【オフタイム】かき氷
それは7月中旬、とある日のこと。
「収録お疲れ様〜」
「えっ、日向? どうして、ここに……」
私、霜月冬羽はマネージャーさんに呼ばれて声優事務所ダイヤモンドダストでサインを書き終えた後、紙コップに入ったお茶を啜っていた。そして、先程までは事務所内にあるスタジオにて、秋頃発売予定のボイス収録を終えたばかりであった。
因みにマネージャーさんによると、これでも収録タイミングとしては遅いらしい。が、結局ボイス販売をしなければ、発注した特典イラストが無駄になってしまう。それに声の調子に左右されて中々収録が出来ないこともあるので、何事も早め早めの行動は大切なのだ。
また、今回は事前にスタジオで収録しようという話になっており、その上で他の人で予約が埋まっていたので仕方なかったという事情もある。
しかしながら、既に日向はスケジュールの都合上、ボイス収録は終えている筈。何故、ここにいるのか気になり、聞いていいのか迷っていると、彼の方から話してくれた。
「共有スケジュールに、冬羽ちゃんが今日収録で事務所にいる、って書いてあったから来ちゃった。それでね、冬羽ちゃん。この後暇?」
丸テーブルの上で身を乗り出し、顔を近付けてくる日向にびっくりして、条件反射で顔を遠避ける。
「……暇ではあるけど」
ぽつりと呟くと、日向はニッコリしながら私の腕を掴んだ。
「じゃ、行こっ」
「ちょっと日向! 分かったから、腕、離して欲しい──」
結局、日向には腕を離してもらえないまま、電車に飛び乗る。1度、乗り継ぎして着いた先は、お洒落で清涼感があるカフェのような場所だった。
「到着〜。ここ来てみたかったんだよね。夏季限定でかき氷を出してるんだ」
「そうなんだ……でも、並んでるし、また次の機会にということで」
そう言って離れようとすると、日向はよりガシッと私の腕を掴んだ。
「これくらいの行列なんて、どうってことないよ。それに冬羽ちゃんと一緒なら、あっという間だから。行こ」
日向が無理矢理でも引っ張って行こうとする所を抵抗して突っ立っていると、彼はいきなり掴んでいた腕を離し、スッと私の目の前に手を差し出した。まるでエスコートするかのような急な行動に戸惑っていると、日向はムッとして私の手を無理矢理にでも掴もうとする。
しかし、私はその気配を察知して手を上に横にと避ければ、ムッとした日向が一歩、前に出てきた。
「ここは、微笑みながら手を取って仲良く並ぶシーンでしょ」
「いや、違うよ。そもそもだけど、別に私達は恋人とか、そういうのじゃないし」
「じゃ、なんなのさ」
再び近付いてきた日向に対して、思わず後ずさると、事務所の時とは違って、その先を求めてくるように更に距離を近付ける。
私は今までに無い日向の行動に動揺しながらも、脳内から必死に言葉を集めて、口にした。
「同じ職場の同僚?」
「そうだけど、せめて友達でしょ。
もう分かったよ。手は繋がないであげる……今はね」
「ん、なんか言った?」
「何でもない。とりあえず並ぼう。こうしてる間に氷が溶けちゃう」
日向は強張っていた表情から、少しだけ眉を下げて寂しそうにしていたように見えたが、直ぐに口角を上げて催促をしてきた。
「流石に注文取ってから作ると思うけど」
「つべこべ言わずにさっさと並ぶ。ほら早く」
日向に両手で背中をぐいぐいと押されながら、私達は、やっと列の最終尾に並んだ。
既に満足そうな笑みを浮かべて、スマートフォンで店のメニューを開いた日向は、どれにしようかと悩み始めていた。
まるで気まぐれな猫みたいだな、と思いながら、私も店名を検索し、小腹を満たせそうな物を探すのだった。
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