第30話 相棒〈パートナー〉
「行くよ! ルーシェ!」
魔力による加速。
一瞬でルーシェとの距離を詰める。
「蒼麟断!」
蒼鎌が描く斬撃。
それは確かにルーシェに向かって、放たれた。
刃先がルーシェに届こうとして――――。
「は?」
気づけば、僕の身体は宙に浮いていた。
斬撃は届かなかったのか?
いや、それがどうなったのかすら分からない。
ただ把握できたのは、ルーシェが斬撃を受けるために剣を動かす挙動が一瞬見えたこと。
そして、その直後に僕が吹き飛ばされていたことであった。
「くっ……何が」
着地後にルーシェを見据える。
特別なことをした気配はない。
したことといえば。
「まさか……剣を動かしただけで?」
僅かな軌道と向けられた意識。
それだけで斬撃はかき消され、吹き飛ばすほどの衝撃を生んだ。
考えたくはない。
だが、それしか有り得ない。
「驚いてるねー! どうだい、僕の武器はすごいだろう! 今はルーシェの意識に反応して、剣が勝手に迎撃行動を取ったのさ。さあ、どう立ち向かう?」
リーシェはまるで実況するかのように話し、1人で盛り上がっている。
こっちはそれどころではない。
あの圧倒的な力。
全力で数度打ち合えるかどうか。
さらにルーシェの問題もある。
迎撃行動の速度、威力共に凄まじかったが、それによってルーシェの魔力がごっそり減っている。
おそらく、剣は勝手に動くものの加減を知らない。
その制御ができていない以上は剣に振り回されて、あっという間に魔力切れを起こすだろう。
さらにその状態で魔力を持っていかれたら、命すら危ない。
今なら分かる。
ルーシェを飲み込みそうな気配は膨大な魔力なんかじゃない。
あれは剣が持つ意識だ。
このまま行けば、間違いなく僕もルーシェも剣に殺される。
「ブルー、全力で行くよ」
僕の呼びかけに魔力の波動が応える。
「
オーブの拘束を解き、魔力量をさらに上げる。
「
全身から湧き上がる魔力。
それを全て刃に込める。
「これで……!」
再び地を駆ける。
身体を駆け巡る魔力は更なる速度と力を生む。
「蒼海ッ烈破!」
攻撃に反応して、受ける剣は魔力の波動を発する。
だが、振り下ろす蒼鎌は勢いを失うことなく競り合えている。
「まだまだッ! 〈
少し距離を取り、六つの刃を走らせる。
六方向からの攻撃。
それぞれが波動にかき消されていく中、駆けながら機を伺う。
「今! 蒼海穿牙!」
最後の刃が波動とぶつかったタイミングで鎌を振るう。
波動を放った直後には、次の挙動までの僅かな隙がある。
それはさっきの連続攻撃で分かったこと。
自動であるが故の隙。
ここに賭けるしかない。
魔力の収束率を上げた一撃は牙の如き鋭さでルーシェの持つ剣を狙う。
轟く金属音と飛び散る火花。
それらを一身に受けながら、武器に力を込める。
いける。
全身で感じる魔力の勢いに僕は勝利を確信した。
これまでの戦いの経験は確実に僕たちを成長させた。
限界を繰り返し超え、魔力操作の技術はレベルを上げている。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
全てを込めた一撃はルーシェを剣ごと吹き飛ばした。
土煙を巻き上げながら、地面を転がるルーシェ。
疲労感に耐えながら、僕はその姿を見ていた。
「はぁ……はぁ、やったよブルー」
共に戦った相棒に声をかける。
そして、休ませようと蒼鎌の姿から戻すところで――――。
「っ――――」
突如として感じる圧倒的な敵意。
全身を突き刺すかのような鋭さは恐怖を抱かせた。
僕の視線はその敵意が向かってくる方向に吸い寄せられる。
見たくはない。
だが、見ざるを得ない。
その視線の先にいたモノは――――。
「ルー、シェ?」
そこにいたのは美しきエルフ……ではなかった。
美しき白肌は黒へと染まり、金の髪は色を失った。
顔立ちこそルーシェであるもののその気配は全く異なる。
そこには、まさに別人とも言うべき剣士が立っていた。
「ルーシェ……!」
再び武器を構える。
だが、その手にあったのは蒼鎌ではなく、1匹のスライムだった。
「ブルー……?」
その小さな体は小刻みに震えていた。
さっき感じたものを思い出す。
そう、恐怖だ。
強敵との連戦。
ブルーはずっと頑張って僕に応えてくれていた。
負けないように。勝利のために。
しかし、その限界を超えた戦いの裏で。
ずっと精神をすり減らしていたのだろう。
その中で恐ろしく、無機的な敵意に晒されて、限界を迎えた。
僕が感じる恐怖は当然ブルーも感じていたのだ。
いつも隣にいて、そんな当たり前のことすら気づいていなかった。
いつしか敵と戦い、打ち勝つことに囚われ、ずっと支えてくれた仲間のことを顧みていなかった。
その事実に僕は愕然とした。
「ブルー……ごめん」
震えの止まらない身体を優しく抱きしめる。
向かってくる敵。
攻撃を受け止める術はない。
ここまでか――――。
終わりを悟り、目を閉じる。
不思議と恐怖はなかった。
胸の中にある命が1人ではないことを教えてくれたから。
「はい、そこまで!」
突如として響く声。
目を開けた時に前にはリーシェの姿。
僕とルーシェの間に割って立ち、振り下ろされた剣をたったの指一本で止めていた。
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