#18 from me

 考えに詰まった時はカフェでひと休み。それは、すっかり私の中でルーティーン化されつつある。本当はテレビで紹介されていた店にでも行きたかった……なんて、そもそも田園に囲まれた田舎の交通網は非常に悪い。

 自転車を漕いで着いたのは有名店では無く、片道10分のお気に入りの喫茶店だった。

 扉を開ければ、ドアベルがカランコロンと来店を知らせる。座り直す度にキシッと鳴る椅子に腰掛ける婆ちゃんに会釈をして、そのついでに頼むのは昔ながらのプリンだ。

 誰も居ないのを見て、贅沢にテーブル席を陣取って待つ。そのまま、ぼーっとしていると、注文した品物が到着した。いただきます、と言ってスプーンで掬った時の感覚に手応えを感じながら口に運ぶ。咀嚼する度に広がる控えめな甘さと後を追ってくるほろ苦いカラメル。この味を超える物に私は出会ったことが無い。

 何度食べても飽きない世界1の美味を満喫し、悩みも忘れてきた頃、スマートフォンが震えた。後で確認すれば良いかと思って、無視していると、今度は連続でバイブレーションが鳴った。画面を見てみると、発信主は兄だ。

 正直、メッセージから電話のパターンはこれまでも無かった訳では無いので、何となく予想は付いていた。が、だからと言って無視したと思われるのは非常に心外だ。

 早々に諦めて電話に出ると、兄はいきなり「大事な話がある」と切り出してきた。話す雰囲気からして、真面目な話だと感じ取った私は伝えた。


「ちょっとごめん。外に居るから、掛け直してもいい?」


 兄からの了承を貰い、一旦電話を切った私はプリンを急いで食べて会計を済ませる。

 店先に停めて置いた自転車に跨り、爆速で漕いで自室に戻って掛け直すと、開口一番に謝られた。


「突然掛けてしまってすまない。やっぱり、今しかないと思って」


「別にこっちは、いつでも大丈夫だけど。それで、大切な話って何」


 兄の普段より気落ちした声に少し心配になりながら話を進める。


「実は今度、地上波でラジオやらせて貰えることになったんだけど」


「へぇー、おめでとう」


 私は率直に祝福する言葉を述べた。確かにラジオのパーソナリティは大切な話だ。以前からネットラジオはしていた筈だから、兄にとっては念願の地上波ラジオだろう。それが叶うのなら、こちらも喜ばしい。


「ん。それで、この前の打ち合わせで家族の話題になって『霜月君の妹がデビューしたって本当?』って言われたんだ」


「待って。その情報は一体何処から……」


「あぁ。誰から聞いたとは言って無かったけど、大体検討はついてる。

 この前、ついにソロラジオでも、しでかしやがったってマネージャーも嘆いてたし、同じスタッフの人だし……恐らく桜花さんだろうな」


「あー。そう言えば、あったね。そんなこと」


 それはデビューが発表される前。桜花サキさんのソロラジオのエンディングトークで、まだ時間はあり、話している最中だというのに音声が切られた回。

 リスナーは問題にならないよう、話題にしていなかったが、のちに絶対に話すなと言われていた後輩のデビューについて漏らしてしまったことが判明し、ラジオとSNSで謝ったことで伝説の事故回として、ネットニュースにもなった。

 私はリアルタイムで聴けておらず、一ノ瀬さんから情報管理が甘かったと謝られた。

 後にタイムフリーで聴いてみると、思っていた以上に存在を匂わせていたこともあり、それも初配信でドキドキしていた原因であった。


「それはともかく。打ち合わせで言われたんだ。だったら、一緒にラジオをしてみたら面白いんじゃないかって」


 雲行きが怪しくなってきた、と思った瞬間、少し間を置いて、口にした。


「冬羽。一緒にラジオのパーソナリティをしないか」


 困惑。それ以外の言葉が思いつかなかった。私は電話越しに絶句したまま立ち尽くしていると、続けて告げられた言葉に驚いた。なんと、ラジオ番組の提供がテクニカルノヴァを制作している株式会社Magical Daysだというのだ。

 だとしたら、仮にやることになった場合、同じ会社である以上、このままではファンからやらせ疑惑を持たれる可能性がある。


(どうすべき、なんだろう)


 オーディションを取って声優の道を極めるか、ラジオのパーソナリティを選んで潔く妹だと公表するのか。

 心に問いかける。何の為にProject étoileのオーディションを受けて、どんな光景を共に見たいのだろう。

 それを自覚した時、私は我儘であった。なら、すべきことは1つだけだ。


「ごめん。具体的には話せないけど、挑戦してみたいことがあって。今は、それに集中したい。だから」


「──分かった。それじゃ、1つ聞かせてくれ。もしも、また一緒に出来る日が来たら、やってくれるか?」


 きっと叶えられる。そう信じて、私は力強く頷いた。


「うん……その時には是非、やらせて下さい」

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