第22話 超常破壊

 口の中に鉄の味が広がる。


 意識は朦朧とする。


 僕が目を開けた時、抱いたのはそんな感想だった。


 それに、いつ僕は目を閉じていたのか。


 そんなことを瓦礫の中で考えながら。


 未だハッキリとしない思考を振り絞るように。


「――――そう、か」


 そう、僕はまともに攻撃を喰らってしまった。


 レガノスの獄炎撃はそれはもう途轍もない一撃だった。


 身体は重く、痛みは今も全身を駆け巡っている。


「ぐ……あ……ゴル、ドー、は」


 隣にいたゴルドーはどうなった?


 吹き飛ばされる直前、まだゴルドーの武装拳は壊れていなかった。

 無傷ではなくとも、まだダメージは少ないはずだが……。


 何とか重たい身体を起こし、立ち上がる。


 そして顔を上げると、ぼんやりと人影が見えてきた。


 視界に捉えたのは、レガノスとゴルドー。


 ゴルドーの姿が見えたことに少し安堵する。


 だが、その姿は無事というには程遠いものだった。


「……ゴルドー、?」


 装備はボロボロ。

 全身には見るも無惨な傷。

 立ってはいるが、かろうじてといった様子だ。


 一体、僕はどれだけ気を失っていた……?


