第33話 示される道

 サンドワームとは、砂漠に主に砂漠に生息する大きいミミズのようなモンスターである。

 外皮は砂漠の環境に適応するために非常に強固になっていて、図体の割に素早さも中々。

 地中で生活していることもあり、視力はほとんどない。

 その代わりに嗅覚、特に聴覚が優れており、それらを使って獲物を補足する。


 決して弱い敵ではないが、弱点もはっきりしていて難しい敵ではない。


 というのが、世間一般の評価だが。


「な、なんだこれは――――」


 全体の形こそサンドワームに類似したものではある。

 ただそれ以外はとてもサンドワームとは言えない特徴を有していた。


 それはギギギと音を立てながら、身体をくねらせる。

 日差しを照り返す白銀の外皮は、もはやロボットの装甲そのものである。

 なぜこんな金属めいた……というか金属の外皮を持ちながら、くねくねとした滑らかな動きができるのか、訳が分からない。

 また、大きく開かれた口の中には光が見えており、何か細工がありそうな気配を醸し出している。


「ふふん! これは僕が手塩に掛けて創……育てたサンドメカワームくんだ!」

「お姉さん、もうメカって言っちゃってますけどね……」

「よせ、ラン。この人とまともにしゃべろうとすると頭がおかしくなる」

「そこ、うるさいよ。ともかく、これを倒すまで剣はおあずけだし、ここから帰さないからね! ほら行った行った!」


 リーシェに無理やり押し出され、サンドワームもといサンドメカワームの前へと放り出される。


「……これ、倒せるのかな?」

「簡単じゃないだろうな。あの装甲、ただの金属じゃない。魔力を帯びた魔鉱石でできているみたいだ」

「ええー! 魔鉱石って国宝の武器とかに使われる最高級の鉱石ですよね!? そんなの無理じゃないですかー!」

「……いや、あの人は無茶苦茶を言うが、絶対にできないことは言わない。私たちが魔力を活性化させることができれば、きっと倒すことができるのだろう」


 ルーシェはそう言って、剣を抜く。


「ずいぶん高く買ってくれて嬉しい限りだね。とにもかくにもやってみるほかないってことかな」


 ゴルドーは構えを取って、魔力を高めていく。


「そうだね、まずはやってみるところからかな。ブルー、頼めるかな。もう無茶はしないから」


 僕に抱えられているブルーはプルっと一度身体を縦に揺らした。


「うん……ありがとう。ブルー、〈魔核再製ミスエイト〉!」


 僕はブルーが変化した蒼鎌を握って、メカワームを見据える。


「みんな……よし、私も……って私も剣無いんでしたぁー!」


 ランが剣を抜こうとして騒ぎ出す。

 そういえば、やけに身の回りがすっきりしていると思っていたら、そういうことか。


「仕方ないな。ほら」


 リーシェはランに向かって包みを投げる。


「え、ってええー! お、お姉さん!?」


 不意に投げられた包みを受け取って、ビビりまくっているラン。

 おそらくルーシェの時のことを思い出しているのだろう。


「大丈夫。それは魔剣じゃない。ただの剣だから安心して使いなよ」

「は、はあーよかったぁ。お姉さん、ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げてから、ランもメカワームへと向き直る。


「さあ気を取り直して。行きますよー!」


 ランが腕を突き上げて叫ぶ。

 それに合わせて、全員が戦闘態勢に入る。


「それじゃあ始めて。言っておくけど、真剣にやらないと死ぬからね。それだけ気を付けて」


 リーシェの言葉を合図に僕たちはメカワームに飛び込んでいく。

 最後、不穏な一言が聞こえた気がするけれど、もはや気にしている余裕はない。


「とりあえずは全力の攻撃を叩き込んでみよう。作戦はそれからだ」


 走りながら、ゴルドーが指揮を執る。


 最初に攻撃の挙動に入ったのはスピードに優れるルーシェだ。


「ウェント……グラディウス!」


 展開される風の刃。

 多方向から斬撃がメカワームへと向かっていく。


 刃が金属とぶつかる音が砂漠に響く。

 だが、その装甲はあまりに硬かった。

 命中したはずの斬撃は傷1つすら残さぬままに霧散していく。


「……くっ、怯みすらしないか」

「なら、これではどうだ! 武装拳!」


 ルーシェとは逆方向からゴルドーが突っ込んでいく。


「〈絶拳インパクト〉!」


 ゴルドーから振り出される拳がメカワームの胴体を捉える。


 スピードもさることながら、魔力を圧縮した一撃。

 打ち込まれたメカワームの身体が弓なりに反り返る。


「うおおおおおおおおッ!!」


 鬼神の如き連撃でさらにメカワームを追い込む。


「これでッ――――」


 再び強力な一撃を叩き込もうと拳を振り上げた時、


 メカワームの姿が消えた。

 いや、消えてはいない。


 別方向から見ていた僕はその動きを捉えていた。


 金属とは思えない素早い身のこなしで身体をくねらせていたのだ。

 メカワームはそのスピードのまま、身体を振り回し、


「なっ――――」


 拳の目標を失い、隙を見せたゴルドーをはたきおとした。


「ゴルドー!」

「ゴルドーさん」


 地面に叩き付けられたゴルドーに駆け寄ろうとする僕とラン。

 だが、その行く手をメカワームが阻む。


「ディノ! ラン! 態勢を崩すな! ゴルドーは私がフォローする!」


 ルーシェの檄が飛ぶ。


「分かった! ラン、僕に合わせて。 2人で同時に攻撃を叩き込む」

「了解!」


 ランと息を合わせて、僕もメカワームに突っ込む。


「ここだッ! 蒼麟断!」

「〈全身強化オールブースト〉! いっけぇぇぇぇ!」


 同時に放たれる2つの斬撃。

 激しく火花が散るものの、やはり傷すらつかない。


「これもダメか……」


 まったく通じない攻撃に途方に暮れる。


「ディノくん! 危ない!」


 ランの声が聞こえて、ハッとする。

 目の前にはいつの間にかメカワームの尾が迫っていた。


「ウェント・イージス!」

「〈防御強化ディフェンスブースト〉!」


 間一髪。

 目の前に降り立ったルーシェが障壁を展開し、食い止める。

 さらにランが支援魔法で強化し、何とか押しとどめている。


「……ぐっ、気を、抜くな、ディノ。一瞬の隙が命取りになるぞ」

「……ごめん」

「分かればいい。一旦退避だ。これを防ぐのも、限界、だ」


 ルーシェと一緒にメカワームから距離を取る。

 魔力源を失った障壁は瞬く間にメカワームに潰されてしまった。


 少し離れたところで4人が集結する。


「ゴルドーさん、大丈夫ですか?」


 ルーシェによって先に退避していたゴルドーは片膝をついている。


「これくらい、大丈夫だ。だけど、こりゃ参ったね」

「そうだな……攻撃が通じない上に奴のスピードから放たれる攻撃は厄介だ」

「これ……どうするんですか?」


 打開策も浮かばず、みんな黙り込んでしまう。


「おいおーい。戦わないと修行にならないよ。顔を突き合わせて何をしてるのさ」

「……もちろんどう戦うかの作戦会議です」

「ふーん。で、答えは出たの?」

「…………いえ」


 はぁ、とリーシェはため息を漏らす。


「これは魔力の修行。魔力を活性化するしかないでしょ? どう戦うかじゃない。どう活性化させるかを考えなきゃダメでしょ」

「それは分かっていますが……」

「ううん、全然分かってない。戦いを見たけど、今までと同じ戦い方を繰り返しているだけ。試行錯誤してる様子が感じられない」

「では、どうしろというのですか!」


 イライラを募らせるルーシェがリーシェに詰め寄る。


「仕方ない。もう少し様子をみようと思ったけど、怖い妹がキレそうだからね。アドバイスタイムと行こうか」


 リーシェは肩をすくめながら、やれやれと口から漏らす。


「まずはディノ。君は魔力の量に囚われすぎ。今はそこまで意識しなくても出力はあるんだから、もっと流れを意識しなきゃ。魔力がどこから湧いてきて、どこに流れていくのか。それを繊細に捉えられるように努力してみな」

