【昔むかし】日向の記憶

 これは、僕がVTuberデビューする前。とあるレッスン終了後のことだ。


 先生から出してもらった課題が上手くいかずに落ち込んでいた僕は先生にお願いして、レッスンの延長をお願いした。

 しかし、先生にはこの後、予定があって叶わなかったが、レッスンルームは引き続き使わせてもらえることになったのだ。

 一部始終を見ていた冬羽ちゃんは「私も一緒に練習してもいい?」と言ってきたので、それを了承した。そして、彼女が離れた所で動画を見ながら振り付けを確認しているのを横目に、僕は自分の課題に集中する。


(──ラスサビは周りも意識して。リズムは速くなり過ぎないように──)


 歌を口ずさみながら慎重に。そして、大胆にステップを踏む。

 特にダンスはフォーメーションダンスとなると難易度が上がる。ソロとは違う新たな刺激もあって楽しいけど、やっぱり歌いながら踊る難しさを痛感していた。

 歌に集中すれば、フォーメーションを入れ替える時に体がぶつかってしまい、ダンスに集中すれば、歌が棒読みになってしまう。と、中々上手くいかなかった。先生からは、これでもよく動けている方だと褒めてもらったけど、僕には負けられない理由がある。

 それは取材や収録といったハードスケジュールをこなしながらレッスンも続けている天倉あまくら 夏樹なつきくんと宮秋みやあき れいくんだ。彼等から共有された動画を見た瞬間、溢れ出すオーラと初心者とは思えない圧倒的なパフォーマンスに驚きを隠せなかった。スターとは、このような人達を指すのだろう。

 それでも一応、プロデューサーである一ノ瀬 葵斗あおとくんからダンス担当を任せてもらったんだし、期待に応える為にも、ここで折れる訳にいかない。

 僕はレッスン中に先生にスマホで録画してもらった映像を見て、細かく動きをチェックしていく。


(……うーん。やっぱり、このタイミングでズレちゃうな)


「どうしよ」


 意図せず口から出てしまった言葉で、僕は追い詰められていたことを知った。

 それを意識してしまうと、どんどん気持ちが暗くなってきて、少しずつ涙が滲み始めた頃、彼女の声が響いた。


「あの。良かったら、これどうぞ。知り合いから大量に貰ったんですけど、食べ切れなくて。糖分補給にでも、どうですか」


 冬羽ちゃんから差し出されたのは、ポップ調の包装紙に包まれた四角い小さなチョコレート。それを受け取った僕は感謝を述べた。


「ありがとう。それじゃあ、1つ貰っちゃおうかな」


 包装を優しく剥がして、口内に放り込む。噛んだ瞬間、もちもちとした食感と口の中にほんのりと広がる甘さに虜になってしまいそうだ。

 そんな初めての感覚に浸っていると、冬羽ちゃんが躊躇いながら「春風さん」と呼んだ。


「迷惑かもしれないですけど、その。伝えたいことがあって」


「なぁに。何でも言って」


 何だろうと思いながら、笑顔で聞き返す。


「はい……春風さん、いつもニコニコしてて疲れないのかなって、思って。ダンスしてる時も歌ってる時も。

 後、こうやって私と話している時もずっとそうだから、もしも辛いと思っているなら、せめて私と一緒にいる時ぐらいは無理しなくてもいいと伝えたくて」


「そんな、無理してる訳じゃ……」


「分かってます。春風さんは作り笑いをしてるんじゃなくて、ちゃんと心の底から笑顔でいる時の方が多いことは。

 でも、どうしても伝えたかったんです。私は、たとえ春風さんが笑顔でいられなくても、ありのままの春風さんも好きだって」


『日向は世界で1番可愛くてカッコいいオンリーワンの存在で、自慢の弟だよ』


 ふと姉から貰っていた手紙の言葉がフラッシュバックして、つい思ってしまう。

 お姉ちゃんが今も生きていたなら、こんな言葉を掛けてくれたのだろうか、と。

 僕は勝手に冬羽ちゃんの言葉に重ねて、お姉ちゃんの面影を探してしまっていた。勿論、亡くなった年数を数えても彼女に生まれ変わっているなんて有り得ないし、ましてや魂が乗り移ったとも考えられないけど。

 それでも僕は眩しい光に当てられてしまう。


「……これってさ、もしかして僕への告白?」


 妖しい微笑みを浮かべながら、揶揄うように言うと、冬羽ちゃんはポッと顔を赤くした。


「ち、違います。これは、あくまで春風さんのことを人間として好いているという意味であって、決して愛してるとか」


「え〜、僕のこと愛してくれてるんだ。照れちゃうな。でも、その気持ちには残念ながら応えられないかも」


「だから、そうじゃなくて──」


「分かってる、分かってる。Loveじゃなくて、Likeね。つまりは僕のことが好きってこと」


「まぁ。そう、かもしれない、ですけど……」


 最後はしどろもどろになりながらも想いを伝えてくれた冬羽ちゃんは、照れてしまったのかプイッと顔を背けた。


(……そっか。皆んなが思う春風日向じゃなくて。ありのままの僕が描く春風日向で、生きていいんだ)


 この瞬間、僕に絡まっていた呪いのことばは、新たなに現れた光によって、解くことが出来た。

 そして、イマイチパッとしないと言われていた僕のパフォーマンスも徐々に向上したことで、この想いは確信に変わった。


「冬羽ちゃん。僕と2人でユニット組まない?」

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