#17 Nova
7月初旬。
日向とのユニット『アオハル倶楽部』はプロデューサーから正式に認められた。また、予算もついたことで、オリジナル曲の発表と共に活動を開始するという、良きスタートダッシュが切れた。
こうした怒涛の日々の中、他メンバーと比べて緩やかに伸びていく自身の登録者数に一喜一憂していた。勿論、数字を気にしすぎるのも良くないと分かっているが、ユニット活動をしている以上、自分だけが劣っている状況は、やはり気にしてしまう。
そういえば、前々回の耐久配信はアーカイブの再生数も多かったし、また配信してみようかな、と思いながら、私はマネージャーから来ていた連絡を確認する。
『半年記念のグッズ見本が完成しましたので各自確認の程、宜しくお願いします』
添付されているファイルを開いてみると、そこには私でも知っている有名な絵師さんによる書き下ろしイラストで制作されたグッズのサンプル画像が写っていた。缶バッジ、アクリルスタンドといった定番商品から、各メンバーが配信前に流しているオープニング映像をイメージしたTシャツやポーチなど盛りだくさんだ。
まさに神作画と言えるデザインに緩んでしまう頬を抑えながら、しっかりイラストを確認してメッセージを打っていく。
『霜月です。グッズ及びイラストの方、確認しました。問題無いです』
エンターキーを押して返信した私は、ついでにお手洗いに行こうと席を立つ。その時、ポペッとアプリの通知音が鳴った。爆速で佐藤マネージャーから返事が来たのかと思ったが、再度座って画面を見るが、それは違った。
新着マークが付いているチャンネルを移動して表示されたのは、プロデューサーである一ノ瀬さんからのメッセージだった。
* * * * *
「──で、このオーディションどうかな」
後日、収録終わりにお馴染みのメンバーが会議室に集められて渡されたのは『Technical Nova-テクニカルノヴァ-新キャストオーディション』と書かれた資料で、中でも真っ先に反応したのは日向だった。
「えっ。あのテクノヴァ⁉︎」
「うん。そうだよ」
「そんなの嘘だ。ドッキリに決まってるよ……だけど、現実なんだよね?」
こんなにも日向が動揺している姿など見たことが無いが、それもその筈。日向は、このコンテンツの大ファンなのだ。
どうやら、オーディションの1次審査に進んだ後、事務所のことを知らないで面接に挑むのは分が悪いと思い、調べていく中で、テクノヴァに出会ったそうだ。今では、すっかり大好きになったようで、何なら初めて会った時もグッズのタンブラーやタオルを持参し、私に布教もしていたくらいにはハマっていると認識している。
そして、私も訳あって、このコンテンツは既に知っているが、改めて資料に目を通すと、あらすじには、このように書かれていた。
『頂点に立つ「Nova」を選ぶのは貴方だ──』
近未来。毎年、世界各国が集まる機械技術の祭典『Technical Nova』。そこで3連覇を飾ったチームに所属する謎の少年Adam(アダム)は、突如、謎の機械装備TYPE:α(タイプ アルファ)を発表した。それは強制的に個性を特出させるという代物で、噂はあっという間に広がった。一方、裏社会では機械装備が争いの道具として利用されたことが報道されたのをきっかけに『Technical Nova』は長期開催中止の判断を余儀無くされた。
10年が過ぎた現在、機械装備に適応し、覚醒者と呼ばれる者は、ヒエラルキーのトップとして君臨していた。そして、絶対的支配者と呼ばれるようになったAdamは、新たなる機械装備TYPE:β(タイプ ベータ)の発表と『Technical Nova』の復活を宣言する。その新たなる舞台に選んだのは、エンターテイメントだ。
時に演じ、歌い、騙し合い。各国の命運を任された者達は6つの大陸に分かれ、人生の一発逆転を狙い、機械装備を身に付ける。
──さぁ、真の覚醒者よ。銃をマイクに持ち替え、争うがいい。
ページを捲れば、新キャストオーディションの詳細について書かれている。
今回は各大陸に1人ずついるチームの秘書、機械人形TYPE:S(タイプ エス)。募集するのは合計で6名のようだ。補足として『Adamによって、作られた。機械のような話し方が特徴』と記載されている。
「新シーズンからのキャラクターで、かなり重要な役どころになる。これ程、初めての挑戦としてはぴったりな物は無いと思ってね」
一ノ瀬さんは資料から目を離して、ニッコリと笑った。
元々、Technical Nova-テクニカルノヴァ-は数多くのゲーム、ヒット作を生み出した株式会社Magical Daysと私達も所属する声優事務所ダイヤモンドダストがタッグを組むメディアミックスプロジェクトだ。
事務所としては、主にキャスティング面で協力をしている。とはいえ、特にメインチームが決まらなかった場合は容赦なく他の事務所にもオーディションの話が移る、らしい。
そして、今回は一ノ瀬さんからの推薦により、4人に指名でスタジオオーディションの話が来たのだ。調べてみれば、新人の私達がテープオーディションを飛ばして、いきなりスタジオまで行けることが、どれだけ凄いことなのか分かった。こうやって、挑戦する機会を貰えるのも、一ノ瀬さんの営業や信頼あってこそだろう。
まだオーディションは始まっていないのに、既に緊張しながら資料を読み終えると、椅子が引かれる音がした。
その方に目を向ければ、真剣な面持ちの玲がテーブルに手をついて、立ち上がっていた。
「迷う暇など無い。オーディション、受けさせてください」
玲は以前から声優の仕事を懇願していたので、この話は待ちに待ったことだろう。
その熱に浮かされたのか、夏樹と日向も次々に表明する。
「俺もチャレンジしたいです!」
「葵斗くん。僕もやってみたいです」
「OK。冬羽はどうする?」
「私、は……」
その時、私は言葉に詰まって直ぐに答えられなかった。何故なら、テクニカルノヴァのメインチームには兄である霜月遥が担当するキャラクターもいるからだ。
彼はプロの声優で、現在も注目を集める実力派の役者だ。そして、このように言われる程、弛まぬ努力を重ねていたことは冷静に周りを見れるようになった今なら、容易く予想がつく。
だからこそ、この気持ちでは前に進めなかった。
「……すみません。少し考える時間を貰ってもいいですか?」
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