#10 仲間でライバル

 当日、某駅前。私は待ち合わせ場所に集合時間の10分前に到着した。着くのが遅いかと思ったが、今となっては早かったかもと少し後悔をしている。

 すると、花壇の近くに立っている、スラッとした高身長の男性が目に入った。黒の革ジャンを着た彼は、これまた黒のサングラスを掛けて、スマートフォンを弄っている。

 もしかして、と思いつつも、私は当初の計画通りにスマホのトークアプリを開いて、メッセージを送る。


『到着しました。目印ですが、スマホに猫のストラップを付けてます。写真も送りますね』


『俺も着いた。黒のサングラスを掛けている』


『もうちょっとで着くから待っててね』


『俺もだ!!!!!』


 今居る場所が分かるように写真を撮って、アプリに送りつつ、無事集合出来そうなことに安堵する。 

 しかしながら、あのサングラスを掛けた人が玲であることがほぼ確定した今、どうすべきか迷ってしまう。

 間違えてしまったら怖いし、とりあえずは他の人が合流してからでいいかと考えて、再びスマホに目を向けた時だった。


「失礼。霜月しもつき 冬羽とわか」


 耳にはロックな服装とは真逆の聞き覚えがある声が流れる。繊細な発音にクリスタルのようなこの声は、間違い無く宮秋みやあき れいだ。

 私は実際の声が機械から聞こえていた以上に美しかったことに動揺して、言い淀んでしまい、思わず強い口調で返す。


「違ったら、どうするつもりだったんですか」


「そんなの謝罪すれば、いいだけだ。それより、敬語を止めろ」


「だけど、その。初めてのミーティングの際、非常に不快な思いをさせてしまい……」


 そう言った私にフッと笑った玲は、見下すような視線を送った。


「まさか、俺がまだ根に持っていると? それは無い。既に終わったことだから、お前も余り気にするな」


「宮秋さん……」


「さん付けも止めろ。お前、最近は日向に指摘されて、普通に呼び捨てで呼んでただろ」


 そんなたわいも無い話をしていると、背後から明るい声と共に、ふわりと小さな男の子が抱きついてきた。


「おはよ〜」


 その声に反応して首を横に動かすと、丁度顔を上げた春風はるかぜ 日向ひなたと目が合う。いつも彼は、ほんのりと柑橘系の匂いを纏っていて、最初は香水の匂いが苦手だった私もすっかり慣れていた。

 その様子を間違って見てしまったとばかりに宮秋さんはフイッと顔を背けて、遠くの景色を見ていた。誤解を招きかねないと焦って、彼の腕を剥がして振り返ると、悪戯が上手くいった言わんばかりに小悪魔のような笑みを浮かべていた。


 約束の時間から10分が経過した。夏樹はまだ姿を現さず、連絡もあれから来ていない。段々と心配になってきて、幼馴染である宮秋さんに連絡を取ってもらおうと考えていた時、とある声が響いた。


「すまん! 電車間違えた」


 どうやら夏樹は電車の行き先を間違えて乗ってしまったようだ。大声で謝罪の言葉を述べ始めた彼を見て、脳裏には先日、一ノ瀬さんから言われた言葉が浮かんでいた。


『初配信前だから、目立つ言動は控えるようにね。特にリアルの身バレに注意だよ」


 恐らく皆、同じことを思い出したようで私達は夏樹を抑えて、急いで目的地に移動した。


* * * * *


「デラックスストロベリーパンケーキ1つ、季節のフルーツパンケーキ1つ、ホイップパンケーキ1つ、デラックスキャラメルパンケーキ1つ、ドリンクは──」


 注文を繰り返した店員さんがぺこりとお辞儀をしてテーブルから離れる。

 どれも美味しそうで悩んでいた中、日向がおすすめしてくれたのは、季節のフルーツパンケーキだった。最初はデラックスの方を推されたが、メニューに載っている写真を見ると、私には食べられないかもしれないと思い、シンプルな方を選んだ。

 他のメンバーも思い思いの品を注文し、一体どんな味なのだろうと、内心わくわくしながらテラス席で待つ。

 すると、春風さんが「そういえば」と口を開いた。


「実は、夏輝くんと玲くんに報告があります」


 春風さんが改まった口調で話し始めたのを見て、天倉さんが疑問符を浮かべる。


「ん、どうした?」


「じ・つ・は〜〜〜」


 鳴っていないドラムロールを錯覚させる程、語尾を伸ばす彼に宮秋さんはハァと息を吐く。そして、春風さんは声を潜めながらも嬉しそうに宣言した。


「──冬羽ちゃんとユニットを組むことになりました!」


 おぉ〜、と拍手をする天倉さんを見ながら、私は春風さんにユニット結成を提案された日のことを思い出していた。


 それは、合格が決まった後。声優事務所ならではのレッスンを共に受ける中、少しずつ春風さんとの距離感も近付き、デビュー前、最後となるレッスンの日、彼から2人でユニットを組まないかと提案されたのだ。


『冬羽ちゃんの隣で、色んな景色を見てみたいんだ。だから、僕と2人でユニット組まない?』


 その話を聞いた時、感無量であった。もしかしたら、余りもの同士の私達だから提案してくれたのかもしれないが、組みたいと求めてくれたことが嬉しかった。

 こうして、私は日向から笑顔で差し出された手を迷うこと無く、力強く握り返したのだ。


 過去の記憶から意識を戻すと、天倉さんが称賛の言葉を送っていた。そして、私に視線を向けて、質問を投げかけた。


「マジか。結成おめでとう! これはSoareの強力なライバル、登場だな。名前は決まったのか?」


「それは、まだ決めてないで──決めてない、んだよね」


「んー、そうか。決まったら、また教えてくれよな」


 うん、と言いながら隣をチラッと見ると、丁度、こちらを見ていた玲と目が合ったが、彼は咳払いをして目線を逸らした。


「そろそろ頼んでた奴も来る頃だし、この話はここまでに──」


「──お待たせいたしました。こちら、デラックスストロベリーパンケーキとなりますー」


 タイミングが良いのか悪いのか、注文したパンケーキが続々と到着し、テーブルに並んでいく。日向は色鮮やかなパンケーキに目を輝かせながら、写真に収めていく。


「おいしそ〜〜! よし。これでいいかな。後で皆んなにも写真共有しとくね。

 あっ、そうだ。折角だし、乾杯しない? 今後の活動のホニャララを願って、みたいな」


「それ、いいな! やるぞ」


「はぁ。こんな場所で盛大に乾杯するものでもないと思うが……しょうがないか」


「それじゃあ、冬羽ちゃんもドリンク持って」


「うん。持ったよ」


 各自がドリンクを持つと、自然と言い出しっぺでもある日向が代表して乾杯の音頭を取る。


「皆んな持ったね。それじゃあ、僕達の新たな出発に乾杯!」


「「「乾杯かんぱ〜い」」」


 日向に続いて重なった声の後に、景気良くカチンとグラスがぶつかるのであった。

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