第39話 未来を拓く力

 目を覚ますと、既に二日が経過していた。


 そこからは同じことの繰り返し。


 エレメントバードから魔力を吸収し、反転化の制御を試みる。

 そして制御し切れず、力尽きる。


 このサイクルを私は幾度となく繰り返した。


 最初は三十分と保たずに力尽きていたが、次第に持続時間が伸びてきた。




 少しずつの延長を重ね、数週間。


 まだ魔力を攻撃に使用するまでの余裕はないものの、反転化した状態の魔力を三時間ほど持続できるようになっていた。


 これだけ持続できれば、十分戦闘に耐えられる。


 後は反転化を安定させた状態で魔力を使用することが出来れば言うことはないのだが……。


 残された問題が遥かに難しかった。


 抑えるだけなら、そこまでの技術を要さない。

 だが、今から私がしなければならないのは、抑えながら使用する分だけ解放すること。


 激しく変化する魔力の波長をコントロールしながら、攻撃に割く魔力も扱う必要がある。


「くっ……魔力が定まらん……」


 攻撃に魔力を割こうとしても、魔力を抑え込み過ぎて、上手く魔力を流せない。


 一つ達成すれば、また次の課題が出てくる。

 全く恐ろしいほどよく出来た試練である。


 とにもかくにも攻撃できなければ話にならない。


 そのためにさらに魔力の波長を理解し、できるだけ少ない力で反転化状態を保つ。


 これができれば、攻撃の方にも魔力をスムーズに回すことができ、なおかつ余裕も生まれるのではないだろうか。


「波長……か」


 自分の中の魔力に集中する。


 相変わらず出鱈目な波長に辟易する。

 この波長に合わせるとなると、かなり細かく魔力を捉えなければならない。


 ただ一つ有効に働くことがあるとすれば。

 まとまった時間、反転化を維持できるようになったことで、波長の特徴を捉えやすくなったことである。


 ひたすらに反転化し、体力の許す限り、波長を捉えにかかる。


 今度は頭で考えることが増えた分、気力もまた削がれていく。


 溜まる疲労は凄まじく、身体のエネルギーというエネルギーを全て使っているかのようだ。


「…………はぁ、はぁ」


 やがて、その日の限界を迎え、思い切りその場で倒れ込む。


 もう指一本も動かないし、動かしたくはない。


 全身にのしかかっている疲労を感じながら、空を見つめる。


 雲一つない空。


 何もない純粋な空色は、私を物思いに耽らせる。


「思えば……こんなに泥臭く、鍛錬をしたことは久しくなかったか」


 滲み出る汗にベタつく身体。

 砂漠の砂が汗と一緒にまとわりつき、なんとも言えない不快感がある。


 少なくとも、大人になってからはそんな感覚を覚えたことはなかった。


 もちろん、鍛錬を怠っていた訳ではない。

 剣や魔法の鍛錬は欠かさず、行っていたつもりだ。


 ただ、そこに必死さとも言える熱量があったかと言われると、そうではなかった気がする。



 同胞や両親が人間に襲われた、あの日。


 あの頃の私は鬼気迫る勢いで鍛錬に取り組んでいた。

 一刻も早く力をつけられるようにと、一秒一分たりとて無駄にしないと言わんばかりに。



 そうして年月が経ち、私は剣士になり、大人になった。


 時間というのは残酷なもので、今の私にはあの時ほどの激情はない。


 あの人間を許すつもりはないし、見つけたならば一発喰らわせてやりたいとは思うが、やはりそれでもあの時の私には及ばないのだ。


「そう考えると……あいつは変わらないのかもしれんな」


 あの日以来、幻楼郷を飛び出して行った馬鹿レガノス


 最後に見たあいつの顔と前に戦った時の顔は全く変わっていないように思えた。


 あの時の激情を抱えたまま、突き進んできたからこそ、あれほどの力を得られたのだろうか。


 私もまた、あの時一緒に幻楼郷を出ていたら――――。


 そんなことを考えようとして、止める。


「私は……私だ」


