#11 ここから、君と

「とりあえず、深呼吸……スゥ……ハァー」


 初配信当日。私は緊張で落ち着いていられず、パソコンの周りをぐるぐると歩いていた。

 今は3番目の日向が配信をしており、私は4番目。つまり、初配信リレーのアンカーとなる時間が迫っているのだ。しかし、これでも数分前までプロデューサーを務めている一ノ瀬さんが様子を見に来て、励ましの言葉をくれたおかげで、だいぶマシになった方だ。

 また、寧ろ心配なのは初配信以降である。今日は次の日にスタジオでの収録とデビュー関連の取材があった為、特別に事務所内にあるスタジオで配信をしているが、今後は家から配信を行なわなければいけないのだ。果たして、ド田舎でもインターネット回線が正常に動いてくれるのだろうか。

 そんな余計な心配をしつつ、スマートフォンで時間を確認すると、そろそろオープニング映像を流す時間になっていた。私はパソコンの前にそそくさと座り、震える手でマウスを握る。


(大丈夫。これまで沢山レッスンしてきたし、一ノ瀬さんや佐藤さんにも「大丈夫だ」って言ってもらえた。ユニットの皆も頑張ってる。だから今は、自分自身を信じて進むだけだ──)


 未だに震える右手に左手を重ねながら、ゆっくりとマウスポインタを移動させる。そして、フゥと短く息を吐き、私は配信開始ボタンを押した。


 画面には特注のオリジナルアニメーションで描かれたオープニング映像が流れる。

 数々のネオンライト看板が光る、閑散とした街を深くフードを被った人物が歩く。最後にはユニットメンバーの影が地面に映った所で映像は終わる。そして、蒼い羽が舞う場面転換を挟んで、私の姿が映った。

 瞳はサファイアのように蒼く、肩まである寒色の髪は見ているだけで癒されるだろう。

 また、ドキドキと高鳴る鼓動は兄から貰ったネックレスが気持ちを落ち着かせてくれて、重い口を開くきっかけをくれた。


「冬空に舞い降りた1枚の羽。声優事務所ダイヤモンドダスト所属、Project étoileよりデビューしました。é4clat(エクラ)のサファイア担当。霜月しもつき冬羽とわです。何卒、宜しくお願いいたします。

 今回は初配信ということで、私の得意なことの1つであるイラストを交えながら、自己紹介をしていけたらと思います。

 ……沢山のコメント、ありがとうございます。『声好きかも』『ビジュかっこいい』

 そんなに褒めてもらえると思っていなかったので凄く嬉しいです。見てくれて、聴いてくれてありがとうございます。

 それでは気を取り直して。のんびりと参りましょうか──」


 時計の針は進み、事前に用意した台本をチラッと確認すると、すっかり配信も終盤に近付いてきていた。今の所、機材トラブルも起きていないし、心配していた霜月しもつきはるかに関するコメントも無い。

 内心良かった、と思いながら、いよいよ最後のコーナーに移る。


「では、質問回答はここまでにして、最後に皆さんお待ちかねの告知タイムに移りましょうか。1つ目は私が所属するユニット、é4clat(エクラ)からのお知らせです。

 なんと……⚪︎月×日20時。Project étoile公式チャンネルにて、初コラボ生配信を行なうことが決定しました。出演者は勿論、天倉あまくら夏樹なつき宮秋みやあきれい春風はるかぜ日向ひなた、そして私、霜月冬羽の4名でお届けします。

 デビュー前のマル秘トークや初生歌唱など、企画も盛りだくさん。更に初解禁の情報もあるかも、ということで、是非、ご視聴ください。

 ──ふぅ。良かった。ちゃんと言えた。ここ噛まずに言えるか、ずっと心配だったんです。だって、初解禁の情報じゃないですか」


コメント

:『生歌聴けるってマジ』

:『わ〜! お歌楽しみです!』

:『デビュー前エピソード気になる』

:『早くサキちゃとの絡み見たいなー』

:『ひなたくんは噛みまくりだったね笑』


「チャット欄の流れが速い……えっと、コメントありがとうございます。日向は、ものすごく緊張してるって言ってたので、沢山褒めてもらえた方がきっと日向も喜ぶと思います。