「……流れ。分かりました」

「うん。次はラン。爺様から聞いたけど、姿を変える術を使うんだってね。確かに秘められた何かを感じるけど、それは固く閉ざされている。だけど、一度開いた扉なら開ける方法は絶対にある。僕の見立てなら、鍵は君の気持ちにありそうだ」


 リーシェはトントンと胸を指してみせる。


「気持ち?」

「そう。言ってしまえば、ある種の暗示が掛かっている。君は無意識下で力を自ら抑えている。だから、力を求めるという強い感情を持つんだ。既に破られた暗示なら効力は弱まっているはず。力を出せたら後は自分を見失わないようにね」

「……うーん。ピンときませんけど、とにかくやってみます!」

「よし。でゴルドーだね。君はこの中では一番魔力の扱いが上手い。魔力量も人間にしては申し分ない。なのに、いまいち決め手に欠けるのはイメージの問題だ。君が使う武装拳は武器がなくても多彩な戦術が取れる便利さの反面、それぞれの戦術を極めきれていないために出力が落ちている」

「……なるほど」

「まずは、武器を知るところから始めることだ。とりあえず様々な武器をここに詰めておいた。これらの武器を自分の手足のように扱えるまで使い倒してみせな」


 ゴルドーの前にドカンと置かれたのは大きなアイテムボックス。

 中を見ると、剣や槍、弓に斧、他に色々な武器がごちゃごちゃに詰められていた。


「……これは骨が折れそうだ」

「最後にルーシェ。君は魔力の操作に意識を向けすぎて、出力が殺されている。ディノとは真逆のパターンだね。幻想種特有の煌魔を使えるのにも関わらず、その出力は人間であるディノやゴルドーに劣っているのはそのせいだ。技とかを意識せずに、もっと思い切って魔力をぶつけることを意識するんだ」

「姉様に言われるのは癪ですが……確かに、そうかもしれません」


 ルーシェは渋い顔をしながら、頷く。


「さて、これでみんなの課題は分かったかな。後は実践あるのみだ。それぞれの課題に合った相手を順番に用意するから、ちょっと待ってね」

「姉様、あのメカワームと戦うのではないのですか」

「ん、あれは最終試験用だよ。今の君たちには無理無理。やってもいいけど、魔力を活性化させる前に十中八九死ぬだろうね」

「……そういうことだったのか。どうりで歯が立たない訳だ」

「最初の戦いで活性化することも薄っすら期待してたけどね。ま、そう上手くはいかないものだね」


 リーシェは鼻歌まじりでウインドウを操作しながら話す。


 この人はどこまで見通しているのだろう。

 ここに来てから、ずっとリーシェのペースで振り回されている。

 凄い人だというのは分かるけれど、本当に底が知れないというか。


「どうした、ディノ。そんなに姉様を見つめて。張り倒したくなったか?」

「いやいや、そんなことはないよ。ただどこまで見えてるんだろうなって」

「あの人の考えは分からん。ただ、認めたくはない、絶対に認めたくはないが、紛れもなく天才であることは事実だ。きっと私たちの想像もつかないようなところまで見てるんだろうさ」


 この時のルーシェはとても優し気な表情をしていた。

 幻楼郷でブリードと話していた時のような。

 そんな柔らかい表情は少し輝いて見えた。


「……ルーシェってお姉さんのこと好きなんでしょ。口ではああいいながらさ」

「ありえんな。ふざけたことを言っていると、姉様共々張り倒すぞ」

「さっきの顔、めちゃくちゃいい表情してたけどなぁ」

「なっ――――。お前、本当に張り倒すぞ!」


 ルーシェはくるっとそっぽを向く。

 その刹那に見えた表情は、少し顔が赤い気がした。

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