 私がこれまでに歩んできたもの。

 それを否定する必要はない。


 私は、ルーシェ・リシュターク。

 レガノス・グレアハートでもリーシェ・リシュタークでもないのだ。


 自分が信じるもの、信じてくれたものを大切に。


 私の道を歩んでいくために、きっとブリード様は私を送り出してくれたのだ。


「今は……私の、そして仲間のために……」


 浮かんでくるのは、ディノやゴルドー、ランの顔。


 出会って日は浅いが、彼らは私の故郷のために命を懸けて戦ってくれた者たちだ。

 そしてこれから旅路を共にする仲間でもある。


 命を懸けてくれた彼らに報いるだけのことを私もしたい。


 だから、もっと私は成長する。


 今はそれでいい。


 これが私の決めた道なのだから。





 波長を捉えるトレーニングに切り替えて、数日が過ぎ。


 ようやく魔力の波長を概ね捉えることが出来るようになってきた。


 もう最初のように振り回されることもなくなり、無駄なくコントロールができている。


 これなら、いける。


 私は確かな手応えを感じていた。


「さて、待たせたな」


 私の目の前には、全く姿の変わらないエレメントバード。


 散々魔力を吸い取ったのにも関わらず、衰えた様子もない。

 元気に魔力の羽を羽ばたかせている。


「さあ、始めるぞ!」


 全力で魔力を熾し、高めていく。


 幾度となく反転化し、その波長と向き合い続けた結果。


 私は自分の意思で反転化できるようになった。


「はあああああああああああ!」


 白い肌が黒く染まり、魔力が膨れ上がっていく。

 魔力は私の中で激しく波打ち、溢れ出た分がスパークとなってバチバチと音を立てている。


「これが私の新しい力だッ!」


 咆哮と共にスパークがかき消え、視界が開ける。


 見据えるのは、目の前の獲物。

 魔力の鳥。


「ウェント・グラディウス」


 剣を抜き、上に掲げる。

 魔力が渦巻き、いくつもの風の刃を形成していく。


 何度も使用してきた私の技。

 しかし、同じものではない。


 風の重圧、刃の鋭さ。

 全てがかつての技を上回る。


「切り裂け!」


 私の合図で風の刃が目標を捉えにかかる。


 空中を滑るかのように滑らかな軌道。


 それらは三秒とかからずにエレメントバードを切り裂いた。


「まだ動くか」


 エレメントバードは細切れになっても、反応の強さは変わらない。


 切り裂かれた破片が再び結びつき、元の身体が現れる。


「さすがは姉様手製のモンスターといったところか。切り刻まれた程度では消えないとはな」


 通常の魔法生物であれば、ある程度身体の形が失われると魔力が霧散して消滅する。

 このエレメントバードは魔力濃度を底上げされているために生命力が強いのだろう。


「ならば、跡形もなく消してしまうまで」


 深く構えて、剣に魔力を溜める。


 周囲に渦巻く風は幾重にも重なり、やがて激しさを増す。


「これで終わりだ! ウェント・テンペスタ!!」


 剣から放たれたのは猛烈に吹きすさぶ嵐。


 嵐はいとも簡単にエレメントバードを飲み込む。

 そのまま天へと伸びていき、どこまでも続いていく。


 しばらくして、嵐が晴れたとき、そこにエレメントバードの姿はなかった。


「ふぅ……」

 

 反転化を解き、一息つく。


 今の一撃は間違いなく私の最高のもの。

 私は一つ成長できたのだと、改めて実感する。


 この力は、これから先、立ちはだかる壁を越えるためのものだ。

 ディノたちが、困った時に今度は私が力になれるように。


 私は同じく試練に立ち向かっているだろう仲間たちを想う。


 皆もまたどういった成長を遂げているのか、見るのが楽しみだ。


 そんなことを思いながら、私はリーシェの工房へと戻っていった。

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