#20 声を届けるお仕事です
遥「時刻は22時を回りました。ラジオをお聴きの皆さん、こんばんは。声優の
毎週この時間は『霜月遥のはるかにスゴイラジオ』をお届けして参りましたが、前回お伝えした通り、4月からはリニューアルをさせていただくことになりました。
今回は記念すべきリニューアル初回ということで暖かく見守ってくださると幸いです。それではCMを挟んだ後、スタートです」
もうすぐCMがあける。そうしたら、今までの平穏な日常とは別れを告げることになるだろう。そう考えれば考える程、止まらない冷や汗と手の震えに私は頭を項垂れて、固く目を瞑る。
兄はその様子に気付いたようで、机の上に手を伸ばして私の視界ぎりぎりの所を指先でトントンとする。その音に反応して顔を上げてみると、穏やかな笑みを浮かべていた。
「俺がいるから。大丈夫」
私は、その言葉に応える代わりにコクンと頷く。そして、自身を安心させるように膝に置かれた己の右手に左手を重ねて、ぎゅっと握れば、少しだけ心が落ち着いた。
事前収録した兄の声のジングルが流れ、いよいよラジオが始める。
遥「ラジオをお聴きの皆さん。改めまして、こんばんは。パーソナリティを務める声優の霜月遥です。早速ですが、本日から共にラジオをお届けする新たなパーソナリティを紹介させてください。それでは、どうぞ」
冬羽「ラジオをお聴きの皆さん、初めまして。声優事務所ダイヤモンドダスト所属。Project étoileよりé4clat(エクラ)のいうユニットに参加しています。
遥「それじゃ。自己紹介も済んだ所で、初回から重大発表をさせてもらいます」
冬羽「はい」
遥「これについては、とっくに気付いている人もいるかもしれないけど。まぁ茶番に付き合ってください。
では、発表します。実は俺達は──」
♪(ドラムロールのSEが流れる)
遥・冬羽「「実の兄妹です」」
冬羽「はい。嘘では無く、リアルの兄妹です。諸事情ありまして、今まで公表を見送っていましたが、満を持してラジオで発表されていただくことになりました」
遥「あー、やっと言えてスッキリした。冬羽が活動始めるってなった時、色々と話し合いがあってさ。元マネさん……今はProject étoileのプロデューサーしてるんだけど、その人とも話して、結局、暫くは公表しないことに決まって。
で、これまた話せない裏事情もあったりして。でも、それが上手くいったから、今に至った訳だけど。
そういえば、最近はSNSで『2人って、苗字同じだし、話す雰囲気も似てる』とか言われ出したよな」
冬羽「うん。私もそういうコメントを見てたから、ずっとソワソワしてた。そういうのが出始めたのが公表を決めてからだったから、今更言うのを止める訳にもいかなくて。だから、言うことの恐怖より、ちゃんと受け止めてもらえるか、って心配でいっぱいだった。
だけど、デビューしてからこの日を迎えるまで約1年間。苦しいことも沢山あったけど、バーチャルの世界に飛び込んでから、世界がこんなにも色鮮やかなことに気付けた。
側には私を信じてくれる人がいて。頼もしい仲間とライバルがいて。永遠の憧れで、尊敬する人がいて。お陰で自信もちょっとだけ付いて。そんな、なりたかった自分に近付けた今なら、公表出来るって思えたから。
改めて、このラジオをお聴きのリスナーの皆さん。どうか私の覚悟と共に、この気持ちが届いていたら嬉しいです……勿論、無理にはとは言いません。私を気に入らなかったら、そっとブロックなりミュートなりしてもらえると。
あっ。流石に誹謗中傷は法的手段に出ますからね」
遥「……フッ。やっと、いつもの調子が出てきたな。改めて、お前とラジオが出来て良かった。これからも宜しく、冬羽」
冬羽「うん。こちらこそ、宜しくお願いします」
遥「ということで、始めて参りましょう。霜月遥と」
冬羽「霜月冬羽の」
遥・冬羽「「異次元on-line RADIO」」
遥「この番組は株式会社Magical Daysの提供でお送りします」
漠然とした不安は自分が思っていたよりも、あっさりと終わりを告げて。
ラジオは、それからも滞りなく進み、次のコーナーに移る。
遥「まずは、このコーナーから。『リスナーon-line』リスナーからの質問、メッセージを紹介するふつおたのコーナーです。
それじゃ、1通目。ラジオネーム『いか焼き865号』。
『パーソナリティのおふたり、こんばんは。ラジオリニューアル初回、おめでとうございます。このお便りを書いている今は、もう1人のパーソナリティの方は発表されていないので、こちらもドキドキしています。でも、リニューアル前のラジオで遥さんが言っていた『楽しい時間になること間違いなし』という言葉。まさに、その通りだと思います。その為にも私は残業せずに帰らないとですね(笑)。
最後に質問です。今後、おふたりがラジオでやってみたいことはありますか?
季節の変わり目ですので、くれぐれも体調にはお気をつけください。これからも応援しています』ってことで、ラジオでやってみたいことか。冬羽は何かある?」
冬羽「そう、だね。普段はバーチャル空間で姿を映して活動してるから、今みたいに声だけで伝えることにもっと挑戦したいかな。例えば、お便りを読むこともだし、演技も興味あるかも」
遥「演技か。なら、企画が沢山出来そうだな。リスナーから短めの脚本募集してボイスドラマやってみるのもいいし、後は前にゲスト有りでやった企画。あれ、面白かったよな。リアクションだけでリスナーに嘘を見破ってもらう奴……って言うか、お前変わったな。前まで、あれやりたいこれやりたいって言わないタイプだったろ」
冬羽「それは質問されたから、って言うのもあるけど。あのね、おに……遥。私は遥とは違って、何処にでもいる普通の人間だけど、夢を叶える為に必死に変わろうと頑張ってるから」
遥「あ、もしかして地雷?」
冬羽「まっさかー、ハハッ」
遥「いや。絶対そうだろ、な?」
冬羽「それでは続いてのお便り紹介していきましょう。遥ー」
遥「無視、ね……お前はそのままでも充分目指せるけど」
冬羽「ん、何か言った?」
遥「はいはい、今紹介しますよ。次は、ラジオネーム『つやつやアルパカ』からいただきました───」
最後までテンポ良く繰り広げられていく、たわいも無い兄妹の会話。
こうして仕事の場ではあるが、会話をしていると分かってくる。私達の間には、いつの間か距離が出来ていて、歳を重ねていく毎に近付いたり離れたりを繰り返していたこと。そして、それは私にとって小さい頃からあった天才の妹というレッテルで、やっと1人の人間として、見つけた輝きに手を伸ばそうと
この苦しみも、いつかは愛しく思える日がくるのだろうか。いや、そうなっていたい。
その時も、またこうやって兄の隣で声を届けられたら、いいな。
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