#6 原石
時は流れ、3月中旬のこと。いよいよ同期となるユニットメンバー全員が揃う初のミーティングの日がやってきた。
私はパソコンの前で正座をし、マウスカーソルをぐるぐる動かすことで無意識に緊張を和らげようとしていた。
見ての通り、私達は実際に会う訳では無く、インターネット上での初めましてとなる。どうやら、先に動いている2人のスケジュールの都合らしい。
ちなみに、追加オーディション組のデビュー準備も順調で、このまま行けば、正式な活動開始は4月1日になる予定だ。私がこのことを聞いて最初に思ったのは、12月に合格が決まったのに、正直よく間に合ったなと思った。
何故なら、追加オーディション組はバーチャルの姿、所謂キャラクターの用意がまだ出来ていないと聞いていたからだ。
よくあるVTuberオーディションといえば、事前にキャラクターを制作しておいて、その姿に似合う
その為、一ノ瀬さんから「プロジェクトの方針としては、リアルとのリンク要素を入れる予定だけど、他に要望ある?」と聞かれた時は、かなり驚いた。では、一体どうやって間に合わせたのかというと……気合いである。
短い納期でも対応可能な絵師のスケジュールを確保、Project étoileをよく担当してくれているモデラーさん(イラストを元にモデリングをして、体を動かせるようにする仕事)に無理を言って間に合わせてもらった、とのことだった。
良い子の視聴者へ。貴方がVTuberデビューする時は絶対これを参考にせず、余裕を持った計画を立てて欲しい。
それはさて置き。デフォルトとなるアバターは、短い期間且つ存分に私の要望を入れ込んでもらったが、かなり満足している。
クールカジュアルな印象を与える顔立ちをしており、白と青を中心とした服装だ。特に気に入っているのは、胸元に輝くネックレス。昔、実際に兄から誕生日プレゼントで貰った物だ。
また、プロジェクトの共通モチーフに宝石が使用されており、色やワンポイントとして反映されている。個人的に好きな青系統のサファイアに選ばれたのは全くの偶然であったが、聞いた時は嬉しかった。
そんな出来立てほやほやの自分をいつでも画面共有が出来るように確認していると、ユニットメンバー全員が入っているサーバーの全体チャットに『間も無く始めます。各自準備が整い次第、こちらのチャンネルへの移動をお願いします』と連絡が来た。
出来るだけ早い方が良いかと思って、直ぐにクリックしてチャンネルに移動すると、続々と入室音が鳴って、集まってきたことを知らせる。
それでも開始までは、まだ時間があるようで、私はカサついてきた喉を潤そうと、テーブルに置いてあった林檎ジュースを手に取った。
* * * * *
「時間だね。それじゃ、始めようか」
5分後。予定していた時刻となり、『一ノ瀬』と書かれたアイコンから声が流れた。
「今日はユニットメンバーが揃っていることだし、自己紹介からにしよう。手始めに僕から。
改めて。Project étoileプロデューサー、一ノ瀬 葵斗だ。この度、社長直々の辞令により、声優マネジメント部門からプロジェクトの運営スタッフに異動して、現在はご覧の通り。
一応、事務所立ち上げから関わってて、マネージャー歴も長い。短期間だけど、声優の勉強をしていた経験もある。つまり、君達への支援は手厚く行なえる自信と実力を持っていると自負しているよ。これ以上無い、最高の裏方になって見せるから。これから宜しく」
サラッと言った経歴は凄まじいものであった。かつて兄のマネージャーをしていたことは知っていたが、まさか事務所立ち上げ時から関わっていたとは。更に声優の勉強もしていたなんて、味方として、これ程心強い者はいない。
ひと呼吸置いた一ノ瀬さんは「ということで」と話を切り替える。
「こんな感じで次からはナツキ、レイ、ヒナタ、トワの順で。話す時は画面共有も忘れずにね。じゃ、トップバッターはナツキ。宜しく」
最初に選ばれたナツキさんは無反応であった。が、一ノ瀬さんからの呼びかけで、どうやらミュートが外せていなかったことに気付いたらしく、「きこえてるか⁉︎ 」と音割れした声が鳴り響いた。反射的に耳を塞ぐが、既に遅く、キーンと耳鳴りがしている。
それでもナツキさんはマイペースで、聞こえたことに「よっしゃ!」とまたもや大声を出して、安堵する。そして、何事も無かったかのように自己紹介を始めた。
「──情熱的に燃えるルビーの輝き!
