第31話 試験結果

「ナイスファイト! とは言えないけど、とりあえず2人ともお疲れ様~」


 リーシェはルーシェから剣を回収する。


 すると、変化していた肌と髪の色が戻っていく。


「……はぁ……はぁ」


 剣から解放されたルーシェはその場で倒れ込む。


「この程度でへばるなんて、まだまだだね。僕には遠く及ばない」

「っ――――!」


 先程までルーシェが持っていた剣を玩具のように扱ってみせるリーシェ。

 ルーシェがキッとリーシェを睨む。


「そんなにも……自分が天才であることを見せつけたいのですか……!」

「別に。それは君の勝手な想像だろう」

「くっ……その力があの時の幻楼郷にあったなら……どれだけの仲間が救えていたか……」


 あの時。

 それはきっと幻楼郷に迷い込んだ人間が攻めてきた時のことだろう。


 ルーシェは悔しさが滲み出た表情で奥歯を嚙み締めている。


「君たちの無力さを僕に押し付けないでくれるか。それに力があったって君たちは使うことを躊躇っただろう。結局のところ、あのことは君たちの浅慮と未熟さが招いたことだ」


 リーシェはピシャリと言い放つ。


「何を……他人事のようにッ……!」

「まだ言い合う気かい……?」


 まさに一触即発。

 この姉妹の間には見えない火花がバチバチと散っている。


 さっきまで死にかけていたのが噓のように、姉妹喧嘩の勢いに飲まれてしまっていた。


「ちょっと、お互い落ち着こうよ。 ルーシェちゃんもお姉さんも」


 この雰囲気に割って入ったのは……まさかのランだった。


「……そうだね。僕としたことがつい熱くなってしまった」

「ええ。私もです。今はそう言った話ではなかったな」


 ランの言葉にクールダウンする2人。

 当事者である2人もまた雰囲気に飲まれていたようだ。


「よくあの間に割っていけたね。僕でもちょっと憚られてしまったよ。あの空気感はどうも苦手でね……」


 そう話すのはゴルドーだ。


「私、故郷では周りに小さい子たちがいたので、喧嘩とかは日常だったんです。こういう仲裁とかは慣れたものですよ?」

「へえ……人は見た目に……いやなんでもない」


 ゴルドーは途中で言葉を切り上げる。

 横ではジト目でランがゴルドーを睨んでいる。


「すまないね。少し調子が狂ってしまったが……試験は終了。僕の工房に案内するよ」


 リーシェはそれだけ言うと、僕たちに背を向けて歩き出す。


「ちょっと、ちょっと待ってください。工房って……武器を創ってもらえるんですか……?」


 呼び止める僕にリーシェは首を傾げる。


「ん? 君は武器が欲しいのではなかったのかい? 僕はそう聞いていたのだけど」

「いや、欲しいのは欲しいですけど……。それに聞いていたって……?」

「もちろんブリードの爺様からだ。あの人からは事前に連絡を貰っていてね。君たちのことを頼まれている」


 さも当然のことのようにさらりと話すリーシェに僕たちはポカンとしていた。

 一体どういうことになっているのか、理解が追いつかない。


「ま、驚くのも無理はないか。爺様に事前に話を通していることは黙って貰っていたからね」

「どうして……そんなことを」


 息を整えたルーシェが立ち上がってくる。


「それは試験のためだよ。ある程度の事情は理解しているけど、こと武器に関しては僕のルールに則ってもらうことは譲れない。ほら、話がついていると知れば、緊張感が減るだろう?」

「それではリーシェ殿。試験は行うが、その結果は問わないと?」

「軍人くんの言う通り。勝てば創ると言っただけで、負けたら創らないとは言ってないからね。とはいえ、あのまま戦い続けることを選んでいたら、いくら爺様の頼みでも創らないつもりだった」


 リーシェの視線が再び僕へと戻ってくる。


「ディノ、君はあまりに無理な戦い方をしている。ヴァレット様に認められた以上、パートナーのことを大切に思っているのは事実だろうけど、その戦い方ではパートナーどころか自分の身すら滅ぼしかねない」

「……はい」

「とりあえず気づけたならそれでいい。頼まれたからには、武器のことも含め、しっかり面倒を見るさ。それはディノだけじゃないよ、そこの妹と仲間の君たちもしっかり鍛えてやるさ」


 不敵に笑うリーシェ。


 ひとまずは武器を創ってもらえるようだ。

 その安心感がある中で。


 リーシェの試験によって叩き付けられた事実。

 それが僕に重くのしかかっていた。


「こんなところでいつまでも話をしていても仕方ない。早く僕の工房に行くよ。置いてかれても知らないからね」


 リーシェは止めていた足を再び動かし始める。


 色々と思うことはあるが、ひとまずはリーシェの後ろをついて歩くのだった。







 リーシェの工房は試験をした場所とはそこまで離れていなかった。


 歩き始めて十分ほどでリーシェが立ち止まった。


「ここが僕の工房さ」


 リーシェが指差す先には何ら変わらない砂地の光景。

 建物はおろか砂以外のものは見当たらない。


「ここってどういうことですか……?」


 ランはキョロキョロと周りを見渡している。


「どういうって……目の前にあるんだけどね」


 パチンと指を鳴らすと、砂漠の景色を塗り潰すように小屋が現れた。


「これから先、冒険者を続けていくなら、これくらいの隠匿魔法は見破れないとダメだよー? ま、そこの軍人くんは感づいているようだったけど」

「え、そうなんですか? ゴルドーさん」

「何かある……くらいだけどね。完全に把握はできなかった。相当高レベルな隠匿魔法だよ」


 ゴルドーは感嘆の声を漏らす。

 その横でルーシェはやれやれとあきれ返っている。


「この人はそうやって人の自信を失わせて遊んでいる。魔法の天才ではあるが、こういう意地の悪さも天才級という訳だ」

「天才だなんて~。褒め言葉をどうもありがと」


 またも火花を散らし始めるエルフの姉妹。


「そ、それはそうと、早く中に入りましょう。外は暑いですし」


 これ以上ヒートアップされても困るので、さっさと話を切ってしまう。


 その後も何かにつけてぶつくさと言葉をぶつけ合っていたが、ひとまずは工房内に移動することは成功した。

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