第3章 ルア砂漠編
第29話 砂の海で
ゲートを通ること、わずか数秒。
通り抜けた先は一面の砂漠が広がっていた。
事前に聞いていたこととはいえ、こうも一瞬で景色が変わると頭が混乱する。
「うわぁぁ、本当に砂しかないですね」
ランの言う通り、視界には燦燦と輝く太陽と果てしなく続く砂地しか入らない。
「ランちゃんは砂漠は初めてかい?」
「はい! だから凄く新鮮な感じがします」
サクサクと砂の感触を楽しむラン。
テンションが上がっているのか、少しスキップまじりである。
「皆、ここからは少々歩くことになる。モンスターや砂嵐に遭うこともあるから、私から離れないようにしてくれ」
先導するのは目的地を把握できるルーシェだ。
姉、リーシェの位置を探りながら目印のない砂地を歩いて行く。
血縁のある魔族はある程度お互いの位置を把握できるらしい。
「モンスターも出るんだね」
「ああ。気をつけたほうが良いぞ。ここに限らず、極端な環境のモンスターは何しろタフだ。この砂漠であれば、砂しかなく、昼夜で温度差の激しい過酷な環境下で生活しているからな。甘く見ていると痛い目を見る」
「うん、気をつけるよ」
僕はルーシェの後に続く。
その手にはブルーを抱えていた。
封剣を失い、モンスターを収容できなくなったためだ。
それに砂漠の熱い砂はスライムには相性が悪い。
砂の上に置こうものなら一瞬にしてぐったりとしてしまう。
封剣を得る前はこうして抱えて移動することもあったが、最近はそんなことも無くなっていた。
今では、このひんやりとした感覚が少し懐かしくすら感じる。
そんなことを考えながら、ひたすら歩き数十分。
そろそろ変わり映えしない景色に嫌気が刺してくる頃。
「……あーつーいーでーすー」
最初にだれてきたのはランだった。
遮蔽物もなく、日の光が直に降り注ぐ砂漠はまさに灼熱と呼ぶに相応しい状態。
最初こそ初めての砂漠にテンションを上げていた彼女だが、少し経てば態度は一変。
容赦の無い暑さにストレスが蓄積し、今にも爆発しそうになっていた。
唯一の救いはブリードたちが十分に飲料水を用意してくれたおかげで水分補給には困らないと言ったところか。
「ルーシェさん、まだですかー?」
今にも倒れ込みそうな前傾姿勢で体を引きずるラン。
「もう少しだ。おそらくこの辺だと思うのだが……」
ルーシェは目を閉じ、魔力の反応を探す。
離れていると、ある程度の位置しか分からないらしく近づいてきたら細かく精査していく必要がある。
「あれ、あんなところに座れそうなところが」
ランの視線上には明らかに不自然な腰掛け。
さらに大きな葉らしきものがちょうど日陰になるように生えている。
「日陰! 助かった~!」
ランは怪しむことなく、真っ直ぐに走っていく。
「ん……待てラン! それは......!」
咄嗟に叫ぶルーシェ。
だが、目の前の癒ししか見えないランに制止は届くはずもなく。
ランは日陰へと足を踏み入れた。
「はー涼しー! って、え?」
案の定。
ランの足元が隆起し、大きく口を開けたモンスターが飛び出す。
「まずい!」
異変を認識した時には、もうモンスターの牙はランに届こうとしていた。
剣に手をかけようとして、剣がないことに気づく。
間に合わない。
最悪の光景が脳裏に浮かぶ。
ヒヤリとした感覚が背筋を駆け抜けて――――。
一瞬。
何かが僕たちの横を通り過ぎた。
「遅いね」
耳元で聞こえた声。
そして、同時に目の前のモンスターが真っ二つになっていた。
「懐かしい気配がしたと思えば、
僕たちの目の前に降り立ったのは一本の長剣を持った女性。
日差しに煌めく金髪に色白の肌。
髪から覗く特徴的な長い耳。
少し顔立ちはルーシェを思わせるが……。
服装はだらしなく乱れ、髪はボサボサ。
せっかくの美貌がだらしなさで相殺されている。
身なりをキッチリ整えているルーシェとは雰囲気がまるで正反対である。
「……リーシェ姉様」
「久しいね、ルーシェ。こんなところで会うとはね。奇遇だね……というには出来過ぎているかな?」
訝しむようにルーシェを覗き込むリーシェ。
「ええ、私たちは姉様に用があってきました」
「何用、なんて聞くのは野暮かな。僕を嫌っているはずの妹が会いに来るほどなんて一つしかないだろうしね」
「さすが、察しが良いですね。でしたら――――」
「なら、始めよっか」
ルーシェの言葉を遮り、リーシェは言う。
雰囲気は一変し、その顔からは笑みが消えた。
「姉様、何を」
「何を……って僕の創る武器が欲しいんだろう? そのためには試験を受けてもらうよ」
「試験……?」
「そう、試験だ。僕の打つ武器は魔力を秘める。それも並のレベルじゃない。凡人でも英雄と張り合えるほどの力が出せるくらいには強い。まあ使えれば、の話だけど」
「武器だけで、それほどの……?」
「ああ。当然、この僕が打つ武器だからね。だからこそ、君たちが僕の武器を使うに相応しいかどうか見極めさせてもらう」
リーシェの眼差しが鋭くなる。
「それで武器が欲しいのは、誰かな?」
リーシェの問いかけに僕は手を挙げる。
「ふーん、君。見たところ、モンスターテイマー、かな? スライムが君の相棒という訳だ」
「はい、ブルーといいます」
「うん、それじゃあ……ルーシェ」
リーシェはルーシェに手持ちの長剣を渡す。
「え――――」
ルーシェが剣を受け取った途端、その場で崩れ落ちた。
「試験内容は君だ。それを使って、その少年と戦いな。もちろん全力、手加減なし。それで少年が勝てば、武器を作ろうじゃないか」
「ですが……これは、魔力が、出鱈目ではないですか――――」
「僕の武器は少し我儘でね。僕の妹ならこれくらい制御してみせな」
リーシェは軽く言うが、ルーシェの表情は険しく、足もおぼつかない。
よろめきながら、何とか立ち上がるが、それが精一杯という様子である。
「くっ……少しでも気を抜けば、全て持っていかれそうだ……」
おぼつかないながらも、体勢を立て直し、ルーシェは剣を構える。
「ようし、ルーシェの準備も整ったみたいだし、始めてみようか!」
「ディノ……すまないが、私にはこの剣を制御し切れない。私はお前を殺してしまうかもしれない……それだけの魔力を感じている」
「ルーシェ……。ブルー、お願い」
〈
その光景にリーシェは少し驚いた様子で、
「ディノ君……といったかな? 君、面白いことするねぇ」
リーシェの言葉をよそに、僕は魔力を高めていく。
こうして面と向かうと、途轍もない気配がルーシェから感じられる。
強力な気配は今にもルーシェを飲み込んでしまいそうな勢いで蠢いている。
長引くと、ルーシェもどうなるか分からない。
僕は気持ちを引き締め、改めてパートナーである武器を握り直した。
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