「……ディノ……良か――――」


 膝から力なく崩れるゴルドー。


「ゴルドー……!」


 身体が重たかったことなど忘れて、ゴルドーへと駆け寄る。


 何度呼びかけても応える様子はない。

 完全に気を失っている。


「貴様、まだ意識があったか。……面白い。こうでなくてはな!」


 こちらの事など意にも介さず、レガノスは構えを取る。


「……ゴルドー、ありがとう」


 ゴルドーをそっと地面に寝かせる。


 どれだけの攻撃を受けたのだろう。

 こんなにボロボロになるまで、踏ん張ってくれた。


 その奮闘を無駄には、できない。


「君は絶対にここで倒す……!」

「いい目になった。今度は少しくらい骨のあるところを見せてくれ」


 レガノスの拳が炎を纏う。

 次、まともに喰らえばきっともう立てない。


「ブルー! 〈魔核再製ミスエイト〉!」


 僕の声にブルーが顔を出す。

 そして瞬時に蒼鎌へと姿を変える。


 レガノスと真っ向から向き合う。


 強い。

 このままでは勝てない。


 肌から伝わってくる魔力の波動がそう感じさせる。


 だが――――。


「これくらいは……超えてみせる!」


 僕はオーブの拘束を再び解く。


 制限解除。

 僕の魔力を際限なく吸い上げ、増幅させていく。


 急速な魔力の減少による眩暈と魔力の増大によって全身へと漲っていく力。

 相反する二つの現象が同時に襲ってくる感覚。


 ボヤける意識にフラつく足を踏みしめて。


限界突破オーバーリミット 超常破壊デストロイ


 溢れる魔力を全て武器に。

 細かな魔力操作ができなくても、今ならある程度の方向性を与え、少しの間留めるぐらいはできる。


 武器を構え、レガノスへと駆ける。


 過剰な魔力が痛みも疲労も忘れさせる。

 重い身体を無理矢理に魔力で加速していく。


「蒼海烈破!」


 振り出される渾身の一撃。


 その威力はまさしく超常破壊デストロイの名に相応しいものだった。


「な――――」


 斬撃を防ごうとした腕を魔力の障壁ごと切り裂く。


 その両腕には深い傷が刻まれ、流血が地面へと滴っている。


「貴様……何だ、その威力は」


 レガノスの顔色が驚きに染まる。


 攻撃を全く寄せ付けなかった障壁を破り、あまつさえ傷を負わせられたのだ。


 この威力には放った僕でさえ、驚いている。


「ククッ、正直ここまでやるとはな。少し滾ってきたぞ……!」


 レガノスの炎がいっそう荒々しく燃え上がる。


「仕切り直しだ。今度はこっちから行くぞ!」


 燃え盛る炎が突っ込んでくる。


「獄炎撃!」


 迫る拳を鎌で払う。


 あれほど重くのしかかってきた拳が、今は軽くいなせている。


「ちっ! まだまだぁ!!」


 連続で繰り出される拳との応酬。

 レガノスの勢いは一撃ごとに増していく。


「くっ……」


 攻撃自体は処理できている。

 だが、その間にもオーブによって容赦なく魔力が引き出されている。


 このまま長期戦になれば、やられるのは間違いなく僕だ。


「はあっ!」


 レガノスを弾き飛ばし、距離を取る。


 ありったけの魔力を蒼鎌に流す。

 膨大な魔力を帯びた刃は更なる輝きを見せる。


「これで決める……!」


 レガノスを撹乱するようにランダムな軌道で距離を詰めていく。


 さすがにこの程度では隙を見せない。

 高速移動の中でタイミングを伺う。


「ちょこまかと……」


 昂っているレガノスは苛立ちを募らせる。

 この状態ならきっと。


「ちょこまかと! 鬱陶しい!」


 来た。

 攻撃のモーションに入ったところで間合いに切り込む。


「吹き飛べ! 獄炎葬打!」

「はああああああ!」


 レガノスの拳と僕の斬撃がぶつかる。


 威力は互角。

 凄まじい衝撃波を生みながら、競り合っている。


 このままなら膠着状態に陥るのだろうが――。


 それはであればの話。


「〈分裂ディバイド〉蒼輝連斬!」


 拳と競り合う刃とは別に放たれる二筋の斬撃。


 その斬撃は確かにレガノスの身体を捉えた。


「がっ――――」


 レガノスの拳は瞬く間に力を失う。

 蒼鎌の一振りはレガノスを吹き飛ばした。


「はぁ……はぁ……」


 最大出力での一撃に加えてスキルの行使。

 魔力の消費はさらに跳ね上がり、僕の身体を蝕んでいた。


 叶うなら、もう指の一本さえ動かしたくない。

 この場に倒れ込んでしまいたい。


 そんな欲求を飲み込んで、僕は立っている。


「――――っ。ぐ……つぅ……」


 瓦礫の中から聞こえる声。

 徐々に見えてくる人影は僕の希望をあっさりと破り去っていった。


「……く、今のは、効いたぞ……。お前、本当最高だよ」


 そう口にしながら、レガノスは立ち上がる。


 相当なダメージを負っているはずだが、それでも動けるのか。


「まだだ、まだ終わらせて、なるものか。 こんなにも、昂ったのは久方ぶり、だからな」


 レガノスの炎の勢いは衰えない。

 それどころか、もっと強くなっているような気さえする。


 僕は武器を構え直そうとして――――。


「え……」


 手元の蒼鎌が消えた。


 足元にはブルーが力なく転がっている。


「ブルー……!」


 ぐったりとした様子でピクリとも動かない。


 先程までの武器を通した激しい魔力行使。

 ブルーにかなりの負担が掛かっていたのだろう。


「ごめん……ブルー」


 ブルーを優しく地面へと下ろす。

 そして、腰の剣を抜いた。


 共に戦うモンスターがいなくては、〈魔核再製ミスエイト〉どころか〈魔武錬成ポーゼライズ〉すら使うことはできない。

 正直そんな状況でまともな戦いになるとは思えないけれど。


 それでも、何もせずに殺される訳にもいかない。


「ほう……武器を変えたか。面白い」


 ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、姿が消えた。


 しまっ――――。


 気づいた時には既にレガノスは間合いにいた。

 

 集中を欠いた訳じゃない。

 蓄積したダメージと疲労。

 それに何より、〈魔核再製ミスエイト〉が解除され、身体強化のバックアップが無くなったことが反応を遅らせているのだろう。


「獄炎葬打!」


 咄嗟に剣で拳を受ける。


「ぐぅ……」


 剣から伝わる衝撃で身体が軋む。

 レガノスから放たれる拳はさらに威力が上がっている。


 魔力すらまともに込められていない剣では完全には受けきれない。


「どうした、どうした! お前の力は! その程度ではないだろう!?」


 激しい拳の連打は瞬く間に僕を追い詰める。


 後方に下がり続けた僕の後方には岩壁。


 どうする?

 どうすればいい?


 頭の中はぐちゃぐちゃ。

 冷静な判断などできるはずもなく。


 無情なことに、レガノスの拳はもう眼前まで迫っていた。

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