第32話 リーシェの工房

「さて、改めて。僕、リーシェ・リシュタークの工房へようこそ!」


 リーシェの工房内にて。


 リーシェの計らいで、ようやく日差しのない場所で腰を落ち着けた僕たち。

 特にランは熱さのストレスから解放され、元気を取り戻したようだった。


 工房となっている小屋は非常にこじんまりしたものだった。

 武器を創るための鍛冶場に1人にはちょうどいいくらいの生活スペース。

 リーシェのだらしのない身だしなみとは裏腹に、工房の中は非常に整理整頓がなされている。

 必要最小限の物しか置かず、質素で機能的といった印象だろうか。


「まずはディノ、君の武器について話そう」


 少し落ち着いたところでリーシェが本題を切り出した。


「爺様から聞いた話だけだが、それなりの剣を持っていたそうじゃないか。それについて詳しく教えてもらえるかい?」


 僕はリーシェに封剣・夜叉のことについて話した。


 アイテムランク、能力、手にした経緯、ヴァレットから聞いた話など、知りうる限りのことを全て伝える。

 それをリーシェは聞きながら、メモに取っていく。


「ふむ。伝説級の剣か。モンスターの封印、収納能力もあると。これはおそらくは付与されたスキルによるものだろう。ヴァレット様の封印に使われたというなら遥か昔の武器だろうけど、人間がそこまでの技術を有していたとはね。なかなかどうして人間も侮れないじゃないか」

「できれば、同じような剣だとありがたいんですけど……」

「ちっちっちっ。君、僕を誰だと思っているのかな? 大昔の、それも人間が作ったような剣と同じだって? 僕が打つんだ、その数億倍凄い剣を創って見せるとも!」


 高らかに宣言するリーシェ。


 数億倍はさすがに冗談だろうが、これは期待できそうな気がする。


「後はその材料だけど。君、とっておきをもっているだろう?」


 リーシェが指差したのは僕の懐。


「え?」

「え、じゃないよ。試験の時に見せた異常な魔力の高まり。あれは明らかに何か細工があってのものだ。そして今も伝わってくる魔力の波動。君、魔核を持っているね」


 リーシェが話す魔核。

 おそらくは業魔のオーブのことだろう。


 少し出すのを躊躇ったが、まじまじと見つめてくるリーシェに隠すこともできず。

 僕は彼女にオーブを差し出した。


「これ、ですか」

「おおー、やっぱり魔核だ。これを魔力で励起させることで魔力を得ていたのか。ところでこれは何の魔核かな」

「えっと、これはヴァレットの……」

「ふーん、ヴァレットねえ。………………は?」


 オーブを隈なく調べていたリーシェの手が止まる。


「今、なんて?」

「そのオーブはヴァレットのドロップアイテムで……」

「………………それは本当?」

「はい」


 僕の返事を聞いて、リーシェは大きくため息をついた。


「……そういうことかぁ。通りで爺様が頼み込んでくる訳だ」

「姉様、どういうことですか」

「魔核は魔族の第二の心臓でね。それだけならいいんだけど、これは魔王と呼ばれるほどの格を持った魔族の魔核だ。それを業魔核と言うんだけど、持てばその元となった魔族の力が手に入る可能性を秘めたものだ」