ズバリ、オレはヒーローになるのが夢だ。このオーディションに合格したら、その夢が叶うかもって、レイが言ったからオレはここにいる。だけど、1番の理由は話を聞いた時に『なんか面白そう』だって直感が、こうビビッてきたんだ。
これからは同志として、プロジェクトを盛り上げていきたいと思う。
語尾にビックリマークが付きそうな明るい声と元気が有り余った話し方をする彼は、画面に映る姿からも、まさに戦隊モノのレッドのような圧倒的センターの風格を漂わせている。
その勢いに思わず「相変わらず元気だね」と笑ってしまった一ノ瀬さんは、天倉さんについての情報を補足した。
「後、事前に報告はしてたけど、夏樹にはユニットリーダーも務めてもらうことになった。
改めて宜しくな、夏樹」
「ハイ! 頑張ります!」
これまた大きな声で返事をした天倉さんに再び耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えつつ、次の言葉を待つ。
「じゃ、次はレイ。頼むよ」
一ノ瀬さんの呼び掛けに反応して、スッとミュートを解除し、流れたのは、とても繊細且つクリスタルのような声だった。
「一ノ瀬さん。夏樹の次に話すのはハードルが高いですよ。まぁ、そういう扱いには慣れているので、構いませんが」
やれやれといった感じで話す彼は、声色のおかげか嫌な雰囲気をさせずに自然な流れで自己紹介を始めた。
「では、自己紹介を。俺の名前は
そして、ここからが重要だが、俺は将来的にVTuberの活動だけでは無く、声優としても活動したいと考えている。
だから、まずはユニットを成功させるべく、全力を尽くすつもりだ。これから宜しく頼む」
終始、冷静沈着な彼は話す内容から天倉さんとは違う情熱を感じた。また、画面に映るアメジストの色に似た髪からは、ミステリアスさを漂わせる。特に後ろに短く束ねられた髪が、より謎を演出していた。
宮秋さんが終えると、一ノ瀬さんが再び補足をした。
「玲も宜しく。後は先日、メディアへの情報解禁もされたけど、2人には春アニメ枠の『Technical Nova-テクニカルノヴァ-』エンディング曲を担当してもらうことになった。ユニット名は『soare(ソアレ)』。あくまで別ユニットの扱いになるから、『soare』の今後に関しては、2人が決めてもらって構わない。つまり、君達が望む限り活動を続けられる。やる気次第って所かな」
一ノ瀬さんが説明した天倉さんと宮秋さんこそが最初のオーディションで合格した人達。
そして、当初はユニットでアニメエンディング曲を担当し、デビューする予定だったものが追加オーディションの開催で白紙になりかけた所を急遽、この2人で結成されたユニット『soare』が引き継ぐことになったのだ。
これは私とヒナタの合流前から進められていたことだが、合格後に改めて説明を受けた。
また、その時に先に2人が日の目を見ることで私達2人に起こり得るデメリットも聞いた。しかし、私はこのことをきっかけにユニットに興味を持ってもらえるチャンスだと捉えて了承したが、後にそれは甘い考えだと思い知らされた。
実際、一ノ瀬さんが例に挙げた通り、アニメ放送前に情報解禁された「声優事務所ダイヤモンドダストに4月より所属する新人がエンディング曲を担当する」こと、彼等の歌声が先行公開されると、SNSを中心にたちまち話題となり、日本のトレンド入り。30秒弱のMVは直ぐ様、100万再生を超えた。
だからこそ、『soare』は事務所の都合で無理矢理にでも活動を継続させる道を選んでもおかしくなかったのに、一ノ瀬さんは本人達に任せることを選んだ。それは、きっと彼が周りから一目置かれているから出来ることであろう。
改めて一ノ瀬さんの凄さを実感しつつ、ひと呼吸置いて次の自己紹介に移る。
「それじゃ、ここからは追加オーディション組ということで、ヒナタ宜しく」
「は〜い、葵斗くん」
そう返事をした彼のマンゴーみたいに甘く、フレッシュな声がヘッドホンから流れる。
「僕の名前は
オーディションを受けた理由は……今は内緒。だから、代わりに目標を言うね。僕はね、この場所でオンリーワンの輝きを見つけたいんだ。でもって、みんなを笑顔に出来るような人になりたい。改めて、夏樹くん。玲くん。冬羽ちゃん。これからよろしくね」