 『呼び捨てなんだね』それはメンバーから敬語無しで呼び捨てでいいよ、と言ってもらえたので、そうしてます。

 ……そろそろ終了のお時間ですね。ここまでのご視聴ありがとうございました。

 この時間、お届けいたしましたのは霜月冬羽でした。おやすみなさい。いってらっしゃい。今日も明日も素敵な日になりますように」


 そう言って、エンディングを流し終わると、配信終了ボタンをクリックする。念の為、パソコンの電源を切って、手持ちのスマートフォンで自分のチャンネルを確認する。


「終わってる、よね」


 配信の切り忘れをしていないことに安堵し、デスクにスマートフォンを置くと、椅子に座ったまま背伸びをして、体から声にならない悲鳴が上がった。

 緊張で凝り固まった肩を揉みながら、暫くの間ぼーっと座っていると、背後にある扉が急にドンッと音を立てて開いた。


「「お疲れ様」」


 振り返った私の瞳に映ったのは、揃って笑顔で飛び込んできた夏樹と日向。彼等の1歩後ろで、むすっとした表情でこちらを見つめている玲。更にその後ろから、一ノ瀬さんがひと言「お疲れ」と言って、ひょこっと顔を出してきた。


「え……どうしてここに。皆んな、自宅で配信してる筈じゃ」


 戸惑いながら疑問を口にすると、日向から順に口を開いた。


「僕はね、事務所近くのアパートにお引っ越ししたんだ」


「オレ達も事務所の近くに配信する用の部屋、借りたんだよなっ、玲」


「あぁ。部屋を分けた方がプライベートと仕事の区別が付いてハリが出る」


 彼等が配信を始めるにあたって引っ越しをしたという話は以前、雑談をしていた時に知ってたが、まさか事務所から徒歩圏内の場所だったとは驚きだ。

 また、一ノ瀬さんは初配信中、どうしていたのかというと、事務所のデスクでずっと見守ってくれていたらしく、2時間ドキドキしっぱなしだったとのことだ。

 そんな一ノ瀬さんは話の切れ目を伺って、改めて、労いの言葉をかけた。


「いや〜、改めて。夏樹、玲、日向、冬羽。初配信お疲れ様。ところで、4人共。こっちに来てもらってもいいかな」


 そう言って、一ノ瀬さんが私達を別室に連れて行った先には、予想外の光景が広がっていた。


「じゃ〜ん。びっくりした? 初配信も終わったことだし、簡単に打ち上げでもしようかなと思って用意したんだ」


 テーブルにはコンビニで仕入れてきたであろう、様々なお菓子とジュースが並んでいて、中には私の好きなお菓子も置かれてあった。

 各々が嬉々として紙コップを手に取り、飲み物を注ぎ始める。私もオレンジジュースを注ごうとペットボトルを開けようとした時、横から手が伸びてペットボトルごと取られる。


「貸せ。開けてやる」


「……ありがとう。玲」


 玲がキャップを捻って開けると、自身の紙コップに注いだ後、私にも注いでくれた。

 正直言って、玲との距離感は未だに掴めていない。最初の頃は嫌われてしまったのではないかと考えたこともあった。しかし、彼が本当に私のことを嫌いだと思っているならば、彼ならユニットから外して欲しいと素直に伝えるだろし、こうやって何気ない会話が出来る内は大丈夫だと思いながら過ごしている。

 だけど、いつかはちゃんと話したい。ユニットとしてだけで無く、1人の友人として、だ。


 特に乾杯の音頭も無い為、私はオレンジジュースを口に運び、すっかりカラカラになってしまった喉を潤す。甘い液体は一気に体に染み渡り、その勢いでお菓子の包みを剥がして、口に頬張った。

 皆も思い思いに飲んだり食べたりなど、賑やか雰囲気が流れ始めた頃、一ノ瀬さんが思い出したように口を開いた。


「そういえば、君達に新しい仕事のオファーが来てるんだ。桜花サキがパーソナリティのラジオなんだけど……」


 突然の大先輩、桜花サキという名前と彼女がパーソナリティを務めるラジオへのゲスト出演という言葉を聴き、私は思わずお菓子を喉に詰まらせそうになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る