#19 from you

 Technical Nova-テクニカルノヴァ-の新キャストオーディションを受けてから、2週間が経った。


「合格おめでとう」


 事務所の会議室で待っていると、一ノ瀬さんの入室と同時に、パァンとクラッカーが鳴った。直ぐ近くからも同じ音が聴こえて見てみると、夏樹もクラッカーを持って「おぉ」と言いながら紙テープを眺めていた。 

 実はここに来る前にオンライン上で個別に結果を教えてもらったのだが、合格を告げられた名前の中に夏樹はいなかった。その結果には流石の夏樹も落ち込んでいるのではないかと思ったが、本人の行動と表情を見る限り、既に前を向いているようだ。

 一ノ瀬さんは夏樹の方を見て、少し躊躇いながらも、ストレートな言葉を投げかける。


「夏樹は残念だったね。受けた役が元々、夏樹とは正反対のあまり感情を出さない淡々としたキャラクターだったから難しいかな、とは思ってたけどさ。外で見学してた時も台詞に対してのアプローチが上手く噛み合っていないように見えたし。

 だけど、夏樹の場合は演じる側と役でぴったりハマれたら強いと思うんだ。個人的にはそこを狙っていきたいけど……まぁ大事なのは、これからだ。ゆっくりでいい。夏樹のペースで進んでいこう」


「はい。俺も声の仕事を貰えるように、もっと全力で頑張ります!」


「夏樹くんのそのポジティブさ、羨ましいな。僕も頑張らないと」


 日向の言葉に頷きながら、一ノ瀬さんの批評に対して現実の厳しさを感じつつ、力強い声で応えた夏樹の芯の強さを心の中で称賛していまう。こういう部分は私も見習わなければ。

 私はそうして佐藤さんから個別に届いていた収録の日程を改めて見る。新たに埋まったスケジュールに、本当に合格したんだと噛み締めていると、一ノ瀬さんに話しかけられた。


「冬羽、ちょっといいかな?」


 そのまま一ノ瀬さんが席を立ち、彼に続いて廊下に出る。


「これで条件は整った訳だけど。改めて、遥とのラジオの件、どうする?」


 一ノ瀬さんは部屋にいるメンバーに聴こえないように声のトーンを落として告げた。

 あれから、兄はラジオの担当者を含めた偉い人達に交渉して、私の準備が出来次第、一緒にラジオが出来る環境にしようと動いてくれたのだ。そして、話し合いの結果、現在は1人でパーソナリティをしている地上波ラジオをリニューアルし、最短で来年度から2人でラジオが出来るように予定を組んでくれた。

 尚、これがまだ予定であるのは、まず改編期を乗り越える必要があり、兄も妥協すること無く、視聴者と楽しい番組を作っているから。

 しかし、兄は、ただ黙って私を応援し、見守ってくれた。兄妹でラジオが出来る未来を信じて、待っていてくれた。


(今なら、その期待に応えられる)


 私は一ノ瀬さんを見上げるようにして、真っ直ぐな視線を返した。


「勿論。やります」


 それを見た一ノ瀬さんは、口角を上げて頷き返した。


「りょーかい。それじゃ、引き受ける旨、先方にも伝えとくね」


 すれ違う最中、肩をポンと叩いて「よし。戻ろっか」と言われて、ドアを開ける。

 そこには頼れる仲間がいた。何かあったのかと心配そうに問うてくる者もいれば、無関心にスマートフォンを弄る者、笑顔で次に向けた作戦を大きな独り言で話す者。といったように三者三様の姿を見せている。

 最初の頃は置いていかれないように必死だったが、最近はちゃんと馴染めているのだろうかという不安が勝ってしまう。だけど、それはユニットとして活動する上では永遠の課題で、その気持ちを取り除くのは無理なのかもしれない。

 しかし、私達なら大丈夫。万が一、光を失ったとしても、きっと立ち直れる。そんな根拠が無い自信も光に変えられる筈だ。


 それから、日が経ち。ラジオの公式SNSでリニューアルについてのお知らせがされて、少しずつ実感が湧いてくる中、例の件について話す日も刻々と近付いてきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る