第2章
#21 悩みは森の中
これは、兄妹でラジオを始める前。私、霜月
「うわっ、最悪。早く家に……って、あー、刺されちゃった。やっぱり、ここの動線悪いか。もう伐採しよ」
そう言って、手持ちの道具を斧に切り替えてトントンとリズムよくボタンを押す。切れ込みが入った幹は倒れて、一瞬で木材のアイテムに変わった。更にドロップしたのは滅多に取れない素材だ。これで、ずっと欲しかった家具が作れる。私は忘れずにアイテムを鞄に入れて、持ち物整理の為に一度、家に戻ることにした。
現在、大人気のゲーム。『どんと来い! 妖精の森』は、妖精島に迷い込んだ人間の
先程まで私はアイテム欲しさに木を揺すっていたのだが、運悪く蜂の巣が落ちてきて、急いで逃げた。しかし、敢えなく捕まってしまったプレイヤーの顔は腫れている。確か薬を買っておいた筈だと棚を開け、お目当ての物を見つけて鞄に仕舞う。
そして、外に出ようとドアを開けた所で、コメント欄に黄色の帯が流れてきた。
「ひょっこり大魔人さん、『蜂に刺された薬代』ありがとうございます。リスナーさんのお金はゲーム内で換金出来ないのに、貰ってもいいんですか。じゃ、その代わりに現実世界の風邪薬でも買い足しておきますね」
そう言っていると、間髪入れずに水色の帯も流れてきた。
「緑茶豆腐さん、『夏樹くん10万人突破したし、次は冬羽ちゃんの番! 早くユニット全員の3D見たいな』ということで、ありがとうございます……んー、めでたいですけど。折角だし、この話します? 私だけチャンネル登録10万人を達成出来ていない件……『別に触れなくても』……でも、夏樹の10万人は、お祝いしたいじゃないですか。まぁ、次の日には自分と比べて落ち込みましたけど……同じユニットですし、嫌でも意識しますよ」
広場に着くと、私はコントローラーを握り直す。手持ちをジョウロに切り替えて、綺麗に咲いている花々に水を撒きながら、話を続ける。
「皆んな、伸びるべくして伸びましたから。
ほら。日向はダンス解説にファッション講座。玲は持ち前の声を活かしたASMRと弾き語り。夏樹は最近、日向から教えてもらったFPSゲームで大会初出場で優勝。これきっかけで、一気に10万人も達成して。
これは流石に後方同期面させてもらっても、いいんじゃないですか。
『冬羽ちゃんも最近は耐久配信頑張ってる』は、は余計です。これでもデビューから、ずっーと頑張ってますよ。
『歌動画のイラスト凄かったじゃん』って? 玲のことですよね。沢山の人達に見てもらえてるようで、有り難い限りです。同じユニットとはいえ、ちゃんと報酬貰ってますから、気合い充分で挑ませていただきました……前のコラボのイラストは好きで描いた奴なので、金銭は発生してないですね。でも、この件でイラスト褒めてもらって自信付きましたし、少しは認めてもらえたのかなー、とは思ってます」
花壇の世話が終わって、ひと息つこうと、膝の上にコントローラーを置く。そしてコップに口を付けて水分補給を済ませて、再びコントローラーを握る。
「とにかく。ユニットで活動してる以上は、どうしても焦りますよね。
『他人事で草』そうなんですよ。最近、すっかり諦めモードに突入したというか。そういう感じが、きっと駄目なんですよね。自分のこととして捉えなくちゃいけないのに、こう、別のこととして置いとくというか、考えちゃうの。
だけど、その姿勢を変に崩すのもどうかと思っていて……あ。この家具出来るじゃん。よし……それで、崩しちゃったら、私が私じゃなくなる気がするんですよね。
なので、暫くは自分が本当にやりたいことを探しつつも、もっと多くの人の目に留まるようにはしないと。配信するペースも増やしたいし。けど、最近は収録が多くて。いや、有り難いですよ。問題は自己管理が上手く出来なくてですねー。よいしょ」
自分の不甲斐無さを目の前にある岩を砕いて消化する。これでは10万登録など夢のまた夢だな、と思っていた時、コメント欄に青色で書かれた名前が流れた。
春風日向『冬羽ちゃん、おはよー。今日も早起きだね』
「あ、日向だ。おはよ。今日も朝活成功したよ。とは言っても、まだ眠たいけどね」
実は先程も欠伸を噛み殺していたので、気付かれていなければいいなと思いながら、返事を返す。このように日向は度々、私の配信を見ているようで、コメントもしてくれる。
その流れのまま、朝ご飯を食べたかという話になり、私は漬け物を食べたと話をしていると、のんびりと流れるコメントの中に珍しい名前が見えた。
Mele『おっ。カブの話〜? 私の島、高いけど、今から来る?』
「えっ。メレさん。いいんですか、お邪魔しても」
彼女は歌手活動を中心に行なう、Project étoile1期生のMele(メレ)さん。
文字からも伝わってくる物腰柔らかな話し方に、のほほんとした雰囲気を纏っている彼女だが、歌唱している時の心に響いてくる歌声を聴けば、誰もが虜になってしまうこと間違い無しだろう。
私はチャット上で挨拶しただけで、まだ直接的な絡みは無いが、先日あったライブのチケットを一ノ瀬さんから勉強になるからと貰い、観に行った時に彼女の凄さを実感したばかりであった。
「ちょっと待ってください。今、準備します」
急いで家に戻って、渾身のプレゼントにラッピングを済ませる。それを鞄にあることを確認して、私はメレさんが待つ島へと向かった。
そして、この思わぬ出来事がきっかけとなり、改めて後日、私はメレさんからコラボの誘いを受けたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます