星屑の声〜天才の兄がいる妹は、今日も配信で声を届けます〜

雪兎 夜

第1章 

#1 桜の招待状

「──それでは、次が最後の質問となります」


「ハイ。何でも聞いて下さい!」


 元気よく答えた彼女の顔には一点の曇りも無い。そんな彼女の笑みに釣られるようにアナウンサーは頬の筋肉を少し緩めて問い掛けた。


「では。この番組を見ている視聴者の方々に向けて、応援メッセージをお願いします」


 先程よりも落ち着いた様子で「はい」と言った彼女は、真剣な面持ちで目の前のカメラを見つめた。


「そうですね。今日お話した通り、私の活動形態はちょっぴり特殊だと思います。それこそ声優業をお休みして、VTuberとして再デビューした訳ですから。でも、病気で休業してたことは皆んなに知られてるし、新たな活動も応援してくれました。けれど、厳しい意見も沢山あって。「声優から逃げるのか」「Vに転生とか、失望しました」「ファン引退します」。これ以外にも様々な言葉を見かけました。

 今でこそ、声優とVTuberの両方を応援してくれる人が増えたけど、始めて1カ月くらいは、これで本当に良かったのかなー、って考えたり、1人で勝手に落ち込んじゃう日もあったんです。

 でも、今はこれで良かったって、心の底から思ってます。本当は諦めることを諦めないでいられて、大好きなお仕事を続けることが出来て。

 勿論、全部順調だった訳じゃないですよ。苦しいこととか、理不尽なこともあります。知りたくも無い現実を見ることもあります。

 それでも、私は夢を叶えたい。こんな所で絶対に諦めたくない。生きてる限り、ずっと声を届けていたい。そんな強い想いが私の原動力になっていて……って長過ぎますよね。すみません。つまり、私が伝えたいことは……満開笑顔で、全力で突き進んでいけばOKです!」


 ここまでスラスラと語った彼女は最後にニカッと笑って、頭の上でOKポーズを作りながら、ゆらゆらと揺れていた。長々と真面目な話をしてから、この行動をするとは。正直あざとい。

 しかし、意図が見え透いていても嫌じゃないのは、彼女が纏う木漏れ日のようなほんわかとした雰囲気のおかげだろう。

 少しして彼女はポーズをとっていた両手を前に広げると、屈託のない笑顔で続けた。


「さぁ。後悔するよりも、まずは動いちゃいましょ。遠回りだとしても夢への道は必ず繋がってます。私が保証しますから」


 満足したのか、彼女がカメラに向かって優しく微笑む。

 アナウンサーは話終わったと判断して、頷きながら「ありがとうございます」と感謝を述べると、締めに入った。


「それでは。改めて、告知をお願いします」


「あっ、はい」


 告知をすることをすっかり忘れていたようで、あわあわとしながら手を膝の上に戻すと、笑みを絶やすこと無く、言葉にした。


「現在、私が所属している声優事務所ダイヤモンドダストでは、声優×バーチャル複合型プロジェクト『Project étoile』に参加してくださる方を募集中です。ここから一緒に貴方の輝きを探しませんか? 興味を持ってくださった方は是非、公式サイトからご確認ください」


「以上、本日のゲストは声優・VTuberとして活動される桜花おうかサキさんでした。ありがとうございました。

 続いては、こちらのコーナーです──」


 私はテレビのリモコンを手に取って、電源を切る。暗くなった画面から、近くに置いてあるスマートフォンに目を移して手に取ると、検索窓に『声優 バーチャル ダイヤモンドダスト』と打ち込んだ。確定すれば、1番上に声優事務所ダイヤモンドダストと書かれた公式サイトが出てきた。早速、そのリンクをタップして、ゆっくりとスクロールしていく。


「プロジェクトエトワール……これか」


 私はテレビで紹介されていた『Project étoile追加メンバーオーディション開催中』のバナーを見つけて、タップする。

 そこには「誰もが輝きを持っている」というキャッチコピーの下に、プロジェクトの発足理由から支援内容まで詳しく書かれていた。特に今回のオーディションでは、VTuberとしての活動に力を入れて取り組むらしい。勿論、私もVTuberのブイの字くらいは知っている。

 Virtual YouTuber。ひと言で表すと、仮想バーチャルの姿を用いて、インターネットで活動する者のことを指す。昨今は様々なプラットフォームで活躍し、街中やテレビで見かけることも増えた。

 因みに私は時々関連動画として流れてくるゲーム実況配信を視聴するくらいで、所謂推し配信者はいない。

 

(……もしも、このオーディションに合格して、デビュー出来たら、私でもなれるのかな。そんな存在に)


 そう思った、次の瞬間。脳内に蘇るのは痛々しく、息が詰まるような地獄の日々だった。


* * * * *


 高校2年生、秋。

 後期の授業が始まるにあたり、再び学級委員を決めることになった。前期は立候補した人がそのまま務める形となったが、今回は誰も挙手しなかったので、先生の提案でくじ引きで決めることになったのだ。

 前期学級委員は免除となる中、皆が「やりたくない」と思いながら引いたであろう。私も畳まれた紙を開く直前まで念じていた。「絶対に嫌」と。重々しい空気の中、先生の合図で皆が一斉に開く。次の瞬間、教室には阿鼻叫喚の声が響き渡った。

 そして、ボールペンで大きな丸が書かれた紙を見て、無言で固まっていたのが私だ。


 早速、先生に呼ばれて前に出ると、もう1人の選ばれた男子に軽く会釈をする。


「宜しくお願いします」


 しかし、彼は無視して、そっぽを向いてしまうが、しょうがない。接点も無ければ、影も薄いクラスメイトなど、きっと覚えていないだろうから。

 そして、私達は委員会決めをすることになり、学級委員としての初仕事をすることになったのだが、それが地獄の始まりであった。

 

 ガヤガヤとした話し声で満たされる教室。黒板の前で一生懸命に伝えようとする声に誰も耳を傾けようとしない。

 どうしたら良いか分からずに、焦って1人の男子の方を見れば、ぼうっと正面を見ながら椅子に座って欠伸をしていた。瞼を上げて、私の方をチラッと見た時の彼の死んだような目。軽蔑、じゃない。周りを見てみろ、お前には存在価値が無いんだ、と教えるように。それから、彼とは2度と目線が合うことは無かった。

 どのくらい経っただろう。徐々に手足は冷たくなって、体は痺れを訴える。頭の中は、とにかく何とかしなければということでいっぱいで、思考は中々動いてくれなかった。

 授業終了まで残り10分を切った。もう物理的に頭を抱えたくなった時、教室にガラガラとした音を鳴らして、引き戸から先生が入ってきた。


「まだ決まってないのか。お前は真面目な奴だから、大丈夫だと踏んでいたんだが」


「あの。先生、私──」


「せんせーい、言ってやって下さいよ、こいつ全然進めようとしないんです」


「ん? そうなのか。お前はどうなんだ、佐藤」


「俺は悪くないっすよ。コイツが『私が決めるから、佐藤君は座ってていいよー』って言ったから」


「……え。私そんなこと、ひと言も──」


「おい、霜月どうなってる」


 一段と低くなる声。上から見下ろされる冷酷な眼差しは、喉をヒュッとさせた。そのまま言葉を発せずにいたのを見て、先生は失望が籠った呟きと共にクラスメイトを前に高らかな声で話した。


「……ハァ。これじゃ、話にならないな。

 お前ら。精々、霜月のようにならないようにな。ホラ吹きは嫌われるぞー」


 教室全体に響くクスクスとした笑い声。小声なら気付かれないと平気で呟かれる嫌味。こちらの状況には興味が無さそうに机に突っ伏して寝る者。そして、呆れ顔をしながら何事も無かったように進める教師。この時も椅子に座っていた学級委員さとうの顔は、もう思い出したくも無かった。


 いつの間にか日は傾いて、私は家に居た。玄関で、ぼーっと立っていた所を母親に催促されて、とりあえずシャワーを浴びる。満タンの浴槽に入り、ぬるいお湯に全身で浸かる。


「全部、忘れよう。忘れるんだ」


 翌日。いつも通りの朝のルーティンをこなす。眠い目を擦ってベッドから起き上がったら、鏡を見て身支度をする。おはよう、と言って朝食を摂ったら、行ってきますと家を出る。

 道すがら同じ制服を着た学生とすれ違い、友達らしき人達が会話する様子を遠くで眺める。校門を過ぎて上履きに履き替えると、決められた席に着く。いつもはこのタイミングで本を読んでいるが、今日は読む気になれなくて、机に突っ伏していた。あの時のクラスメイトと同じだな、と思いながら。


 1限は国語。とある物語を朗読することになり、席順で読むことになった。私は指で教科書の文章をなぞりながら、自分の番を待つ。こういう発表は特段苦手という訳でも無く、心臓は至って冷静であった。

 前の人が読み終わり、腰を下ろす。それを見た私はスクッと立ち上がって、自分の担当する文章を読もうとした。


「──ッ」


 喉に言葉が、声が引っかかっている。音にして出そうとすれば、それは息に変換されてしまう。頭が真っ白になる中、教師に「どうした」と言われる。続く沈黙を何とかしようと何度も喉に力を込めるが、息が色付くことは無い。

 結局、教師から「もういいや。次の人」と言われて時間切れとなり、私は力が抜けたように座った。


 そして、この現象は次の日にも起きて。


 私は、声を出せなくなった。


* * * * *


 フラッシュバックした記憶で、自身が絶望のどん底にいることを再確認させられる。息を荒くさせながら吸うことしか出来なくなって、数回咳き込む。最初の頃は、ふいに思い出しては泣いていたのだから、これでも良くなってきた方だ。

 やっと呼吸が安定してきた私は念の為、もう1度ゆっくりと深呼吸をする。そのままどうしようかと迷っていたら、脳内に再び、桜花さんの言葉が蘇ってきた。


「満開笑顔で全力で突き進んでいけばOKです、か……」


 液晶画面からでも感じた、彼女の天真爛漫な言動と文字通りの満開の笑顔。その全てが今も色褪せることなく、ずっと頭の中に残り続けて、私を優しく包み込んでいる。

 しかし、心の声はいつだって正直だった。


(……だけど、私には声を届ける資格なんて無い。そんなことは、もうとっくに分かっている筈。なのに、どうしても縋ってしまう……)


 あの時の私に出来なかった諦めないこと。自分を取り戻す為、努力をすること。そして、輝きをこの手で掴むこと。

 それを私が今後の人生を賭けてまで出来るのだろうか。


「だけど、このまま閉じこもっていたら、きっと私は……それなら──」


 意を決して、手元にある薄暗くなった画面をタップして明るくする。

 無意識の内に手は動き、サイトに書かれている募集要項や活動内容といった文言を読み進めて確認すると、ENTRYと書かれた文字をタップする。数秒して開いた募集フォームに、次々と個人情報を入力する。

 その中には家族構成の欄もあって、一瞬、手が止まってしまうが、続けて入力していく。そして、志望理由や特技なども記入し、とうとう最後の質問まで辿り着いた。

 以前、たまたま流れてきた動画にVTuberオーディション応募動画徹底解説、みたいなものを見かけたことがあったので、これから動画を作らないといけないのかと覚悟していたが、どうやら今回は書類だけで無さそうだ。

 少し安心しつつ、より重要となってくる書類に誤字脱字が無いか、ゆっくりとスクロールして最初から確認していく。


「大丈夫、だよね。まずは、応募しないと始まらないし。応募自体はタダだし。

 うん。よし、いくよ……えいっ」


 勢いのまま、1番下にある送信ボタンをポチッと押す。すると、次に出てきた画面には「応募は完了しました。一次審査通過者には×日までにこちらから連絡致します」などと書かれていた。

 開かれていたブラウザを閉じ、スマートフォンの画面を消して机の上に放り投げた。そのまま無意識に畳まれていた膝を伸ばすと、こたつに潜って寝転がる。

 どうやら集中して疲れていたようで、徐々に眠気が襲ってきた。


(少しだけ。30分だけ寝よ)


 そう思っていた私は、いつの間にか昼寝とは言い難い、夕飯の時刻まで眠っていた。


 あれから、1週間が経った。お風呂上がり、SNSをチェックする為にスマートフォンの電源を入れると、新着を知らせる赤い数字がつくアプリを見つけた。

 それを恐る恐る開いてみれば、Project étoileオーディション一次審査通過のお知らせ、と書かれたメールが届いていた。

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2024年12月3日 12:15
2024年12月4日 12:15

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