見つめる。どうか、その整った顔で、さも当たり前かのように兄からイケメン台詞を言われる、こちらの身にもなってくれ。
どんな反応が正しいのか分からず、目線を近くに置いてあったスマートフォンに下げる。
「そうなんだー」と棒読みで呟いて、こっそりとお店の名前を検索し、関連するリンク先にメニューも載っていたので見てみると、かなり高額な値段が書いてあって、思考が停止する。
これを分かった上で選んだのは、だいぶ肝が据わっている、というか学生を連れてきていいような店なのか⁉︎ という疑問が残る。が、きっと大丈夫だと言い聞かせた。ま、兄だからな。
そうしていると、目の前には料理が運ばれてきた。私は美しい盛り付けに再び感嘆の声を漏らしていると、兄の携帯から着信を知らせる音がした。ポケットから取り出して、発信者を確認した兄は私を一瞥して、少し不満げな表情を浮かべていたように思えたが、瞬きをした時には、いつも通りの顔に戻っていた。
「ごめん。マネージャーから電話。出てくるから、先に食べてて」
私の返答を聞かずに携帯を握り締めて急いで立ち上がると、「もしもし」と言いながら兄は部屋から出て行った。
「……食べるか」
1人。ぽつんとした部屋でそう呟き、箸を取って思う。兄の纏う雰囲気は昔よりマシになったが、もう少し愛想良く出来ないのだろうか。そうすれば、私も対応の仕方を考えるのだが。
一時期、仏頂面で接してくる兄に悩んで母に相談すると「それは冬羽のことが大好きだからじゃない」なんて言っていたけど、そんな訳が無い。だって、いつもいつも……って、駄目だ。兄といると思わず色々と考えてしまって、心の声が多くなってしまう。それよりも目の前の食事だ。
私は、もやもやした気持ちを抱えながら天ぷらを口に運ぶ。そうして、また1つと箸を伸ばした時、兄が部屋に戻ってきて開口1番に、こう宣言した。
「冬羽。今からマネージャー合流するから、宜しく」
「──はぁぁぁぁぁ⁉︎」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます