第21話 獄炎なる者

「ブ、ブリード様!!」


 悲痛な叫び声が家の中に響き渡る。


 その声で止まっていた思考が動き出す。


「レガノス……貴様ッ! そこまで堕ちたか!」


 ルーシェの魔力が感情のままに噴き出す。

 その凄まじい圧を受けても、レガノスは気にも留めない様子だ。


「堕ちた、か。何と言われようが、俺のやる事は変わらん。幻楼郷は貰う。それだけだ」


 言い捨てるようにして、レガノスは踵を返す。


 だが、その前方には数人のエルフが立ちはだかる。

 抜き身の剣をレガノスへと向け、既に臨戦態勢が整っている。


「レガノス。これだけのことをしておきながら、よもや無事で帰れるとは思っていないだろうな?」

「……ほう、面白いことを言う。雑魚にはもう用はないのだがな。さて、ブリードへの一撃すら対応できていないお前たちに俺を止められるか?」


 その挑発にルーシェたちの表情がさらに激しくなる。


「戯言を……!」


 ルーシェの魔力が更なる高まりを見せる。

 激しい怒りが魔力の流れを加速させている。


 膨大な魔力は暴風となって場を支配する。


 次の瞬間、ルーシェはレガノスとの距離を詰めていた。


「吹き飛べ……ウェント・グラディウス!」


 渦巻く暴風は剣の如く。


 全てを切り裂かんと襲いかかる。


「この程度で……!」


 レガノスはそのまま腕で振り払おうとする。

 しかし、


「……つっ!」


 ルーシェの魔法はそのままレガノスの腕を切り裂いていた。


 無論、レガノスはただ振り払おうとした訳ではない。

 その腕には相当の魔力が込められていた。


 ただ、斬撃の強度が込められた魔力を上回っていたのだろう。


「少し侮ったか……。だが――」

「まだこんなものではないぞ、レガノスッ!!」


 さらなる斬撃がレガノスへと飛ぶ。


 先程のものより、さらに出力が上がっている。

 怒りの感情が魔力を際限なく高めている。


「くっ……」


 無数の斬撃がレガノスの身体を切り裂いていく。

 周りには血飛沫が散り、その凄絶さを物語る。


「これで……終わりだ!」


 ルーシェの右手に握られた剣へ魔力が集中する。

 間違いなく放たれようとしているのは最大の一撃。


「ウェント・ストライク!!」


 剣から伸びる魔力の奔流。

 その直後、激しい振動と轟音が響いた。


「はぁ……はぁ……」


 硝煙に包まれながら、ルーシェは肩で息をしている。


 家の外壁は見る影もなく吹き飛び、半分ほど廃墟と化していた。


 これほどの一撃、相当な魔力を消費しているはずだ。


「倒した……の?」


 衝撃で尻餅をついたランがパラパラと降る瓦礫を払い除けている。


「いや、残念ながらそうはいかないみたいだ」


 ゴルドーはルーシェの方を見据えながら、そう言った。


 僕も衝撃で頭がクラクラする中、視線を向ける。


 未だに硝煙が立ち込めており、その全貌は見えない。

 だが、よく見ると煙の中に揺らめく影が一つ。


「……多少はやるようだが、な!」


 一瞬。

 魔力の波動が放たれた。


 煙が晴れ、レガノスの姿が現れる。


「……貴様、まだ動けるのか」

「随分と好き勝手やってくれたようだが、その程度では俺は倒せん」


 ルーシェの攻撃はまともに食らったはず。

 それでなお、何もなかったかのように動いている。


「さて、と」


 レガノスがルーシェへと手を向ける。


 ヒヤリとした感覚が背筋を抜けた。

 その場を貫く殺意。

 理解はしても、身体が追いつかない。


「ル――」


 ルーシェの方へと駆け出そうとして気づく。


「く、あ――――」


 ルーシェがその場で倒れていく。

 それにルーシェだけではない。

 周りを取り囲んでいた、エルフたちもまた同様に倒れている。


 レガノスの手からほのかに感じるのは魔力の残滓。


 速すぎる。


 モーションが見えたと思えば、もう攻撃が済んでいる。


「……ディノ。今の攻撃、見えたかい?」

「いえ……全く」

「そうか……これは、困ったな」


 もし今、攻撃がこちらにも飛んできていれば、確実にやられていた。

 それはゴルドーもまた、感じているようだった。


「これで雑魚は片付いたか。後はブリードに引導を渡すだけだが……」


 レガノスがこちらを向く。


「お前たちはどうする? 人間」


 視線を向けられただけ。

 たったそれだけで気圧されてしまいそうだ。


 だが、ここで退ける訳がない。


「ほう……それはどういうことだ」


 レガノスの前に立ちはだかる僕に視線の鋭さが増す。


「ブリードさんはやらせない。君はここで止める」

「いい啖呵だ。だが覚悟は決めておけよ?」


 レガノスの魔力が燃え上がり始める。


「ここは俺とディノで抑える。ランちゃんはルーシェさんとブリード殿を!」

「は、はい!」


 ランは急いでブリード、そしてルーシェを運び出そうとする。

 強化魔法を使っているためか、ランはブリードを簡単に持ち上げた。


 そしてルーシェも持ち上げようとしたところで、


「……わ、私はいい。それよりも早くブリード様を」

「え、でも……」


 戸惑うラン。


 その隙をレガノスは見逃さなかった。


「逃すと思っているのか?」


 レガノスの手がランへと向けられる。


 その瞬間。

 僕の目の前を影が通り抜けた。


「武装拳〈大盾シールド〉!」


 レガノスとランの間に割って入ったのは、ゴルドーだった。


「大丈夫かい? ランちゃん」


 ゴルドーが展開したシールド。

 そこには確かにレガノスからの攻撃の跡がある。


「ちっ……防いだか」

「来る場所が分かっていれば、何とかこれくらいはね」


 ゴルドーはシールドを構えながら、軽く笑う。


「それよりもとりあえず、早くこの場を離れるんだ。次も防げるかは分からない!」

「は、はい!」


 ランはブリードを抱え、走り出していく。


「……逃しはしない。刹羅」


 レガノスの呼びかけに現れる人影。

 それは人というにはあまりに大きすぎた。


 頭に見える2本の角。

 尋常ならざる屈強な身体。


 まさか、あれは鬼種……?


「何か用か、レガノス」

「ブリードが逃げた。追って始末しろ」

「……良いだろう」


 刹羅と呼ばれた魔族はそれだけ言うと、再び姿を消した。


「これでブリードの方は片がつく。後はお前たちだ」

「……レガノス、どうしてそこまでして……。ここは君の故郷じゃないか……」

「お前たちには関係ないだろう。むしろ人間がどうして幻楼郷に肩入れをする? そちらの方が理解に苦しむが?」


 言葉を発しながらも、魔力の勢いは変わらない。


「ここは僕の大切な人が関わった場所だ。君の好きにはさせない」

「まあ、何でも構わん。邪魔をするなら消す」


 再び冷たい殺意が僕を貫く。


「来るぞ! ディノ!」


 僕の前に出るゴルドー。

 シールドで瞬時に攻撃を防いでいる。


「ブルー! 〈魔核再製ミスエイト〉!」


 腰に差した剣からブルーが飛び出し、瞬時に鎌へと変化する。


「蒼海波!」


 すかさず斬撃を飛ばす。


 かなり〈魔核再製ミスエイト〉も安定しているようだ。

 技の精度が上がっている。


「この程度の斬撃……!」


 レガノスは真っ向から受け止める姿勢だ。


 当然レガノスなら簡単に捌けるだろう。


 だが、そんなことは先の戦闘を見て分かっている。


制限解除リミットオフ……!」


 オーブの拘束を解き、魔力を瞬間的に増大させる。


 魔力ライトニング領域フィールドを出すだけの時間はなくとも、その時だけの身体強化くらいはできる。


 魔力で強化された身体は、放った斬撃へと追いついた。


「これなら……どうだ!」


 放った蒼海波に蒼麟断を重ねる。


 重ね技、蒼海真斬。


 威力が相乗した強力な斬撃である。


「ちっ……人間の分際で……!」


 確かな手応え。

 斬撃はレガノスを捉え、吹き飛ばす。


「これで終わり……という訳にはいかないか」

「おそらくは。さっき見た強さはこんなものじゃないはずです」


 想定通りと言うべきか。

 視線の先のレガノスは既に起き上がっている。


 ダメージのような痕跡はなく、健在そのもの。


「今のが全力、ではあるまいな? 拳を交える以上、少しは楽しませてくれ」


 来る!


 絶大な魔力の気配が攻撃を予見させる。


「特別に見せてやる。 俺の炎をな!」


 レガノスは地面を蹴り、僕たちの眼前へと現れる。

 その右手には激しい炎を纏わせながら。


「獄炎撃!」


 突き出される炎の拳に対し、僕は鎌で、ゴルドーは交差させた両腕で守りに入る。


「蒼海壁!」

「武装拳〈大盾シールド〉!」


 魔力で形成された障壁を通して、衝撃が伝わってくる。


 重い。

 そして何より強い。


 バキバキと音を立てて、障壁が崩れ去っていく。


「くっ……」


 そして、完全に崩壊する障壁の向こうで更なる炎を燃やす左手が見えた。


「まだだ! 獄炎撃ッ!」


 息をつかせぬ、レガノスの連撃。

 唸りを上げる拳が迫る。


 これは……避けられない。

 蒼海壁を放ったばかりの僕になす術はなく。


 燃える拳は僕の腹部へと直撃した。

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