「……その魔族の力が?」

「そう。ま、ただの噂だったんだけどね……これを見るまでは」


 リーシェは複雑な表情で、うんうん唸っている。

 それを見る限り、どうやらかなりの面倒事のようだ。


「それに君、よくそんなもの隠さずに持っておけたね。人間もそうだけど、少し知識のある魔族に知れたら、血眼になって狙ってくるよ?」


 呆れ顔でリーシェがこちらを見てくる。


 これまで真剣に考えてこなかった。

 確かに今思ってみれば、その可能性があることに気づいていなかった。


 当然アイテムランクの最高峰である神話級ということは理解していたつもりだが。

 それがどれほど深刻なことかをしっかりと分かっていなかったのだろう。


 自分の配慮のなさに、今になって恐怖を感じる。


「このことも分かった上での依頼か。狙われる前に武器に変えて、魔核としての形を無くしてしまおうと考えたんだろうな」

「じゃあこのオーブを武器の材料に?」

「そうだね。でも安心して。魔核としての機能は武器に受け継がれる。というより魔核の形を剣に変えるって感じかな。かなり難しい作業だけど、僕ならできる」


 リーシェは自信満々に語る。


「リーシェさん、どうかよろしくお願いします」


 僕は頭を下げた。


「うん。久々の大仕事だ。腕によりをかけるからね。楽しみにしてて!」


 そう言うと、リーシェはオーブをどこからともなく取り出した金庫にしまう。

 そしてその金庫を鍛冶場の片隅に移動させた。


「武器のことは任せてもらって。後は……魔力の修行といこうか」

「修行……ですか?」

「そうだ。無茶な戦い方をしているといったろう? 自分の力を弁えていない戦い方は必ず身を滅ぼす。君は強力な敵が出てきたら、その都度刺し違えるリスクを負うつもりかい?」

「それは……」


 僕は顔を伏せる。


 リーシェが言うことは痛いほど分かる。

 それでも元々魔力の乏しい人間である僕がズゥメルやレガノスといった強敵を渡り合うために見出した一筋の光明だ。


 ただそうやって無理に進もうとしたことがブルーを追い込んでしまった。

 パートナーであるはずの僕が。

 誰よりも理解しているはずの僕が。

 一番してはいけないことをしてしまったのだ。


「ただ…………そうやって負荷をかけ続けたことで君自身の総魔力量は大幅に上がっている。君がそれを100%扱うことができたなら、今より遥かに強くなれる。魔力増幅による無理な魔力行使なんかしなくて済むんだ」

「そう、なんですか?」

「うん。全く……それすら気づいていなかったなんてね……。よほど魔力増幅に頼っていたんだね」

「う……」

「ディノもそうだけど、君たちもだよ。ゴルドー、ラン、ルーシェ」


 リーシェは3人の方を向く。


「見れば、君たちもまだまだ魔力を扱いきれていないようだね。魔力が活性化していないのが、その証拠だ」

「活性化……?」

「魔力操作が高水準で行ったときに起こる励起現象だよ。活性化することで魔力は更なる力を発揮する。魔力量で圧倒的に劣っていても、活性化していればハンデを覆せるくらいにはね」

「それほどの力が……?」


 ゴルドーもランも半信半疑といった様子。

 未知なる領域の話に僕自身もよく分からないというのが正直な感想だ。

 その中で1人、ルーシェは渋い表情を浮かべていた。


「姉様が言うことは本当だ。事実、この人は魔力を活性化させている。だからこそ強敵な魔法具を創れるし、それを完璧に扱える。だが、この域に達するのは易いことではない」


 ルーシェの言葉にリーシェは深く頷く。


「その通り。これだけのメリットを有しながら、活性化させている者が少ないのは単純に難しいから、なんだよね。だけど、君たちにはそれを会得してもらうよ」

「気持ちは分かりますが、どうやって……」

「簡単だよ。限界まで追い込めばいいのさ」


 リーシェが懐から1つのキューブを取り出した。


「これには、1匹のサンドワームが封じられている。これを君たち4人で倒してもらうよ」

「サンドワーム……通常のものであれば、そこまで厄介な敵ではないが……」

「あの人のことだ。そんなはずはないだろうな」

「さすが、話が早くてお姉ちゃん助かるな~。これは僕がちょちょいと細工を施した特別製のサンドワームだ。具体的には防御力と再生力を強化してある。並大抵の攻撃では動じないし、再生してしまう。ま、ここで話してたってしょうがない。百聞は一見に如かずってね!」


 リーシェは工房の扉を開けて、外にキューブを放り投げた。


 パリンッと割れる音がして、数秒。

 地響きと共にそれは現れた。


「な――――」


 全員が絶句した。


 目の前に現れたもの。

 それはあまりにもサンドワームというにはかけ離れすぎていた。

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