ほんわかした雰囲気を放つ春風さん。画面には、全体的にシトリンのような黄色系統で纏まっており、彼のイメージにぴったりなビビットな髪色。ダンスが映えそうなストリート系の服装をしている。しかし、そこからはチャラさは感じさせず、所々に付いているワッペンの影響で可愛さがプラスされている。
そんな彼とは初めましてでは無く、実はリアルで先に会っていた。というのも、追加オーディション組である私達は、ボイスレッスンなどで一緒になるタイミングが多かったからだ。
また、休憩時間になって雑談をしていると、春風さんはコスメが好きらしく、おすすめの化粧品や肌ケアを教えてくれて、だいぶ仲が深まっていた。
一ノ瀬さんも春風さんの心地良い暖かさに触れて、笑顔で話す。
「ありがとう、日向。個人的には3D化して、皆にダンスを見てもらった時の反応が今からとっても楽しみで仕方ないんだ。早くその日が迎えられるよう、一緒に頑張ろう」
春風さんは満面の笑みで返事をしている様子を見ながら、いよいよ私の番が回ってくる事実に緊張していた。
「最後はトワ。ゆっくりでいいから、自己紹介してもらってもいいかな」
一ノ瀬さんの配慮と落ち着いた口調で少し心が安定した私は、ミュートを外して、震える声で話し始めた。
「は、はい。
オーディションを受けた理由は、
不束者ではありますが、何卒、宜しくお願いします……!」
最後の挨拶は堅苦しくなってしまったが、無事に話すことが出来た。まずは1つ目の関門を突破。あのトラウマから思い返せば、これだけ話せれたのなら、自分を褒めても良いのではないかと思ってしまう。
一気に話し終えた私を優しく包み込むようなトーンで一ノ瀬さんは「うん。こちらこそ、宜しくね」と言って、今後のユニットにも関わる重要な補足をしてきた。
「後、本人には事前に伝えたけど、冬羽にはユニットのサブリーダーを務めてもらうことになった」
「──待て。一ノ瀬さん。何故、霜月を選んだのか教えていただいても宜しいでしょうか」
突如、そう言って、はっきりとした声で異議を唱えたのは宮秋さんだった。
「夏樹がリーダーなら、幼馴染の俺が務めた方が良いに決まっているじゃないですか。霜月よりも長く一緒にいますし、理解している自信があります」
納得出来ずに淡々と理由を並べていく彼は、「それに……」と言って、まだ話し足りない様子を一ノ瀬さんが遮る。
「──確かに。夏樹のサポートなら、玲の方が相応しい。
だけど、僕が求めているのは夏樹の為のサブリーダーじゃなくて、4人ユニットのサブリーダーだ。特に夏樹が突っ走る分、全体を客観視し、陰でユニットをコントールする能力が必要だと考えてる。
その点において、玲。これまでの話を聞いている限り、君はユニットでは無く、夏樹に寄り添ってしまうだろう。これは夏樹の為になっても、ユニットの発展には繋がらない。それは君の目標から遠ざかることを意味するけど……どう思う?」
彼の意見に対して、的確に詰めてきた一ノ瀬さんに皆が何も言えずにいる中、暫くの沈黙の後、椅子が軋む音に混ざって宮秋さんの声が聞こえた。
「──分かりました。今は、それでいいです」
彼のまだ諦め切れない様子に、一ノ瀬さんはフッと笑う。
「良かったよ。少しは分かってもらえて。こういうのは、きちんと説明して、知ってもらうことが大事だからね。
それじゃ、冬羽。改めてサブリーダー、宜しくね」
「は、はい!」
「ファイトだよ〜、冬羽ちゃん」
裏返りそうになった返事に陽だまりのような春風さんの声が沁み渡って、とても元気付けられるが、正直、宮秋さんの気持ちも分かる。まだ私は天倉さんとの親交は深く無く、特出する個性を持っている訳でも無い。ただ、今は一ノ瀬さんから大切な役目を任せてもらった以上、サブリーダーとして頑張りたい。
今後、この想いが彼にも伝わるように努めていかなくてはと、決心を固める中、一ノ瀬さんのマイクからガサゴソとした音が聴こえた後に、知らない女性の声が流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます